ULTOR‐ウルトル(復讐者)‐

一億年後の世界に十五年目の産声と。
ばくだんハラミ
ばくだんハラミ

第十七詩・フルカス

公開日時: 2022年1月2日(日) 19:29
文字数:3,354

 アンリの言葉にリームスとエタは目を丸くした。アンリは席からはなれ、棚から水晶のようなものを取り出す。その中には細かいキラキラと輝く白い炎が灯っていた。

 時人はそれに瞳を輝かせる。


「……とはいえ、ただの僕の診断だ。ちゃんとしたテストは今から行うよ」


 なんだ、とリームスとエタは肩を落とした。それを見た時人は疑問を口にする。


「二人はどうして授業をサボってたんだ?」


 言い辛そうにエタが答えた。


「俺は人が多いところに行きたくないからだ。授業っつっても強制じゃねぇし、魔法科学は他より人が多いからな」


「でもテスト結果は出てるんだな?」


「全く参加してないわけじゃねぇよ。自主勉はそれなりにやってっし、テストは受けてる」


「そうなのか……リームスは?」


 声をかけられるとリームスは眉をしかめた。


「…………」


「え? なに? そんな言いにくい事なのか?」


「ふふ。リームスは体育によく参加していて体力もあるし、本当は魔法の授業にも参加して欲しいんだけどね」


「魔法はガリ勉のすることじゃないですか。結局は頭よくないとできないんでしょ」


「頭がどんなに良くても体力がなければ大した魔法は使えないのさ。リームスも知識さえ身に付ければゲームや漫画のキャラクターみたいに大きな魔法が使えるようになるんだよ」


「…………別に……」


「もしリームスの適性が土属性なら、砂を操ったり土の壁を作ったりできるかもしれないわけだ。カッコいいねぇ」


「……………………テストは?」


 リームスは少し頬を染めながら足をバタバタと動かした。一方でエタは少し不満気な表情をする。気が付いたのか、アンリはエタの方へ振り向いた。


「エタ、音属性の魔法はかなり珍しく扱えるものは少ない。でも君ならきっと大丈夫だ。君はきっと誰よりも、誰かの音を聴いている筈だから」


 そういって、アンリは優しく微笑んだ。

 そして水晶の下に布を敷いて置くと、説明に取りかかる。


「……テストはこの水晶に手をおくだけ。後は中の炎、フルカスが答えてくれるよ。ただ、ひとつ気を付けて欲しい。フルカスはかなり意地悪だ、僕がいるとはいえ君達にちょっかいを出さないとは限らないから気を強く持ってくれ」


 そう言いながらアンリは水晶を人差し指でつんつんとした。フルカスと呼ばれたその炎はそれを避けるように揺らめく。


「これは……精霊なんですか?」


「そうだね。12年程前に次元の裂け目付近で知り合ったんだけど、水晶の中が一番落ち着くみたいでこうしているんだ」


「……あの」


 エタが問いを投げる。


「ちょっかいって、例えば何をされるんですか?」


 良い質問だ、とアンリは返した。


「人の精神に入り込んだり、引き寄せたりして嫌な夢を見させるんだ。泥に滑って転んで目が覚めたらお尻が痛い、みたいな。今のところ命に別状があるわけじゃないが、それでも油断はしないでほしい」


(すごいクソガキっぽいな……)


「……わかりました。リームス、テメェの番だ」


「アンタが順番決めんのかよ。ま、いいけど? 手をおけばいいんですよね?」


「ああ。手はどちらでも構わないよ。さあフルカス、よろしく頼む」


 アンリは大きな杖を水晶の上で1周回し、一歩下がった。


「どうぞ」


「…………」


 リームスはゆっくりと水晶に手を置いた。すると水晶の炎は激しく燃えあがる。


「────」


 燃え盛る炎からはだんだんと白い砂に変わって行く。


(砂……土属性ってことなのか? …………あれ)


 白い砂は炎を飲み込むとだんだんとドロドロと液状になっていく。液状は濁り、泥のような状態になると、今度はそれが炎と化した。


「……っ! ふざけんな!」


 そう大きな声をあげ、リームスは水晶から手を離した。時人は驚愕した。


「!? ど、どうしたんだよリームス! 土属性は嫌だったのか?」


「いいや」


 リームスの代わりにアンリが首を横に振るった。リームスは顔を真っ赤にしながら水晶を見つめる。


「コイツ、オレをバカにしやがって……精霊の分際で……」


「リームス、落ち着いて。フルカスは君のそういう態度を楽しむ口だ」


「……っ…………チッ、次はアンタだ」


「…………」


 エタは少しばかり不安な表情で水晶に手を置いた。すると今度は、炎は小さく揺らめいた。


「……!?」


 炎のゆらめきはゆっくり、だんだんと大きくなっていく。その途中でエタと時人は眉をしかめた。


(なんだこれ……耳鳴りみたいな音が水晶から……リームスとアンリさんはなんともなさそうだけど……うっ、気分が悪くなりそうだな……)


「……そこまで。エタ、手を離して」


「はっ、はい」


 アンリにそう言われ、パッと水晶から手を離した。それと同時に耳鳴りのような音が途絶える。


(……? なんだったんだ?)


