漫画世界の主人公になった俺は、読者アンケート1位を目指してデスゲーム・ラブコメを攻略する

ここは『ラブコメ』しなければ『死ぬ』世界――
上村夏樹
上村夏樹

4章 君の声を聞かせて

15話 耳にピアス、真っ赤なヘアー、彼女の名前は十文字沙希

公開日時: 2020年10月29日(木) 12:02
更新日時: 2020年11月10日(火) 02:00
文字数:3,072

 猫町が被り物を脱いでから半月が経った。


 元々、明るくて社交的な性格の猫町はすぐにクラスに溶け込んだ。少し前までは友達のいない学校生活を送っていたとは考えられないくらい毎日が笑顔であふれている。


 今は休み時間。猫町は教室でクラスの女子と楽しそうにおしゃべりしている。


 彼女の横顔を見ていると、なんだか嬉しい気持ちになる。


 俺のやったことはお節介だったかも、なんて不安に思うこともあった。でも猫町の笑顔を見ていると、行動してよかったなって思える。


 猫町を眺めていると、不意に目が合った。彼女は俺の元へトコトコ駆け寄り、腕に抱きついてきた。


「ねぇ修也くん。今度の日曜日、ショッピングに付き合ってくれませんか?」


 ただのスキンシップだけど、猫町は超がつくほどの美少女。こんなに距離感が近いとドキッとしてしまう。


「こ、こら猫町。くっつくなって。みんな見てるだろ」


「どうして? あたしと仲良くするの、嫌ですか?」


「そうじゃなくて、俺には、その、結愛がいるというか……」


「あー……そうでしたね。修也くんには彼女いるんでしたっけ」


 猫町はつまらなそうに言って結愛を睨む。


 結愛もこっちを見ており、席を立ってこっちへ来た。


「そうだよ、猫町ちゃん! 修也は私と付き合ってるんだから、お触りはNG!」


 結愛は猫町を引きはがして睨み返した。猫と犬が喧嘩しているようにしか見えないんだが。


「お前ら、毎日のように喧嘩するなよ……」


 俺は盛大に嘆息した。


 被り物を脱いだあの日から、猫町と結愛はすぐに仲良くなった。同性の友達が嬉しかったのか、猫町は結愛にすぐに懐いた。休み時間になれば、二人はいつも楽しそうに会話をしていたっけ……つい最近までは。困ったとことに、今では若干ギスギスしている。


 ある日、猫町は俺と結愛が付き合っている事実を知った。それがきっかけで、二人は今みたいに口論するようになった。先日、三人で食事をしたときもそう。猫町は『口元についたパンくずを取って?』と俺に甘えてきて、結愛と激しく揉めたっけ。


 美少女が俺を取り合うように喧嘩する……傍から見れば、嬉しい悩みのように聞こえるかもしれない。


 だが、平和主義者の俺は正直困っている。二人にはもっと仲良くしてほしいんだよなぁ……。


「結愛ちゃん、知っていますか? 幼なじみキャラって、かませ犬ポジションの子が多いんですよ」


「そんなことないよ! 私は彼女だからね! 正ヒロインだよ!」


「そうですね。今はまだ彼女……かませ犬だから、もうそろそろ彼女じゃなくなるかもですけど」


「かっ、かませ犬じゃないもん! 猫町ちゃんこそ、ぽっと出の変人キャラのくせに!」


「だっ、誰がぽっと出の変人キャラですか! シャアアアァァァ!」


「や、やるかこのー! がるるるるるる!」


 ばちばちばちばちばちぃぃぃぃぃ!


