漫画世界の主人公になった俺は、読者アンケート1位を目指してデスゲーム・ラブコメを攻略する

ここは『ラブコメ』しなければ『死ぬ』世界――
上村夏樹
上村夏樹

3話 デスゲーム・ラブコメは突然に

公開日時: 2020年9月12日(土) 19:07
更新日時: 2021年3月5日(金) 10:10
文字数:3,789

 カッターナイフは俺の脂肪を貫き、深々と刺さっていた。


「痛そうだな。抜いてやろう」


 ずぶずぶ。


 最果がカッターナイフを抜いた。血がだらだらと腹から流れ、ワイシャツを、床を、真っ赤に染めていく。


 腹部の激痛が走る。目も痛い。視界の端々で真っ赤な火花が散っている。


「あ、あっ……ぁぁぁぁ!」


「ちっ。手が汚れてしまったか。ヌメヌメしていて気持ち悪い」


 最果は不機嫌そうに言った。知るか。早く助けてくれ。出血が止まらない。応急処置。頼む。救急車。死ぬ。イタイ。


「安心しろ、修也。そろそろ傷が癒える頃だ」


「ふぅ、ふざ……け、ろ……!」


「おや? 噂をすれば、だな。おめでとう。傷は完治したぞ」


 は?


 何言ってんだ、こいつ。お前がカッターナイフで刺したんだろ。見てみろよ、この血塗れの腹を……あれ?


 ……痛みが消えた?


 気分もいい。体が楽になった。


 自分の腹を確認する。傷はすっかりなくなっていた。血で染まったシャツも本来の白さを取り戻している。床の汚れも消えていた。


「ほら。私の手も綺麗だろう?」


 最果の手に付着していた血が消えている。彼女が持っていたカッターナイフもなくなっていた。


 目の前で起きた現象を理解できずに困惑する。


「……最果。何が起きた?」


 もう敬語はナシだ。人殺しなんぞ敬えるか。


「おや。刺されたのに怒らないのか?」


「怒りを通り越してパニックなんだ……ショックが大きすぎて怒る気力もない。説明してくれ」


「怖い思いをさせて悪かったな。でも、これで私のことを信じてくれただろう?」


 最果はさして反省してなさそうに苦笑した。


「睨むなよ、修也。悪かったって。お詫びに説明してやるから許せ」


 最果は先ほど起こった超常現象について解説した。


 結論から言うと、俺の傷を癒したのは『僕ラブ』の作者だ。作者がこの世界に干渉し、「最果小神子がカッターナイフを入手できなかった」という過去に改変したらしい。その結果、「明石修也がカッターナイフで刺される」という未来を迎えることを回避したのだ。


 作者はこの世界で起きたことをリアルタイムで観測できる。そのため、俺が死にかけたことを察知できたのだとか。


 ちなみに俺を助けた理由も明白。主人公の俺があのまま死んだら『僕ラブ』の続きが描けないからだ。


 過去の改変。この不思議現象は、さっき最果が説明した項目のうちの一つだ。


 ……実際に奇跡を体験してしまったら、もう信じるしかない。


「どうやら信じてくれたようだな、修也。嬉しいよ」


「渋々な。次刺したら容赦しないぞ……で、俺は今後どうすればいい?」


「ふふっ。今から説明しよう。と、その前に質問させてもらおうかな……修也。君は読者アンケートを知っているか?」


「え? それは知ってるけど……」


 コミック誌にはアンケート用のハガキがついている。読者はそのハガキに今週の面白かった漫画を数点書き、投函する。このアンケートのことを読者アンケートという。大抵のコミック誌は、読者アンケートの結果を人気の指標にしているらしい。


 週刊少年ワンダーは読者アンケートの人気順に掲載されている。他誌はアンケート結果以外にも様々な要素を鑑みて掲載順を決定しているらしいが、少年ワンダーは完全に読者アンケート主義だ。


「修也。『僕ラブ』の掲載順位は知っているな?」


「ああ。不動の最下位だろ」


「そうだな。打ち切りになったらどうなると思う?」


 普通に考えたら連載終了だ。


 だが『僕ラブ』は普通じゃない。この世界と密接にリンクした漫画だ。ただ連載が終わるだけとは考えにくい。


「まさか……打ち切りもこの世界に影響を及ぼすのか?」


「正解。『僕ラブ』の連載終了は世界の終焉と同義だ」


「なっ……じゃあ打ち切りになったら……!」


「消滅するよ。この世界、丸ごとな」


 最果はつまらなそうに言って、上唇をぺろりと舐めた。


 まるでこの世界の命運など興味がないかのように。


「修也。パラレルワールド、という言葉は知っているか?」


「……ああ。今住んでいる世界とは違う、もう一つの世界のことだろ?」


「この世界がそうさ。ここは元の世界から派生した世界。私の力で漫画の世界とリンクさせた、歪んだパラレルワールドだ。どうだ? 面白い世界だろう?」


「……嘘じゃないだろうな?」


「君は本当に人を信用しない男だな。まぁ信じるかどうかは修也次第さ」


 信用できるわけない。世界がなくなるなんて現実味がなさすぎる。いきなりそんなこと言われても、中二病の戯言にしか聞こえない。


 だけど、もし『僕ラブ』が打ち切りを迎えてしまったら?


