ある日の昼休みのことである。
俺、結愛、猫町は机をくっつけて昼食を取っていた。
「それでね、そのとき前田さんがね!」
結愛はおしゃべりに夢中だった。なんでも昨日、前田さんと一緒にゲーセンで遊んだらしい。
俺はクリームパンを、猫町はフレンチトーストをそれぞれ食べながら結愛の話を聞いている。ちなみに結愛は持参したお弁当だ。
「前田さんね、すごいんだよ! クレーンゲーム、ワンコインで取っちゃったの!」
「一回でってこと? へぇー。すごいじゃん」
「本人はマグレって言ってたけど、私にはわかるよ。前田さんはクレーンゲームのプロ。あれは完全にクレーマーだね」
「それただの嫌な客じゃん」
クレーンゲーマーの略称だってことはわかるけど、センスがなさすぎだった。
なおも前田さんの活躍を大げさに語る結愛。ドヤ顔のところ申し訳ないけど、顔に米粒がついているからね?
「結愛。口元に米粒ついてる」
「えっ? どこどこ?」
「取ってあげるよ」
「ふえっ? あ、いや、それはちょっと恥ずかしい……」
「いいから。じっとしてて」
俺は結愛の口元についた米粒を取ってあげた。
「あ、ありがとう、修也……」
結愛は顔を赤くして礼を言ったあと、うつむいてしまった。
……なんだろう。猫町から視線を感じるんだが。
「じーっ……」
「な、なんだよ猫町」
「べつに。見せつけてくれちゃってって思っただけです」
猫町は「むきぃー!」と怒りながら、フレンチトーストをむしゃむしゃ食べた。
あっ……口元にパンくずがついている。
「修也くん。あたしの顔に何かついてます?」
「え? あ、うん。口元にパンくずがついてるよ」
「やだー。どこどこ? どこについてます? 自分じゃわからないです」
猫町はわざとらしくそう言った。俺に期待の視線をびゅんびゅん送っている。さてはこいつ、狙ってやってるな?
「修也くぅん。取ってくださいよぅ」
「わかったから甘ったるい声を出さないでよ……取ってあげるから、じっとしてて」
俺は猫町の顔に手を伸ばして、口元についたパンくずを取ってあげた。
その様子を見ていた結愛は勢いよく立ち上がる。
「あーっ! なんでよぅ! 修也のばかばか!」
「え? 俺なんかやっちゃった?」
「やっちゃってるよ! 世が戦国時代だったら斬ってたよ!」
「そんなにやっちゃった!?」
斬られるほどの罪を犯した覚えはないんだが。
「修也は、その……私の彼氏でしょ。他の女の子とイチャイチャしちゃだめなんだからね」
むすっとした顔で結愛は言った。
結愛の言うことも一理ある。俺たちは偽とはいえ恋人関係だ。クラスメイトに「実は修也、猫町と付き合ってんじゃね?」とか思われても困る。
「悪かったよ……ごめんな、結愛。もうしないよ」
「……今度から気をつけてよね。ふふっ」
謝ると、結愛の表情は破顔した。すっかりご機嫌である。
仲直りした直後、今度は猫町が騒ぎ出した。
「ぐぬぬー……修也くんのあほー!」
「え? 俺またなんかやっちゃった?」
「やっちゃってますよ! 返り血でシャツが真っ赤です!」
「そっちの殺っちゃった!?」
今日の俺、殺したり殺されたり忙しすぎだろ。
「結愛ちゃん! 教室でイチャイチャするの禁止です! ラブラブっぷりを見せつけないでください!」
「えへへ。そう見える?」
「何喜んでるんですか! ぐぬぬー、これが恋人の余裕というやつですか……!」
恨めしそうに結愛を睨む猫町。偽の恋人関係だよって教えたら立場逆転しそうだな。言わないけど。
「むぅ……絶対に修也くんを振り向かせてやるんだから」
猫町はジト目で結愛を睨みながら、悔しそうに言った。
うん……正直、嫌な予感しかしない。
なんとなく俺はラブコメの未来を予想しつつ、クリームパンを食べたのだった。
◆
午後の授業が終わり、放課後になった。
結愛は用事があるらしく、先に帰ってしまった。俺は特に予定もなく、帰る相手もいない。
そうだな……今日は書店に行って『嘘から始まる学園ラブコメ』の続きを買おうかな。漫画を読んで勉強して、次のラブコメ展開を考えなければ。
鞄を持って席を立った、そのときだった。
「ねね、修也くん。一緒に帰りません?」
猫町は笑顔で誘ってきた。顔には「邪魔な彼女もいないことですからぁッ!?」と書いてある。女子って怖い。
本当は書店に行きたいところだけど……猫町もやっと普通の学校生活を送れるようになったんだ。今まで我慢してきたぶん、たくさん遊びたいに違いない。
……今日のところは付き合ってあげようかな。
「いいよ。今日は予定ないから」
「やったぁ! えへへ、ありがとうございます!」
むぎゅ。
猫町は俺の右腕に抱きついてきた。
柔らかい感触。なるほど、いいおっぱいだ。やや小ぶりではあるが、猫町の胸もなかなか……って堪能している場合か!
