外は澄んだ空気と、綺麗な青空。
宮殿の周りには高い壁があるものの土地が高いせいか、綺麗な街並みが見えた。
「わあ……」
息を呑む。日本の都心では見られないどこか自然で回顧的な光景。戦争をしていたなんて信じられないほどそれは心を穏やかにするものだった。
(俺はこれからこの世界で生きていく……のか。そういえば戸籍とかはどうするんだろう。手続きとか色々しなくちゃいけない事多かったりするのかな……)
だとしたら当分暇もなくて良いのだけど、とどこか安堵した表情で空をみた。
一方レヴィは風景を気にせずキョロキョロと誰かを捜すような仕草をする。
二人、使用人の男性と女性を見るとレヴィは女性の方へ声をかけた。
「すみません。馬車って残ってますか?」
「ああっ、申し訳ございません。実はさっき出てしまって……」
「はん、飛んで行けよ」
と使用人の男性が横から口を出す。レヴィはムッと頬を膨らました。
「無礼よ、ザッハーク様に聞かれてたらどうするの」
「人間に手出しなんて出来ねぇさ。アンリ様が守ってくださる」
くくく、と嫌な笑いを溢しながら男は立ち去っていった。
女性の使用人は困ったように笑みを浮かべる。
「誠に申し訳ございません。馬はありませんが代わりにネ=コで如何でしょう? そちらであればすぐに用意出来ますし、運転手も必要ございません」
「……わかりました。ネ=コ車でお願いします」
「承知致しました。暫しお待ちを」
女性の使用人は軽くお辞儀をし急ぎ足で立ち去った。
時人は眉を顰めながらレヴィの横へゆっくりと並ぶ。
「……猫車?」
馬の代わりに猫。聞き間違いではないかとレヴィに確認をとる。
「そうよ。馬よりちょっと大きいけど温厚なネ=コだから心配しないで」
「馬より大き──」
またもや聞き間違いか? と確認をとる言葉はドスのきいた音に遮られた。
ン゛ニ゛ャ゛ア゛ア゛、と声が鳴り響く。
現れたのは白い生き物。
馬車でいう屋形を引っ張りながら2匹の白いなにかが時人達の前に現れた。
尖った二つの耳。殴りたくなるような簡単な顔パーツ。大きな胴体。おまけのようにくっつかれた手足と尻尾。間接らしき部分は見当たらない。
「──なんだこの落書きみたいな猫!!!!!!」
思わず大声でそう叫んだ。
連れてきた女性の使用人が、ふふふっと声を出して微笑んだ。
「この子はネ=コ。普通の猫とは違って次元の穴からやってきたのですが、これがとても温厚でして……今では運搬やペットとしても愛好されているんですよ」
「つまり、魔獣のような何かよ。害はないから大丈夫」
使用人とレヴィはニコニコとした顔で時人を見る。
「魔獣のような何かって……」
(魔獣じゃん……?)
恐る恐る、手を近付ける。触れてみるとそれはまるでマシュマロのような触感だった。
「う、うわ……まじか……」
生暖かい。確かに生き物で、ここに存在している。デイヴィッドの話が更に現実を帯びてきた。
(実物の馬を見る前にとんでもない生き物を見てしまった……)
複雑な気持ちになりながら、押されるようにレヴィと共にネ=コ車の屋形へと乗り込んだ。
「シルウァロードまでお願いね」
レヴィはネ=コにそう伝えると、ネ=コはまたしてもドスのきいた鳴き声を出す。
(……今のは返事か?)
