漫画世界の主人公になった俺は、読者アンケート1位を目指してデスゲーム・ラブコメを攻略する

ここは『ラブコメ』しなければ『死ぬ』世界――
上村夏樹
上村夏樹

6話 おふたりさん、どこまでいったの?(閑話)

公開日時: 2020年9月16日(水) 20:51
更新日時: 2020年12月13日(日) 16:40
文字数:3,454

 ある日の昼休みのことである。


 昼食の準備をしていると、俺の席に結愛がやってきた。


「修也。お昼たべよ?」


「うん、いいよ……お、珍しいじゃん。今日はパンなんだ?」


「えへへ。寝坊しちゃってぇ」


 結愛は恥ずかしそうに笑い、近くの席を借りて座った。


 基本的に結愛は弁当派だ。いつも早起きして作っているらしい。よくおかずを一口もらうが、すげぇ美味いんだよなぁ。


「なるほどね。朝、時間がなかったからパンなのか。購買で買ったの?」


「ううん、近所のコンビニだよ」


 結愛はパンを二つ机の上に置いた。


 一つはメロンパン。そして、もう一つは……。


「何このパン。見たことないな」


「ラーメンパン。塩焼きそば味だよ」


「それどっち!?」


 ラーメンなのか塩焼きそばなのかハッキリしてほしい。


「間を取って塩ラーメン味でよかったんじゃ……まぁそれでも珍しい味だけど」


「でしょ? ちょっと気になっちゃってさぁ」


「たしかに……ねぇ。一口もらってもいい?」


「うん。いいよ」


 結愛はラーメンパンの袋を開けた。


 パンを取り出した瞬間、彼女の動きがピタリと止まる。


「結愛? どうしたの?」


「えっと……ひ、一口食べるんだよね?」


 そう言って、結愛はラーメンパンを千切った。それを俺の口元に近づけ――ってちょっと待て!


「ちょっとたんま……何してるの?」


「あーん、してあげようかなって」


「いやなんで!?」


 そんな恋人みたいなことする必要ある!?


「だ、だって……恋人同士でしょ、私たち」


 結愛は顔を真っ赤にしてそう言った。


 くっ……やはりこの展開、あーんしないと不自然か?


 俺と結愛は偽とはいえ恋人関係だ。クラスメイトに関係性を疑われないためにも、あーんすべきなのかもしれない。


 それにこのシーン、漫画的にもおいしい。きっと読者は俺たちのイチャイチャを期待しているはず。あーんすれば、それは読者を満足させることに繋がるだろう。


 それなのに、俺が普通に食べたらどうなる?


 読者の期待を裏切れば、人気が下がる要因になりかねない。


 ……仕方ない。あーんするか。


 か、勘違いしないでよね! あくまで漫画的に盛り上がるからやるだけで、けっして結愛とイチャイチャしたいとかじゃないんだからね!


 でも少し緊張するのは……結愛のこと、ちょっと意識しちゃってるのかも。


「――って、ばっかじゃないの!? 勘違いしないでよね! あんたのためにあーんするんじゃないんだからね!」


「修也……急にツンデレされてもリアクションに困るよ……」


 しまった。つい俺の中の乙女心が出ちゃった。


「早くしてよ、修也。私だって恥ずかしいんだからね」


 結愛はむすっとした顔で文句を言った。その頬は未だに赤い。


「わ、わかったよ。パン、ちょうだい?」


「よろしい。じゃあいくよ……はい、あーん」


 ラーメンパンを持った結愛の手が近づく。


「ふふっ。修也、顔真っ赤だよ」


「う、うっせー。結愛も真っ赤じゃん」


「そっか。じゃあ、おそろいだね」


 結愛は嬉しそうに「えへへ」と笑った。


 はっ……恥ずかしいぃぃぃぃぃ!


 教室で何イチャついてんだよ、俺たち! 本当のカップルだとしても、あーんはない! あーんはないよ、マイハニー(偽)!


 しかも、なんだよ今の会話は! デレデレしすぎだろ! 仮に俺がクラスメイトの立場だったら「何こいつら。早く爆発してくんない?」って感じだわ!


 俺はドキドキしながら、ラーメンパンを口に迎え入れた。


「どう? おいしかった?」


「あ、味なんてわかんないよ。ドキドキしっぱなしで……」


「そっか。私もドキドキしちゃったぁ」


 結愛は「えへへ。ヘンなの」と笑って誤魔化した。何こいつ。アホの子のくせにめちゃくちゃ可愛いじゃねぇか。


 照れている結愛に見惚れていると、


「おぉー。盛り上がってるねー」


「うわぁ!」「きゃぅ!」


 俺と結愛の間に前田さんが入って声をかけてきた。び、びっくりしたぁ……。


「前田さん。脅かさないでよ」


「ごめん、ごめん。そんなつもりはなかったんだけどねー」


 前田さんはニヤニヤしている。さてはこいつ、一部始終を見ていたな?


