ある日の昼休みのことである。
昼食の準備をしていると、俺の席に結愛がやってきた。
「修也。お昼たべよ?」
「うん、いいよ……お、珍しいじゃん。今日はパンなんだ?」
「えへへ。寝坊しちゃってぇ」
結愛は恥ずかしそうに笑い、近くの席を借りて座った。
基本的に結愛は弁当派だ。いつも早起きして作っているらしい。よくおかずを一口もらうが、すげぇ美味いんだよなぁ。
「なるほどね。朝、時間がなかったからパンなのか。購買で買ったの?」
「ううん、近所のコンビニだよ」
結愛はパンを二つ机の上に置いた。
一つはメロンパン。そして、もう一つは……。
「何このパン。見たことないな」
「ラーメンパン。塩焼きそば味だよ」
「それどっち!?」
ラーメンなのか塩焼きそばなのかハッキリしてほしい。
「間を取って塩ラーメン味でよかったんじゃ……まぁそれでも珍しい味だけど」
「でしょ? ちょっと気になっちゃってさぁ」
「たしかに……ねぇ。一口もらってもいい?」
「うん。いいよ」
結愛はラーメンパンの袋を開けた。
パンを取り出した瞬間、彼女の動きがピタリと止まる。
「結愛? どうしたの?」
「えっと……ひ、一口食べるんだよね?」
そう言って、結愛はラーメンパンを千切った。それを俺の口元に近づけ――ってちょっと待て!
「ちょっとたんま……何してるの?」
「あーん、してあげようかなって」
「いやなんで!?」
そんな恋人みたいなことする必要ある!?
「だ、だって……恋人同士でしょ、私たち」
結愛は顔を真っ赤にしてそう言った。
くっ……やはりこの展開、あーんしないと不自然か?
俺と結愛は偽とはいえ恋人関係だ。クラスメイトに関係性を疑われないためにも、あーんすべきなのかもしれない。
それにこのシーン、漫画的にもおいしい。きっと読者は俺たちのイチャイチャを期待しているはず。あーんすれば、それは読者を満足させることに繋がるだろう。
それなのに、俺が普通に食べたらどうなる?
読者の期待を裏切れば、人気が下がる要因になりかねない。
……仕方ない。あーんするか。
か、勘違いしないでよね! あくまで漫画的に盛り上がるからやるだけで、けっして結愛とイチャイチャしたいとかじゃないんだからね!
でも少し緊張するのは……結愛のこと、ちょっと意識しちゃってるのかも。
「――って、ばっかじゃないの!? 勘違いしないでよね! あんたのためにあーんするんじゃないんだからね!」
「修也……急にツンデレされてもリアクションに困るよ……」
しまった。つい俺の中の乙女心が出ちゃった。
「早くしてよ、修也。私だって恥ずかしいんだからね」
結愛はむすっとした顔で文句を言った。その頬は未だに赤い。
「わ、わかったよ。パン、ちょうだい?」
「よろしい。じゃあいくよ……はい、あーん」
ラーメンパンを持った結愛の手が近づく。
「ふふっ。修也、顔真っ赤だよ」
「う、うっせー。結愛も真っ赤じゃん」
「そっか。じゃあ、おそろいだね」
結愛は嬉しそうに「えへへ」と笑った。
はっ……恥ずかしいぃぃぃぃぃ!
教室で何イチャついてんだよ、俺たち! 本当のカップルだとしても、あーんはない! あーんはないよ、マイハニー(偽)!
しかも、なんだよ今の会話は! デレデレしすぎだろ! 仮に俺がクラスメイトの立場だったら「何こいつら。早く爆発してくんない?」って感じだわ!
俺はドキドキしながら、ラーメンパンを口に迎え入れた。
「どう? おいしかった?」
「あ、味なんてわかんないよ。ドキドキしっぱなしで……」
「そっか。私もドキドキしちゃったぁ」
結愛は「えへへ。ヘンなの」と笑って誤魔化した。何こいつ。アホの子のくせにめちゃくちゃ可愛いじゃねぇか。
照れている結愛に見惚れていると、
「おぉー。盛り上がってるねー」
「うわぁ!」「きゃぅ!」
俺と結愛の間に前田さんが入って声をかけてきた。び、びっくりしたぁ……。
「前田さん。脅かさないでよ」
「ごめん、ごめん。そんなつもりはなかったんだけどねー」
前田さんはニヤニヤしている。さてはこいつ、一部始終を見ていたな?
