「…冗談…だろ…?」
身に覚えがない。
ナイフを突きつけられるようなことをした覚えはない。
…でも、じゃあなんで目の前のコイツは、俺を襲おうとしてるんだ?
声を出そうにも、息切れしてて全然…
周りに人はいない。
俺が住んでる町は、良い意味でも悪い意味でも長閑だった。
助けを呼ぼうにも、周りにいるのは近所のおばさんくらいだ。
そもそも家が少なかった。
車の通りだって少ないし、歩いてる人なんて滅多に…
終わる——
後ずさる俺を見下ろしながら、男はナイフを振りかざしていた。
マスク越しに見える眼光が、交差する視線の中に動いていた。
死ぬと思った。
咄嗟にガードしようとしたが、ナイフを防ぐ方法なんて…
——ドッ…!
鈍い音がして、自分の体が無事かどうかを確認しようとした。
…傷は…ない…?
血は出てなかった。
…っていうか、あれ…?
傷がないどころか、痛みすらなかった。
…でも、なんで…
見上げると、そこには人影が覆い被さっていた。
揺れるスカートと、オーソドックスなセーラーカラー。
一瞬、目を疑った。
そんなわけないと思った。
どうしてそこにいるのかも。
なんで、急に現れたのかも。
どこかで見たことがある背中だった。
長い髪の隙間に見える白いうなじと、レモンの香り。
四角い後ろ襟が、重力に逆らうように浮き上がっていた。
さっと風が吹き抜けるような、
そんな軽やかさの、——中で。
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