「トキト。3時間くらいかかると思うから途中街を降りて休憩しましょ」
「ああ、うん。ありがとう」
(結構遠いのかな……)
馬車……もといネ=コ車で3時間となると時人にはあまり距離感はピンと来なかった。
時人にとってはバスや電車が当たり前で、そもそも乗り物で3時間もかかる場所へは早々行かない。思えば自分は遠出など家を出た時以外していないんだと、美しい街並みを見ながら少し悲しい気持ちになった。
(でもこれはこれで、誰よりも遠出をしているのかも)
「……あ、今のところ……」
一瞬見えたそれは、穴だ。
家が続いていた中で突然穴が見えた。それを埋めているのか、作業員と思われる大人達がスコップ等をもちながら穴を出入りしている。
「今のは流れ弾の痕ね。まだ全部は埋め終わってないの。それどころか人が住めなくなった地域はそのままよ」
そんなことをレヴィが横で言った。
(あれが、流れ弾で空いた穴)
本来はもっと深く破壊的な穴だったに違いない。それが、ただの流れ弾なのだ。空から降ってきたという光で、街のなかにあんな穴が出来上がってしまった。
(……じゃあその時、あの周辺にいた人は…………)
想像はそこで止めた。デイヴィッドの話が現実味どころか恐怖を帯びてきたからだ。
レヴィは突然、横で明るい声を上けた。
「見てあの大きな建物! ここからでもよく見えるでしょ?」
レヴィの差した方向を見る。遠目だが巨大な円形の建物が見えた。
「さっきデイヴィッド国王が話していたでしょう。戦争を止めた英雄のアンリ様のこと! あの方は普段あそこで働いてるのよ」
「アンリ様……そう、なのか。何の建物?」
「監獄よ。あそこには子どもしかいないけれど、アンリ様はそこの看守なの。ほとんど孤児院のようになってるわ」
「かんっ……」
思いもしなかった発言に思わず振り向く。
「子どもって……そうか、この国だと未成年でも捕まるのか」
「そう。戦争後は生活が苦しかったせいか、なんだか子どもの犯罪も増えちゃったみたいで……でもアンリ様はお優しい方だから、きっと子ども達を正しい方向へ導いてくださるわ」
そう言ったレヴィの瞳は尊敬に満ちていた。
アンリ・ユーストゥス。
戦争を終わらせた英雄であり看守──
(一体、どんな人なんだろう……レヴィがこう言うくらいだ。きっと、聖人のような人なんだろうか……)
約、1時間を過ぎた頃。
「さすがに背中が痛くなってきたかも……」
時人が弱音を吐く。
「そうね、すぐそこが広場だから。噴水の近くで休憩しましょ。ネ=コちゃん、止まってくれる?」
屋形の中からレヴィがそう言うと、ネ=コはまたあの鳴き声を出しながらゆっくりと街の歩道(と思われる)近くで足を止めた。
(言葉がちゃんと伝わってるの、逆に怖いな)
「ほら、トキト」
レヴィは時人の手をとる。
(ま、なるで王子様だな……)
複雑な気持ちになりつつ、屋形から降りる。
レヴィはネ=コへ声をかけた。
「ありがとう。ちゃんと戻ってくるから良い子にしててね。知らない人を乗せてどっか行ったらダメよ?」
(これはお姉さんって感じだ……)
つい笑みが浮かぶ。本来年下であろう少女の姿がとても頼もしく思えた。
「しっかし……こんな目立つ猫で来たのに誰も気にしてないな……」
ネ=コは特別、視線を集めてはいない。
強いて言えば子どもが触りたそうに見ているだけで、その様子はこの生き物がすっかりこの街に馴染んでいるのが時人にもよく理解できた。
「ああっそうだ! トキトっ。フードフード!」
レヴィは慌てた様子で、ネ=コ車からフードのついたロープを取り出しては時人に羽織らせる。
「ん? なんで?」
「だっ、だってトキト……有名人だから……」
レヴィは時人の耳元に近づき、小声でそう言うと近くの屋台の壁を指差した。
そこには時人の(身体の)寝顔写真が貼り付けられていたのだ。
時人はすぐにフードを目元まで被る。
(蔵井さんモード! ……ハッ!この袖じゃ萌え袖は無理か……いやいや、したいわけじゃないけど……)
悪目立ちしそうだし、と思ってから心の中で蔵井に謝罪する。
「ふふ。トキト、もうちょっと自然体でも大丈夫よ。起きてることまだ報道されてないからすぐには気付かれないと思うわ」
「そ、そうかな」
照れくさそうにフードを少し目上にあげた。
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