ULTOR‐ウルトル(復讐者)‐

一億年後の世界に十五年目の産声と。
ばくだんハラミ
ばくだんハラミ

第十六詩・魔法と騎士

公開日時: 2021年12月31日(金) 11:38
文字数:4,522

 アンリ・ユーストゥスの部屋。

 戦争を終わらせた英雄の内装は思いの外 平凡だった。

 時人やエタの部屋にあるのと同じ机にベッド、そして本棚が大量にあり、黄緑色のカーペットが下に敷かれている。水晶といったキラキラとしたものも目についたが、豪華な部屋という印象を与えるほどではない。時人の時代にもありそうな内装だ。


 ムーシュは部屋に入らず、アンリと言葉も交わさずにさっさと持ち場へ戻っていった。そして時人とエタ、リームスの三名は部屋にある扉から別の部屋へと連れていかれる。

 そこはいかにも出そうな雰囲気のある、暗くて不気味な部屋だった。


(アンリさんにこんな趣味が……?)


 暗いその部屋は埃っぽくはないものの、本棚にはボロボロの本、机の上にはボロボロの布や錆びた金具、魔方陣のようなものもチラチラと見え、ファンタジーの世界観を想起させた。


「ここは工房。魔術や魔法、そういったものの研究を行う場所さ。トキトはこういう所、初めてかい?」


「は、はい」


「魔法に関する知識はあるかな?」


「いえ、全く……」


「そっか。気にすることはないよ、リームスとエタも術に関しては成績がトップクラスに悪くてね。一緒に学ぼうか」


 アンリがそう言うと、リームスが小さく手を挙げた。


「……あの、喧嘩したことの話じゃないんですか?」


「うん。僕は明日から遠征で1週間ほどいなくてね。今のうちにトキトに基礎知識を教えておこうと思って。ついでに君達も、ねっ?」


「う……魔法なんか使えなくても良いじゃないですか。大人はみんな使えないんですし……」


リームスの言葉に時人は、えっ?と思わず声に出した。


「なんだよ」


「いや……話の流れ的にこっちの世界は魔法とか使えて当たり前なんだと思ってたんだけど……大人は使えないってどういうことなんだ?」


「……そうだね。話が長くなるかもしれないし、座ろうか」


 アンリにそう言われ、三人は机を囲んで椅子に腰を下ろした。


「さて、どう話そうかな。難しい用語を避けて話すと、だね……まず魔法といったものは魔力と呼ばれるエネルギーが源になっているんだ。


その魔力は本来どこにでもあるものだけど20年より以前までは、様々な事情によって人間の体内や地球上にある魔力は極少量すぎて魔術として扱うことが出来なかった」


「……」

(ゲームみたいな感じだな。ほとんどやったことないけど、HPみたいなのが足りなくて魔法が使えない、みたいな事を仲村先輩がやっていた気がする……)


「けれど20年前に起きた魔界と天界の戦争により開いた次元の穴から、地球上に大量の魔力が流れ込んできた。その影響で20年前より後に産まれてきた今の子供たちは、その環境に適応できるよう、生まれつき大人より所有している体内の魔力量が桁違いに多いのさ」


「だから、子どもは魔法が使える?」

(……………………あれ?)


「でも全員がそうってわけじゃない。中には魔力量の少ない子どももいるからそういった子には勧められない。ただ今は魔獣がうろちょろとしている時代だし、戦いにいつ巻き込まれるかもわからないからね。自分の身を守れる程度の魔法を教えているよ」


「……あ、あの。教えるといっても……」


 時人はアンリをじっと見る。


「アンリさんは大人……ですよね?」


 アンリ・ユーストゥスはどこからどう見ても成人の男性だ。若々しくはあるが、彼の持つ雰囲気は未成年のそれではない。そして20年より前の大人は魔法が使えないというなら、アンリはなぜ魔法を子供達に教えることが出来るのだろうか、と時人は疑問に思った。


