ULTOR‐ウルトル(復讐者)‐

一億年後の世界に十五年目の産声と。
ばくだんハラミ
ばくだんハラミ

第八詩・血の心境

公開日時: 2021年12月24日(金) 13:04
文字数:3,629

 天使達が去った後、軍服姿の大人たちが姿を見せた。


「……ご苦労。後は我々に任せて即刻立ち去るといい、そこにいられては仕事の邪魔なのでな」


 広場にいた人々を救った相手に、 髪の鋭い三白眼の男は冷たい視線でそう言い放つ。


「フェ、フェリ・フラーテル!! アンタ……っぐ……」


「レヴィ、大きな声を出しちゃダメだ!」


 レヴィは重症にも関わらず、横にならずフェリ・フラーテルという男を睨みつける。

 フェリはふん、と鼻で笑うと、相手にするのも時間の無駄とでもいうように背を向けて他の軍服姿へ指示を始めた。


 フェリ・フラーテル。

 28歳という若さでアメリカ王国騎士団団長。都会で生まれ育ち成績優秀、眉目秀麗、勇猛果敢といったまさに恵まれた天才であり、英雄アンリ・ユーストゥスの古い友人である。

 しかしレヴィはこの男をひどく嫌っていた。


 フェリを睨みつける視線の間にアンリが入る。


「レヴィよく頑張ってくれた、ありがとう。キミのおかげで被害は思ったより酷くないようだ。精霊達も死人はいないと……」


「あ、アンリ様! アタシはただ……」


 レヴィはそういいながら時人のほうへ視線を変える。アンリはその視線のほうへ向くと、目を丸くした。


「キミは……もしかして、例の。なるほど、彼はキミに会いに来たのか」


「恐らくだが——」


 ベリアルの翼を片手にザッハークが声をかける。


「今朝、天空を視た時に天使共に気づかれたのだろう。千里眼の視線を感じ取る事は神や熾天使なら出来て当然だからな」


「そ、それじゃあ、原因は……オレですか……?」


 詳しいことは理解できない。しかしザッハークやアンリの言葉を聞くに、なんとなくそんな予感がした。しかしザッハークはそれを否定する。


「原因があるとすれば、千里眼を使わせた奴等のほうだ。そもそも、気付かれたこと自体はそう問題じゃない。なんの準備も無しにひとりで突っ込んできたベリアルの頭がおかしかったとしか思えん」


 ふむ、と横でアンリが顎に手を置く。


「……今考えても仕方ないかも。まずはレヴィをしっかり治療できる場所へ。ザッハークは少年を保護してくれ」


「……………………」


「ザッハーク?」


 ザッハークは眉を顰め、片手に持っていた翼をアンリへと投げ渡すと、無言のまま時人の襟を引っ張り無理やり立たせた。


「……オマエはこっちだ」


「わわ、ちょ、ちょっと!」


 時人はザッハークに引っ張られ、レヴィを置いて行ったまま広場を後にした。


 放置していたネ=コ車の元まで行くと、ザッハークはそれに乗り込ませる。


「フードは深くかぶっておけ。ネ=コ、ガーデンの元まで走れ」


 その言葉に時人は「ん?」と疑問の声を漏らす。


「シルウァロードとかいう場所じゃなくてですか?」


 ザッハークはそれにゆっくり目を細めた。


「…………私はオマエの親になる気はない。単に保護するならガーデンへ連れて行く方がいい」


「………………そう、ですか…………」

(オレ、嫌われてんのかな……)


 少し、寂しい気がした。

 せっかく転生したこの地でも、親に恵まれないというのか。


 自分が宮殿で死にかけたとき、必死に声をかけてくれた。ベリアルとの交戦でレヴィは殺されかけたというのに、その身ひとつでベリアルを追い払ってくれた。表情の堅い、未だに性別もハッキリしない竜王ザッハークだが、子どもとして認めてもらえないというのは、少しくるものがあった。


 時人は頭を軽く振るい切り替える。


「……あの。ザッハーク、さん? さっきのはなんだったんですか? ベリアルって奴は……」


「あれは天使の中でも最上位の存在、熾天使と呼ばれる者だ……アイツが熾天使になっているという事は、20年前の戦争で勝ったのはどうやら悪魔側らしい。まあ、勘付いてはいたが」


「え?」


 ザッハークはそのまま説明を続けた。


「ベリアルというのは、熾天使に生まれかつて悪魔に堕ちた者だ。オマエの生きた21世紀頃にはまだ悪魔だった。それが20年前の戦争で勝利し熾天使としての称号を何らかの方法で取り戻したのだろう」


「……ザッハークさんってオレのことどれだけ把握しているんですか?」


「…………21世紀頃の日本で生まれ育った青年くらいだ。細かいところまでは踏み入ってない」


「…………」


 思わず押し黙る。この世界に来てからそこまで詳しいことを誰かに話したつもりはない。それならばデイヴィッド王の言っていた「同じ血の流れている者なら記憶の共有ができる」というのは確かなのだろう。しかしわからないのは、同じ血が流れているという部分。そして……