「は、離れろって! こんなところ、誰かに見られたら……うん?」
視線を感じて振り返る。
前田さんがニヤニヤしながら俺たちを見ていた。
「おやおやぁ? 今日の浮気現場はこちらですかぁ?」
「いやそれ誤解ぃぃぃぃ!」
というか、今日のって言い方やめろ。俺が毎日のように浮気しているみたいじゃないか。
「修也くん。実は私、口軽いんだ……それじゃーねー!」
「待って、前田さん! 不穏な台詞を残して行かないでー!」
抗議も虚しく、前田さんは幸せそうな顔をして去っていった。
ようやく俺から離れた猫町もまたニヤニヤしている。
「誤解されちゃいましたね。うふっ」
「嬉しそうに言うな!」
さてはこいつ、前田さんに見られているのを知ってて抱きついたな?
「くっ! これが女子のやり方か……!」
さらなるハニートラップに警戒しつつ、俺は猫町と下校した。
◆
おそらく結愛の話の影響だろう。「ゲームで遊びたいです!」という猫町のリクエストがあったので、俺たちは駅前のゲーセンにやってきた。
猫町は店内をきょろきょろ見回している。
「えへへ。ゲーセン、ひさしぶりです」
「そうなの?」
「はい。さすがにぬこまろを被ったまま入店するわけにはいかないので」
猫町は寂しそうに笑った。
被り物のせいで友達ができない。そのことばかり考えていたけど……そうか。お店や施設に入ることさえ難しい生活を送っていたんだよな。こうしてゲーセンで遊ぶこと自体、叶わぬ夢だったんだ。
だったら……今日はおもいっきり遊ばなきゃ。
「猫町。何して遊ぶ? 今日はとことん付き合うよ」
「えっ?」
「今までずっと我慢してきたんでしょ? 青春の遅れを取り戻さなきゃ」
「修也くん……はい! じゃあ、まずはレースゲームやりたいです!」
猫町は嬉しそうに俺の腕を引いた。
「ほら、修也くん! こっちです!」
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。時間はたっぷりあるんだから」
「時間は有限ですよ! 早く早く!」
「はいはい。わかったって」
こうして俺と猫町はゲームを順番にプレイしていった。
最初に遊んだのはレースゲーム。これは猫町の圧勝だった。ひさしぶりに来たというわりには、何故かドリフトのテクニックが玄人のそれだったのだ。
レースゲームだけじゃない。次に遊んだダンスゲーム、それからメダルゲームもお手のもの。俺はすべてのゲームで猫町に敗北した。
今はクレーンゲームをプレイしているのだが……。
「やったー! 修也くん、見て見て! くまさんの景品取れましたよ!」
猫町は大きな熊のぬいぐるみを抱きかかえてご満悦だった。
「う、上手すぎる……猫町。本当はこっそり遊びに来てるだろ」
「来てないですって。こういうの、センスでしょ? なお、修也くんのセンスは……」
「壊滅的で悪かったな!」
「もしかして、あたしを喜ばせようと思って接待プレイしてくれたんですか? って、そんなわけないかww サーセンwww」
「せせら笑うな! くっそー、いつかゲームでボコボコにしてやるからな!」
「にゃははは! 期待しないで待ってます!」
猫町は俺を小馬鹿にして笑った。な、殴りてぇ……。
でも……まぁいっか。こんなに猫町が楽しそうなら、来てよかったよ。
「猫町。そろそろ帰ろうか」
「えー。もうおしまいですか?」
「十八歳未満はゲーセンで遊べる時間が制限されている。そろそろ高校生は追い出される時間だ。仕方ないよ」
「じゃあ……一つだけ、約束してください」
猫町は顔を赤くして、もじもじしながら言った。
「……またあたしと遊んでくれますか?」
恥ずかしそうにお願いする猫町がおかしくて、俺は笑った。
「あー! なんで笑うんですかぁ!」
「ははっ、ごめんごめん。そんなに照れながら言うことでもないじゃんって思って」
「う、うるさいなぁ! 長いこと友達いなかったから、遊ぶ約束の仕方とか忘れちゃっただけです!」
「あ、なるほどね。ふふっ」
「むぅー! 修也くんはデリカシーないです!」
「悪かったって。機嫌直してよ」
ぷりぷり怒る猫町をなだめつつ、ゲーセンを出た。
並んで歩きながらおしゃべりしていると、猫町は急に立ち止まった。
「あっ……くまさんのぬいぐるみ、ゲーセンに忘れてきちゃいました」
「マジで!? ヤバいじゃん! 俺、走ってとってくるよ!」
「いやいや。そんなに慌てなくても……」
「あれは猫町がひさしぶりにゲーセンで遊んだ思い出の品でしょ。なくなってたら嫌じゃん」
「修也くん……ありがとうございます」
猫町は「にゃははは……そういうところですよ、修也くん」と恥ずかしそうに笑った。