それに対しアンリはふふ、と優しく笑い返す。


「ああ、だから僕自身は魔法を使えないよ。ただ幼い頃に精霊と出会ってね。それからは精霊術を用いて魔法を扱っているんだ。使える魔法は限られているし、負担は精霊が負うからあまり良いものではないけど、魔法に関する知識や魔力を使うコツくらいは教えてあげられるよ」


「せ、精霊……じゅつ……」


「精霊術に関しては今は気にしなくていいとも。それにドラゴンや僕、魔法研究科達で開発した魔法道具さえあれば誰でも魔法を扱えるから、大人が全く魔法を使えないというわけではないんだよ。当然扱うだけの知識と技術は必要だけどね」


「そ、そんな道具があるんですね……あれ、でもその道具を使えばいいわけだから、エタ達が魔法を使えなくても問題はないんじゃ?」


「新しい魔法道具の生産には素材に魔獣が必須だから大量生産が難しくてね。今は小道具より避難所を魔法道具として多くを護る方面へ話を進めているけれど、これもかなり大変でねぇ……深刻な素材不足だよ。


ドラゴン達が一日20時間くらい働いてくれているから人手には困っていないけど、それでもその避難所を完成させるのにあと5年はかかりそうだし、念には念をいれて魔法の教育も怠れないのさ」


「……………………なんか、すみません……」


「ううん。寧ろ、不思議に思ったことや聞きたいことはなんでも聞いてほしい。君一人を困らせるわけにはいかないからね」


「……ありがとうございます」


 時人は少しホッとする。

 次に横からリームスが口を開いた。


「あの、改めて話聞いてて思ったんですけど。どうせ身を護る為なら普通の護身術でも良いんじゃないですか? 魔法道具ってただの武器よりコスト高いし、魔法が性に合ってない奴が勉強する意味ないと思うんですよね」


 リームスの問いにエタが久々に口を出す。


「馬鹿かお前。いや馬鹿なのは知ってたけどよ。オレらが相手にすんのは人間じゃなくて魔獣だ。ただの物理でなんとかなるもんじゃねぇ。それに騎士団はここの奴ら相手でもカンユウしてんだ、そんなに魔法から逃げたきゃ入団希望してこい」


「はあ? 誰も逃げてぇなんて言ってねぇし、騎士になりてぇとも言ってねぇ。アンタなに自分は魔法のお勉強大丈夫ですぅみてぇに言ってんだよ」


「アホか。いやアホなのも知ってたが、それこそ言ってねぇだろ」


「てめっ……」


 コンコン。

 リームスが立ち上がろうとしたその時、アンリが机の上を手の甲と指で二度叩いた。


「…………すみません」


 リームスは謝罪しながら椅子に腰をおろす。アンリはそれにも優しく微笑んだ。


「僕に対しての謝罪は必要無いとも、お互い自分の意見を言い合っただけだろう? 言い方には気を付けた方が、お互いの為だと思うけどね」


「……はい…………」


 アンリにそう言われては、エタも眉を下げて返事をした。時人はそれに感心する。


(アンリさん凄いな……あの二人がすぐ大人しくなるなんて…………それほど二人はアンリさんに信頼があるんだろうなあ)


 時人には無理だった。アンリが大人で、時人は二人とほとんど歳が変わらないからだったかもしれない、それでも時人には二人の言い合いを止めるどころか参加までしてしまった。


(なんか、改めて反省……)


「大丈夫かいトキト。何か気になることでもあるの?」


「えっ、あ、いや……」

(顔に出てた!? 恥ずかし……)

「す、すいません。大丈夫で……」


 最後の一文字を言う前にふと記憶が頭をよぎった。


「その。騎士団って、リームスの年齢でも入れちゃうもんなんですか?」

(騎士団ってあの騎士団……だよな?)


