「…しおり?」
何がどうなってんだ…?
そう聞きたかったけど、言葉はうまく出てこなかった。
膝に手をつきながら、全身で息を吸った。
「……ハアッ…ハアッ…」
しおりは落ち着いてた。
落ち着いて、乱れた服を整えてた。
額にうっすらと汗をかいてた。
前髪が湿って、ほんのりと頬が赤かった。
長い後ろ髪を束ねながら、ヘアゴムを口に咥える。
手際の良い動きだった。
赤いスカーフのついたブラウスと、紺色のスカート。
袖は捲られていた。
透き通った白い肌が、柔らかい袖の下に伸びていた。
「はじめまして」
「…は?」
…はじ…めまして…?
ひとつ結びにした髪を下ろして、彼女は立ち上がった。
立ち上がるなり、何事もなかったかのように近づいてきた。
聞きたいことはたくさんあった。
数えきれないほど、たくさん。
でも、何を言えば良いのかわからない自分がいた。
さっきのこと。
ここまで、走って逃げたことも。
賽銭箱の上にある包丁が「何」なのか、今すぐに問いただしたい気持ちもあった。
でも、言えなかった。
“動けなかった”と言った方がいいかもしれない。
…多分、そうだ。
感覚としては、それに近い。
別に緊張してるとか、そういうんじゃないんだけど。
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