「妙だな……こんなことは初めてだ。フルカスがあまりにも非協力的すぎる……」


「え?」


「原因はわからないが……うん。とはいえ、二人の適性した属性は僕の想定通りの結果だった。手に水晶を置いたとき不思議な感覚がしただろう、覚えておくといい。それは魔法を使うときの感覚に一番近いものだ」


「…………あの、アンリさん。オレはテストしないんですか?」


「しようと思ったんだけど、どうしようかな。フルカスが不機嫌というわけじゃないんだけど、なんだか他の子達と比べて君達の扱いが酷くてね。トキトは今試したいかい?」


 アンリにそう言われ、考え込む。すると横からリームスが口を出してきた。


「やらせてみてはどうです? フルカスが非協力的な原因は神の落とし子が原因かもしれませんし」


「適当なこと言うなよ」


「原因があるとすればエタかアンタしか思い付かねぇな。どっちも……ああ、フルカスの癪にさわるなにかがありそうだしさ」


(どっちも人間じゃないって言おうとしたな、コイツ…………)

「…………アンリさん、オレもやってみていいですか? 色々気になることもありますし……」


「……わかった。なら少し僕へ寄っておいで」


「? はい」


 時人は立ち上がりアンリの横へと立つ。

 アンリは再び水晶へ杖を動かした。


(これってなんの意味があるんだろうか……)


「……さあ、手をおいてごらん」


「あっ、はい! えっと、こう……」


 時人は右手を水晶の上へそっと置いた。


 ──プツン。


「時人!?」


 エタが名を叫ぶ。時人は意識を失い、アンリに支えられる。

 しかし手は張り付いたかのように水晶の上にのせられたままだ。


「手を離した方が……」


「いや、やめておいた方がいい。無理矢理こちらから干渉すべきじゃない。安心おしエタ。トキトなら大丈夫だ。彼ならすぐに戻ってくる」


 一方、時人の視点では目の前に光が広がっていた。あの時の深い闇とは違い、そこは白くどこか暖かな空間だ。


 ふと、背後から声がした。


「……そ……も……おう……」


「え?」


 時人が振り返ろうとしたその時、ぐいっ、と、とても小さな老人に腕を両手で引っ張られた。その力は強く、腕に痛みがはしる。


「っ……やめ……!!!」


 老人はギョロッと丸い目で時人の顔をジッと見た。


「うっ……」

(なんだ、この老人…………まさか、精霊のフルカス……?)


 老人は時人の顔を見るとゆっくり手を離し、泣きそうな声で狼狽えた。


「ああぁぁ、ちが、違う……お主はあの御方じゃあないのか……」


「………………あの、あの御方って誰ですか?オレを誰と間違えたんですか?」


「ううぅ……なぜ、なぜ……」


 老人は首を横に振り、時人の胸を押した。

 すると時人の体に浮遊感が与えられる──直感で、元の世界に戻るのだと感じた。


「ま、待って! 教えてくださいよ! 誰なんだ! 貴方は! いったいオレを! ……オレ、を……」


 老人へ手を伸ばすと違和感を覚えた。


(この、手は…………)


 時人は自分の姿にようやく気が付いた。

 老人がとても小さく見えるほどの自分の背丈、両手で掴まれるほどの腕の太さ、そして自分の顔に触れ、ようやく気が付いたのだ。


(オレ、元の姿に戻ってる……!!)

「────フルカス、オレは一体……」


 老人はフルカスという名に反応を示し、顔をあげた。そして一言、哀しげに呟いた。


「お主はソロモン王ではないのだな」


 ──ハッ、とするとそこは現実の世界。時人の手は水晶から離れており、小さなその身体はアンリに支えられていた。時人の側へとエタがかけより、リームスはそれを横目に見る。


 時人は虚ろげに、


「……ソロモン、王……」


 と呟くと、アンリは表情を曇らせた。

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