 ベリアル襲撃後に現れた軍服姿の大人達と、三白眼が特徴的な男の姿を思い出す。


「入れるよ、入団希望なら10歳からね」


「え!? 10歳で騎士になれるんですか!?」


「いいや、とんでも天才でもなければそれは難しいかな……入団にも試験があるし、適正があると判断されれば数年はかなり厳しい訓練を受けて、やっと正式な騎士になると聞いてるよ」


「な、なるほど。流石にすぐ騎士に! とかじゃないんですね……」


「今の騎士団団長のフェリはそういうタイプだけど、彼くらいじゃないかな。即入団、1年後に副団長、更に3年後に団長だから……改めて考えると彼って凄いなあ……」


「す、凄いで済ませるレベルなんですかそれ……? そのフェリって人……あっ、確か、あの三白眼の! レヴィが怒ってた相手ですよね…………」


 ピクリ、とエタの眉が動く。


(レヴィ……?)


「そう、フェリ・フラーテル。僕の古い友人だよ。性格はちょっとおっかなくて相容れない子も多いけど、実力は本物さ。魔法道具無しでも魔獣とやりあえるんだからね」


「そうなんですか……」

(相容れない子ってレヴィ……だよな? 確かに横暴な雰囲気はあったけど……)


「アンタ何? 騎士に興味あるのかよ」


「無いと言ったら嘘になるけど、話に出たからちょっと気になってさ。魔法の話ですよね、遮ってすみませんアンリさん」


「騎士団が魔法に全く関係ないわけでもないよ、思い出したけど騎士団も訓練の中に魔法があるからね。強化魔法なんかを勉強するんじゃないかな」


「強化魔法?」


「そう。腕力を上げたり、武器の威力を高めたり色々と使い方があるんだ」


 リームスは不満気な表情で手を頭の後ろに回した。


「強化魔法なんて基礎の基礎じゃん……」


「おや? リームス、強化魔法を使えるようになったのかい?」


「……………………」


 無言を通す。

 時人はそれに思わず、ふふっと声に出して笑ってしまった。


「何笑ってんだよ! なんの魔法も使えない癖に……」


「いやいや、でも聞いてよ。オレみんなと喋ってる言葉が違うんだけどなんか通じてんの、これは魔法じゃないの?」


「…………」


 エタとリームスが眼を丸くして時人を見る。そういえば、と二人はようやく違和感を見つけ出した。


「きもりわりぃとは思ってたが、口の動きか……」


「エタ、オレのこと気持ち悪いって思ってたの!?」


「今日の昼に言ったばっかだろ」


「ふふふ。ザッハークから聞いているよ、トキトのそれは確かに魔法の一種だ。でもトキトが使用しているわけじゃない。恐らく君の身体を創った者がかけた魔法だとザッハークが言っていたよ」


「えっ、そうでしたか……」


「ハッ、なんだよ。やっぱアンタ魔法を……」


「でもトキトにはザッハークの血が流れているから、知識さえ身につければ魔法なんてちょちょいのちょいさ。古代の血って凄いよねぇ」


「…………」


(リームスが黙っちゃった……)

「……り、リームスもザッハークさんから血を貰えば?」


時人がそう提案を投げるとアンリが困った表情を見せた。


「それは危険な行為なんだよ。一滴の血でもドラゴンが人間に与える影響は大きい。その上ザッハークはかなり特別で、血の本来の性能が毒なんだ。無闇に人の身体に流してしまえば体内から溶けて確実に死ぬとザッハーク本人が言っていたよ」


「意思……毒!? …………そ、そんな血が……?」

(オレの中に……?)


「アンタ、血を貰った張本人なのにんなことも聞いてなかったのかよ。よく死ななかったな」


「異例があるだとかなんとか言ってたけど、ザッハークはあまり自分のことを話したがらないから僕も詳しくはないんだ」


「…………」


「……まあ、今はトキトに魔法使いの適性はほぼ100%だということがわかってくれればいいよ。そしてリームスとエタだけど、二人とも今までサボっていたから知らないだろう? 君達に適した魔法の属性を。僕なりにテスト結果から判断してみたんだ」


 そう言いながらアンリは立ち上がった。


「リームスは土属性、そしてエタは音属性が最も適していると思う」


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