「修也くん。結愛ちゃん。私は邪魔せず見てるから、続けてあーんしていいよー?」
「「やらないよ!?」」
俺と結愛の声が見事にハモる。あんな恥ずかしいこと、できればもうやりたくない。
「前田さん、ごめんね。イチャついて目障りだったよね。もうやらないよ」
「ううん。違うよー、修也くん。純粋に幸せそうだなー、いいなーって思ってただけ」
前田さんは「いいなぁ。私も彼氏ほしいなぁ」とうっとりした表情で言った。
「……前田さん。本当は俺たちをからかって遊んでいるだけでしょ?」
「えー。なんのことー? からかってないよぅ」
「う、うさんくせぇ……」
「ひどいなぁ。疑ってるのー? 心外だよぉ、ぷんぷん!」
前田さんは頬をぷくーっとふくらませた。
ああ、なるほど。前田さんは天然ぶっていらっしゃるんですね、わかります。
「ねぇ、結愛ちゃんは修也くんと付き合ってるんだよねぇ?」
「うん。そうだよ」
結愛は誇らしげに胸張って答えた。なんで嬉しそうなんだ、お前は。
「ラブラブなんだね。いいなー、うらやましいなぁ」
「ふふっ。まぁラブラブってほどでもないけどねぇ。普通だよ、普通」
「ほほー。さすが結愛ちゃん。彼氏のいる大人の女性は違いますなぁ」
「えへへ。そんなとこないよぉ」
「で、どこまでヤったのぉ?」
ピシッ、と空気が凍る音がした。
問題なのは聞き方である。
ヤった、という問い。これはおそらく、俺と結愛が『合体』したことを想定して尋ねている。
ふと結愛のあられもない姿を想像する。
白いベッドの上。下着姿の結愛が恥ずかしそうにライトを指さす。「恥ずかしいから電気消して?」甘えるようなその声に、俺の頭はクラクラ、心はムラムラ、股間はイライラしてしまい、我慢できずに結愛の白い肌に手を伸ばして――って俺のばかー! 妄想が具体的過ぎて気持ち悪いわ! 思春期こじらせるのもたいがいにしろ!
顔を真っ赤にして、あわあわしている結愛と目が合う。いやお前もスケベ妄想してたんかい!
「ねぇ結愛ちゃん。手は繋いだんだよねー?」
「へっ!? も、もちろんだよ!」
「だよねー。じゃあ、キスも?」
「はうっ!? え、えーとねぇ……」
悩んだあと、結愛はこくんと頷いた。おい。嘘つくなよ、そこの見栄っ張り担当大臣。
「おおー。二人は普段どんなキスしてるのぉ?」
「えっ?」
「まさかほっぺにちゅーじゃないよねぇ? 幼稚園児じゃあるまいし」
「あ、当たり前じゃん! そりゃもう大人のキスだよ!」
だから見栄を張るなって! 何が大人だ! あーんで狼狽えていたくせに!
「結愛ちゃん、大人の女だねぇ。どんな感じ?」
「うえっ!? そ、それは……なんかこう、ベロベロ舐め回す感じだよ、うん」
なんだそれ。妖怪かよ、汚いな。
「さすがだねぇ。じゃあ、さぞかしベッドでもすごいんでしょ?」
前田さん! 女の子がそんなこと聞いちゃいけません! はしたない!
結愛はというと、熟れたトマトのように頬を赤くして「どうしよう」みたいな顔をしている。いやそこはNOって言えよ。
「あの……それはね……」
「それはー?」
「……まだです」
結愛は両手で顔を覆って、蚊の鳴くような声で答えた。ご自慢のアホ毛は力なく垂れさがっていて、頭からはぷしゅーと湯気が出ている。こ、こいつ……めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか……!
「ちっ。そこは教えてくれないのかー」
前田さんは露骨に舌打ちをした。
さてはこの子、結愛をからかうためにわざとあんな質問を?
「前田さん、完璧にビジネス天然じゃん……」
「なんのことぉ? 私、わかんなーい」
前田さんは不思議そうに首を傾げた。口元がニヤけているので確信犯だろう。女子って怖い。
「結愛。早く食べよう。昼休み終わっちゃう」
「そ、そうだね! 修也の言うとおりだよ!」
助け舟を出すと、結愛は元気を取り戻した。その証拠にアホ毛がひょこひょこ揺れている。あのアホ毛、どうやって動いているんだろう……。
俺たちは食事を再開した。
「じーっ……」
「前田さん? まだ何か用?」
「いやぁ。二人がこっそり愛を囁き合うんじゃないかと思って観察を――」
「しないわ! 帰れ!」
追い払うと、前田さんは「ぬわー! 怒られたー!」と楽しそうに去っていった。
「まったく。油断ならない人だな……結愛? どうかした?」
「そ、その……愛、囁き合っとく?」
「遠慮しておく。結愛は壁にでも愛を囁いてれば?」
「ひどいっ! 最近の修也は優しくないよっ!」
「そう? 記憶喪失だからかな?」
「たぶんそれ関係ないと思うよ!?」
俺たちはいつもどおり楽しいランチタイムを過ごしたのだった。
2章完結です。3章からはヒロインも増えてラブコメが加速する!?
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