「え、何かおかしい?」
「ううん。なんでもないでーす」
「変な猫町……俺が走ってとってくるから、猫町はこの辺で待ってて」
「はい。お願いします、修也くん」
俺は猫町といったん別れてゲーセンに戻った。
入り口付近にいた店員に尋ねると、熊のぬいぐるみを預かっているとのこと。心優しい客が教えてくれたのだという。
店員はすぐに熊のぬいぐるみを持ってきてくれた。俺は礼を言ってそれを受け取り、ゲーセンを出た。
しばらく歩き、猫町と別れたところまで戻る。
「あれは……?」
猫町はスーツ姿の男性に絡まれていた。
「すみません。読者モデルに興味ないですか?」
「な、ないですけど……」
「あなたのその『可愛い顔』、雑誌の表紙とか飾ったらイケてると思うんですよね」
「あ、あたしの顔が雑誌に……!」
猫町の顔が一気に青ざめる。いけない。芸能事務所のスカウトだ。
猫町はつい最近まで顔を隠して生きてきた。それは『可愛い顔』が原因でいじめられたからだ。
彼女にとって顔はコンプレックス。完全に克服するには、まだ時間がかかる。
それなのに、芸能活動なんてできるわけがない。顔のことで心のない批判を受けたら、今度こそ猫町は立ち直れないだろう。
せっかく取り戻した、そのまぶしい笑顔……俺が誰にも奪わせない。
俺は猫町と男の間に割って入った。
「すみません。『俺の妹』、他の事務所に入ることになってるんです」
俺は咄嗟に嘘をついた。アドリブにしては上出来だろう。
すると、男は残念そうに肩を落とした。
「そういうことでしたか……それなら仕方ありませんね」
男は「万が一、気が向いたらお声かけください」と言って、名刺だけ渡して去っていった。
「ふぅ、緊張したなぁ……猫町、大丈夫――うわっ!」
猫町は正面から俺に抱きついた。
「こ、こらっ。離れろって……猫町?」
俺の腕の中で猫町は震えていた。
……辛い過去を思い出したのかもしれないな。
「もう大丈夫だよ。俺がそばにいるから」
恐怖を払うように、俺は猫町の頭をそっと撫でた。それでも猫町は離れようとしない。よほど怖い思いをしたのだろう。
しばらくして、猫町は俺から離れた。
「修也くん。守ってくれてありがとうございました」
「ううん。お礼を言われるようなことはしてないよ」
「……修也くん、かっこよかったです」
猫町は「仲間がピンチのときに駆けつける、漫画の主人公みたいでした」と言って笑った。君は知らないだろうけど、俺、まさしくその役なんだよね……。
「でも『妹』って言ったのは減点ですよ。猫町ポイント100点没収!」
「えっ。じゃあ、なんて言えばよかったの?」
「そ、それは、こっ、ここ恋びっ……言わせないでください! 修也くんのばか!」
猫町は俺の胸をぽかぽか叩いた。どうして罵倒されないといけないんだよ。意味がわからない。
「くだらないこと言ってないで帰るぞ。はい、ぬいぐるみ」
「あ、クマ三郎あったんですね! ありがとうございます! 修也くん、猫町ポイント100点付与!」
「ぬいぐるみに名前あったんだ……」
クマ三郎か……少なくとも三兄弟らしい。
「ところで、猫町ポイントって何?」
「あたしが抱く好感度です。1000点集めると、もれなく彼女になります! 嬉しいですか?」
「…………」
「な、何か言ってくださいよぅ! 今のギャグですよ、ギャグ!」
「いや、素で言ってるのかなって思って」
「そんなイタイこと本気で言いません!」
猫町は「なんで意地悪するんですかぁ!」と顔を赤くして怒った。
……『可愛い顔』、か。
たしかに猫町はアイドルみたいな容姿をしている。誰が見ても美少女だと思う。
でも、可愛さなんて、猫町の魅力の一つでしかなくて。笑ったり、怒ったり、すねたり、照れたり、そして泣いたり。猫町の本当の魅力って、感情が出やすい表情そのものにあるんじゃないかな。
いずれにせよ、猫町は被り物を取ったほうが魅力的な女の子だってことだ。
「悪かったよ、猫町。でもポイントはいらないや。返却します」
「あたし何気にフラれちゃいました!?」
猫町は「やはり結愛ちゃんを倒さない限りダメですか……!」と打倒結愛に燃えている。うん。倒すとか物騒なワードぶっこむのやめてね?
「修也くん! 今度はショッピングに行きましょう!」
「うん。いくらでも付き合うよ」
「実は新しく下着を買おうと思っていまして」
「それは俺抜きで買いに行ってくれる!?」
俺たちは遊びの予定を立てながら、のんびり帰路についた。
3章完結です。4章もラブコメラブコメー!
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