「修也くん。結愛ちゃん。私は邪魔せず見てるから、続けてあーんしていいよー?」


「「やらないよ!?」」


 俺と結愛の声が見事にハモる。あんな恥ずかしいこと、できればもうやりたくない。


「前田さん、ごめんね。イチャついて目障りだったよね。もうやらないよ」


「ううん。違うよー、修也くん。純粋に幸せそうだなー、いいなーって思ってただけ」


 前田さんは「いいなぁ。私も彼氏ほしいなぁ」とうっとりした表情で言った。


「……前田さん。本当は俺たちをからかって遊んでいるだけでしょ?」


「えー。なんのことー? からかってないよぅ」


「う、うさんくせぇ……」


「ひどいなぁ。疑ってるのー? 心外だよぉ、ぷんぷん!」


 前田さんは頬をぷくーっとふくらませた。


 ああ、なるほど。前田さんは天然ぶっていらっしゃるんですね、わかります。


「ねぇ、結愛ちゃんは修也くんと付き合ってるんだよねぇ?」


「うん。そうだよ」


 結愛は誇らしげに胸張って答えた。なんで嬉しそうなんだ、お前は。


「ラブラブなんだね。いいなー、うらやましいなぁ」


「ふふっ。まぁラブラブってほどでもないけどねぇ。普通だよ、普通」


「ほほー。さすが結愛ちゃん。彼氏のいる大人の女性は違いますなぁ」


「えへへ。そんなとこないよぉ」


「で、どこまでヤったのぉ?」


 ピシッ、と空気が凍る音がした。


 問題なのは聞き方である。


 ヤった、という問い。これはおそらく、俺と結愛が『合体おセックス』したことを想定して尋ねている。


 ふと結愛のあられもない姿を想像する。


 白いベッドの上。下着姿の結愛が恥ずかしそうにライトを指さす。「恥ずかしいから電気消して?」甘えるようなその声に、俺の頭はクラクラ、心はムラムラ、股間はイライラしてしまい、我慢できずに結愛の白い肌に手を伸ばして――って俺のばかー! 妄想が具体的過ぎて気持ち悪いわ! 思春期こじらせるのもたいがいにしろ!


 顔を真っ赤にして、あわあわしている結愛と目が合う。いやお前もスケベ妄想してたんかい!


「ねぇ結愛ちゃん。手は繋いだんだよねー?」


「へっ!? も、もちろんだよ!」


「だよねー。じゃあ、キスも?」


「はうっ!? え、えーとねぇ……」


 悩んだあと、結愛はこくんと頷いた。おい。嘘つくなよ、そこの見栄っ張り担当大臣。


「おおー。二人は普段どんなキスしてるのぉ?」


「えっ?」


「まさかほっぺにちゅーじゃないよねぇ? 幼稚園児じゃあるまいし」


「あ、当たり前じゃん! そりゃもう大人のキスだよ!」


 だから見栄を張るなって! 何が大人だ! あーんで狼狽うろえていたくせに!


「結愛ちゃん、大人の女だねぇ。どんな感じ?」


「うえっ!? そ、それは……なんかこう、ベロベロ舐め回す感じだよ、うん」


 なんだそれ。妖怪かよ、汚いな。


「さすがだねぇ。じゃあ、さぞかしベッドでもすごいんでしょ?」


 前田さん! 女の子がそんなこと聞いちゃいけません! はしたない!


 結愛はというと、熟れたトマトのように頬を赤くして「どうしよう」みたいな顔をしている。いやそこはNOって言えよ。


「あの……それはね……」


「それはー?」


「……まだです」


 結愛は両手で顔を覆って、蚊の鳴くような声で答えた。ご自慢のアホ毛は力なく垂れさがっていて、頭からはぷしゅーと湯気が出ている。こ、こいつ……めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか……!


「ちっ。そこは教えてくれないのかー」


 前田さんは露骨に舌打ちをした。


 さてはこの子、結愛をからかうためにわざとあんな質問を?


「前田さん、完璧にビジネス天然じゃん……」


「なんのことぉ? 私、わかんなーい」


 前田さんは不思議そうに首を傾げた。口元がニヤけているので確信犯だろう。女子って怖い。


「結愛。早く食べよう。昼休み終わっちゃう」


「そ、そうだね! 修也の言うとおりだよ!」


 助け舟を出すと、結愛は元気を取り戻した。その証拠にアホ毛がひょこひょこ揺れている。あのアホ毛、どうやって動いているんだろう……。


 俺たちは食事を再開した。


「じーっ……」


「前田さん? まだ何か用?」


「いやぁ。二人がこっそり愛を囁き合うんじゃないかと思って観察を――」


「しないわ! 帰れ!」


 追い払うと、前田さんは「ぬわー! 怒られたー!」と楽しそうに去っていった。


「まったく。油断ならない人だな……結愛? どうかした?」


「そ、その……愛、囁き合っとく?」


「遠慮しておく。結愛は壁にでも愛を囁いてれば?」


「ひどいっ! 最近の修也は優しくないよっ!」


「そう? 記憶喪失だからかな?」


「たぶんそれ関係ないと思うよ!?」


 俺たちはいつもどおり楽しいランチタイムを過ごしたのだった。

2章完結です。3章からはヒロインも増えてラブコメが加速する!?


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