 万が一、世界に異変が起きたときには、もう取り返しのつかないことになっている。


 最果の話の真偽は確かめようがない。


 だとすれば、俺は『真』であった場合に備えるしかないのだ。


「修也。君はラブコメの主人公なんだろ? ならば、愛と笑いで世界を救ってみせろ」


「好き勝手言いやがって……世界を救うって、どうすればいいんだよ」


「簡単だよ。君がこの漫画を盛り上げればいい」


「えっ? 俺が?」


「君は『僕ラブ』の主人公であり、この世界は漫画とリンクしている……つまり、君の周囲で漫画的な展開が繰り広げられたとき、『僕ラブ』も面白くなる。そうなれば、自然と読者アンケートの順位が上がるってわけだ」


 なっ……ちょっと待ってくれ。


 俺は漫画家じゃない。主人公がどういう行動を取れば物語が盛り上がるかなんて、考えたことさえないぞ。


「無茶言うな。俺、漫画なんて描いたことないぞ。面白くする方法なんて知らない」


「簡単だよ。『僕ラブ』は学園ラブコメを謳っているくせに、今やただの日常コメディになっている。人気を呼ぶには、君がラブコメを起こせばいいのさ」


「ラブコメを起こす? どうやって?」


「さあ?」


「さあって……世界の命運がかかっているんだぞ!」


「関係ないね」


「か、関係ないって……お前は神だから死なないかもしれないけどなぁ……!」


「いや。この世界では神も死ぬ。そして神もこの世界のルールに束縛される……呉越同舟さ」


「だったら!」


「でも、そんなことはどうだっていい」


 最果の真っ赤な唇が愉悦で歪む。


「私は面白い漫画が読めればそれでいいんだよ。自分の命が果てようが、この世界が終ろうが、そんなことはどうでもいい」


「そ、そんなことって……!」


 自分の命が、どうでもいい?


 こいつ……相当狂ってやがる。


「いいか、修也。生きたければ、主人公である君がこの世界マンガを面白くしろ。君の行動が読者アンケートの結果を左右するのだからな」


 最果は「あ、そうそう」と付け加えた。


「この世界は少々特殊でな。読者アンケートの結果は翌週すぐに反映される仕組みになっている。現実世界ではありえないことだが、そこは私がこの世界で制定した数少ないルールだ」


「わかった……読者アンケートで一位になればいいんだな?」


「ああ。読者アンケートで見事一位に輝いた暁には、この世界を救済してやる」


「救済って……世界が消えなくてすむのか!?」


「まぁそういうことだな……そうだ。一つ言い忘れていたが、間違っても最終話を迎えるなよ? 最終話を迎えた結果、読者アンケート一位を取れなければ、デッドエンドを迎えることになるぞ」


「……よくわからないけど、俺は漫画が面白くなるように行動するしかないんだろ? ならそうするさ」


「ククク、そういうことだ。頑張りたまえ。それじゃあな」


「待てよ、最果! まだ聞きたいことがたくさん――」


「修也、お待たせー」


 結愛がコンビニ袋を手に持って、トコトコ小走りでやってきた。彼女の動きに合わせてアホ毛もひょこひょこ揺れている。


 最果に視線を戻すと、そこには誰もいなかった。


「き、消えた……?」


 視線を外したあの一瞬で退店したのか?


 ありえない。瞬間移動でもしない限り無理だ。彼女は本当に神様なのかもしれない。


 何がラブコメの主人公だよ。ふざけるな。非日常も主人公も世界の命運をかけた戦いも、全部どうでもいい。記憶なんてなくても、仲間と楽しく過ごす日常があればそれで満足だったのに。どうして俺なんかが世界を救うヒーローに選ばれちまったんだよ。


「修也? どうかしたの?」


「……ごめん。なんでもないんだ。さ、雑誌を買って帰ろう」


 俺は刺されたときに床に落とした週刊少年ワンダーを拾った。


「変な修也……って、それ少年ワンダーじゃん!」


「うん。毎週買ってるんだ」


「私も好きだよ! そっかぁ、修也も好きなんだぁ」


 何が楽しいのかわからないが、結愛は幸せそうに笑った。


 強烈な違和感に襲われる。


「結愛……お前さ。『僕ラブ』読んでる?」


 はたして俺の声は震えていなかっただろうか。


 結愛はこくりと頷いた。


「うん。人気ないけど、私は好きだな」


「え」


 ――お前、『僕ラブ』を読んで何とも思わないのかよ。


 そう言いたかったけど、ショックで声が出なかった。


 そうか……最果が言っていたっけ。


 この世界の仕組みを理解できるのは俺と最果、作者のみ。それ以外の人間は違和感を理解できない。結愛が『僕ラブ』を読んだところで、本編の異常さを認識できないんだ。


 震える拳をぎゅっと握りしめる。


 記憶を失っても……これからたくさん楽しい思い出を作っていこうって決めたんだ。


 結愛たちと馬鹿話で盛り上がるような日常を――本来の世界を、取り戻したい。


 だから、やるしかない。


 俺がこの世界にラブコメを起こしてやる。


 

 ◆


 

 週刊少年ワンダー読者アンケート結果


 僕たちはラブコメができない……二十位/二十位

物語の導入編でした。次話からどんどんラブコメしていきます!


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