 二人の視線がぶつかり合い、赤と青の火花が散る。


「あの、二人とも。もうちょっと仲良くしてね……?」


 守りたい平和な日常が、どんどん非日常になっていく気がする。泣きたい。


 俺は現実逃避も兼ねて、今後のラブコメ展開について考えてみることにした。


 現在、アンケートの順位は十二位。最下位だったあの頃に比べれば、けっして悪い数字ではない。


 だが一位を取らない限り、デスゲーム・ラブコメは続く。アンケートの真ん中で甘んじるわけにはいかない。このまま人気作に成長させるためにも、もっと攻めなければ。


 ……定石どおり、キャラのテコ入れが必要か。


 参考にしている『嘘から始まる学園ラブコメ』と比較すると、『僕ラブ』は登場人物が圧倒的に足りない。可愛くて個性的なキャラがもう少し必要だ。


「……萌えキャラがいいな。読者が一発でファンになってしまうような、強力な萌えポイントのある子がいい」


「うん? 修也、萌えキャラって何の話?」


 結愛が不思議そうに首を傾げた。いかん、また独り言を聞かれてしまったか。


「いや、ただの独り言だよ。最近読んでいる漫画の話。萌えキャラがいると、あの漫画は盛り上がるよなって――」


「結愛ちゃん! まだ話は終わってませんよ!」


「な、なによぅ! 猫町ちゃんは修也の彼女じゃないでしょ! 私の勝ちっ!」


 猫町の挑発に乗った結愛は口喧嘩を再開した。


 うん……だから、もう少し仲良くしようね?


「はぁ……すげぇ疲れる」


 自然と漏れた嘆息は、チャイムの音でかき消された。


 

 ◆


 

 翌日、教室でちょっとした事件が起きた。


 朝のホームルームで、女性の担任が衝撃的な一言を告げたのだ。


「今日はみなさんに大ニュースがあります。なんと! このクラスに転校生が来ることになりました!」


 瞬間、教室がざわつく。


 転校生の性別は男か女か。出身はどこか。どういう趣味の子だろうか。まだ見ぬ転校生について、みんなあれこれ妄想して盛り上がっている。


「このタイミングで転校生ってことは……」


 さすがに二度目だからわかる。作者によるキャラのテコ入れで間違いない。前回は強引に新キャラをねじ込んできたが、今回は『転校生の登場』という定番の手法で新キャラを登場させるようだ。


「それでは入ってきてください。どうぞ」


 担任が促すと、教室のドアが静かに開いた。


 先ほどまでの喧騒は消え、室内は水を打ったように静まり返る。


 転校生は女の子だった。緩いパーマのかかった赤い髪。耳たぶにぶらさがったピアス。派手な化粧。制服は着崩している……というレベルじゃない。学校指定のブレザーではなく、黒いパーカーを着ている。見るからに不良少女だ。


 目つきも悪く、かなり怖い。街で会ったら、目を合わしたくないタイプだ。





 近くの席からひそひそ話が聞こえる。「ヤバいヤツが来たな……」「怖くない?」「絡まられたらどうしよう」など、概ねネガティブなことを噂していた。


 なお、結愛だけは「か、かっこいい……不良さんだ!」と興奮している。不良に憧れるとか中二か、お前は。


「ではでは、自己紹介をお願いします」


 担任がそう言うと、不良少女はむすっとした顔つきのまま口を開いた。


「……どうも。十文字沙希じゅうもんじさきです」


 彼女の声は地獄から聞こえてきたのかと錯覚するくらい低い声だった。この子、声もめっちゃ怖いじゃん。


 担任は自己紹介が物足りないと思ったのか、転校生に質問をした。


「十文字さん。他に何か言いたいことはありませんか?」


「……いえ」


「あの、出身とか趣味とか……」


「……は?」


「せめて抱負くらいは……」


「…………」


「はい、そうですね。ごめんなさいでした……」


 担任は転校生の鋭い目つきに負けて謝罪した。


 先生、もう少し頑張って! あなたが負けたらクラスの秩序は誰が守るの!


「十文字さんは猫町さんの後ろの席です……先生、もう職員室に戻りますね」


 心を折られた先生はふらふらとした足取りで退室した。メンタル弱すぎるだろ。


「それにしても、また濃いキャラが登場したな……」


 しかも、妙な違和感がある。


 十文字がテコ入れキャラであることは間違いない。


 だが、俺にはどうしても彼女が萌えキャラであるとは思えないんだ。


 あの見た目であの不愛想な態度……攻略難易度もさることながら、ラブコメに発展するかどうかも怪しい。


 そもそも、今回は『萌えキャラ』を願ったのに、どうして不良少女が現れたんだ? 猫町のときは『奇抜な見た目の少女』というリクエストどおりのキャラが登場したのに……意味がわからない。


 十文字が席に向かう途中、猫町が手を振って挨拶した。


 しかし、十文字はこれを無視。何も言わずに通り過ぎ、自分の席に座った。


 会話さえまともにしてくれないのか……これは猫町を超える強敵だな。


「不安しかないぜ……はぁ」


 凍りつく空気の中、俺は盛大にため息をつくのだった。

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