カランカランッ
地面へと落ちたナイフが、高い金属音を奏でる。
一歩、二歩。
男はよろめきながら後ずさっていた。
ただ、どうして後ずさっているのかは、ハッキリとは追えなかった。
しおりの長い髪が、すれ違うナイフの表面に交錯していたのは確かだった。
重力を坂撫でるような変遷が、持ち上がる後ろ髪の波間に触れていた。
流れるような動作が、横方向へと傾く。
わずかな隙間の中を流れる。
半歩、——先。
ブラウスが乱れるほど強く。
その「動き」は、しおりのものとは思えなかった。
攻撃しようとする男の手を掻い潜り、右半身を相手の懐へと潜り込ませた。
ボクシングで言うダッキングのような動きだった。
鈍い音が響いた後、男がよろめいたんだ。
しおりの右手には、赤い血に塗れた”包丁“があった。
「…なっ」
絶句した。
何が起こったのかわからなかった。
その時に見た「光景」は、異様と呼ぶにはあまりにも滑稽だった。
(なんで、しおりが…?)
目に映った包丁。
その“こと”の異様さは、思考の内側には無いものだった。
想像さえできなかった。
地面に落ちるナイフの音を、綺麗に拾い上げることもできず。
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