「もう一つ、いいですか? レヴィとザッハークさんって……人じゃ、ないんですか?」


「ああ、ドラゴンだ」


 ドラゴン。その存在を半ば頭で理解できないまま、時人は問いを続ける。


「………………じゃ、じゃあオレって……王さまに貴方と同じ血が流れてるって言われたような気がするんですけど……」


「…………寝起きにしては、よく記憶しているな」


 ザッハークの表情が曇る。

 なにか聞いてはいけなかったのだろうかと、時人は委縮する。しかしザッハークは意外にもすぐに答えをくれた。


「オマエが落ちてきたとき、その体は獣の毒に侵されいた。毒を消す為にオマエの身体に私の血を流した。ただそれだけだ」


「……それなら、本当に血が繋がっているわけでは……」


「いいや。私のような古竜の血は、生き物の身体に多大な影響を与える。血が混じってしまうもの……今もなおオマエの身体の一部だ。でなければそうして出歩くことも、怪我が治っていることもない」


 ザッハークに言われ、ようやく気が付く。

 先程まで痛かった全身はどこも痛みはなく、かすり傷のひとつもない。

 そして自分の身体は15年も眠っていたというのになんのリハビリも無しに動き回っていたのだ。


「? ……?? あ! ……ええっ!?!? どど、どうなってるんですかオレの身体!?!?」


「……私の血がオマエを生かそうとしている。ただ、それだけだ」


 ザッハークはそう言って強引に話を切ると、それきり時人のほうへ視線をやることは無い。もっと聞きたいことがあった時人だが、ザッハークからは『話しかけても良い雰囲気』が消えているのを感じていた。


(…………気まずいなあ……)


 沈黙のまま、ネ=コ車は目的地へと進み続ける。



 遡ること数十分前。

 ベリアルがアメリカへ降りてきたそのとき、ザッハークはまず、動かなかった。


 偶然にも、宮殿へ顔を出そうとしていたアンリは宮殿へ着いたその時に空から堕ちる光を見た。

 アンリは乗ってきた馬車でそのまま広場へと向かって行く。その様子をザッハークはただ窓から眺めていた。


 後ろから、大慌てでプロムス・サギッターリウスが声を上げる。


「竜王ザッハーク殿! 今の光と音は……何事ですか!?」


「……オマエはいちいち騒がしい男だな。恐らく天使が堕ちてきた、死者は今のところない。アンリが既に向かい、騎士や私の僕達も動き出している。心配ない。いざとなれば私が出よう」


「いっ──いやいや!! 天使っ!?!? 十分心配があります! ああっ、国王に報告せねば……」


 プロムスは顔色を青くし、ぶつぶつと早口で呟き始める。

 ザッハークはそんな彼を心配する素振りもなく、光が墜ちた方向を眺めていた。


(────!)


 ザッハークの瞳が大きく揺らぐ。

 脳へ直接、何者かの悲鳴が救難信号のように訴えていた。


「ザッハーク殿は直ちに現場へ! いざとなってからでは遅いかもしれませ……あれっ?」


 プロムスが振り返った時には既にザッハークの姿はなく、ただそこには開いた窓だけがあった。


 その後ベリアルと対峙し、現状に至る。


 ──ザッハークは不愉快だった。


 今まで一度も、同じ血が流れた子を愛せたことなどない。しかし親になることを拒絶しておきながら、本当の子でも無いのに同じ血が流れた最悪な存在を、衝動的に護ってしまっているのだ。


 ザッハークの血が、時人を死なせまいとする。

 ザッハークの血が、時人の叫びを知らせにくる。

 こんなことは初めてで、ザッハークは戸惑い、また拒絶した。


(私は完全なる個体だ。繁殖機能はあれど、私はあの御方かたえ……生き物のような子に対する特別な感情などある筈がない……まして、人の子であるコイツを──)


 ザッハークはつい時人へ視線を向ける。

 偶然か、時人とバッタリ目を合わせた。


「あっ……」


 思わず声をあげたのは時人のほうだ。


 時人はすぐに目を逸らすがザッハークはそのまま見つめ、ついには口を開いた。


「私に対する問いでなければ答えてやる」


 ドキッ、とする。

 目が合ったのは偶然ではなく、時人もまだ疑問を口にしたかったからだ。


「…………あの、これから行くガーデンってところ……一体どんな場所なんですか?」


「養護施設のような所だ。アンリが管理している。おまえと年の近い者もいるだろうよ」


「養護施設…………」

(あれ、なんか……)


 心の奥底でザッハークの言葉が引っ掛かる。

 しかしその疑問はこのあとすぐに晴れるのであった。


「もう着く。外を見るといい、円形の目立った建物がソレだ」


「えっ────」

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