「うぇえっ!! あ、兄貴!? こんな所で何やってるんだ!?」」
「何をやってるだと!? それはこっちの台詞だ、ふざけるな!!」
「ぐあっ!!」
室内に乱入した悠真は、部屋の中央付近に立っていた弟に一直線に駆け寄り、その顔に問答無用で拳をお見舞いした。それをまともに喰らった伸也は、当然の如く床に転がる。
「いってぇ、いきなりなにするんだよ!?」
「お前、この状況は一体なんだ!?」
「きゃあぁぁっ! 伸也様!」
天輝達には事情が全く分からなかったが、室内には伸也以外に、どう見ても現地人である複数の男女が存在しいた。その彼らは最初の一撃には反応できなかったが、悠真の蛮行を目の当たりにして、遅れて悲鳴と怒りの声が上がる。
「誰か! 伸也様が殺される!」
「伸也様をお助けしろ!」
「伸也様! 『あにき』とは、兄上の事ですか!?」
「例え、真実伸也さまの兄だとしても、伸也様に危害を及ぼす者なら力ずくで排除するのみ!」
「私達も手伝うわ!」
血相を変え、何やら剣や槍、鈍器代わりの棒などを手にし始めた周囲を見て、伸也の方が狼狽した。
「皆、ちょっと待った! 冷静になろうか! 話せば分かるから!」
「あぁ!? 何がどう分かるってんだ! ふざけんな!!」
「だから兄貴、頭冷やせ! 今、説明するから! 皆も落ち着け! 武器は下ろしてくれ!」
床に座り込んだまま、伸也は慌てて周りの人間に言い聞かせた。悠真は悠真で床に片膝をつき、そんな伸也の胸倉を掴み上げながら恫喝する。文字通り一触即発の事態に、天輝と海晴は頭を抱えた。
「本当に伸也ったら、何をやってるのよ……」
「なんとなく分かっちゃった。あまり分かりたくなかったけど……」
「うん。伸也ったら、こちら側の人達と顔見知り確実だし、私達と同じ異世界転移常習者確定だよね」
「一体、いつからなんだろうね……。どう考えても、昨日今日の話ではないのは確かだけど」
「やっぱり遠縁だけど、血縁関係あるのが実感できた。昔から時々思っていたけど、海晴と伸也って行動パターンが似てるよね」
「……ノーコメント」
天輝が何とも言えない表情で妹を見やると、海晴はさり気なく視線を逸らした。するとここで緊迫の度合いが増した室内に、ピィイィィィ――――ッという、場違いなホイッスルの音が響き渡る。
「え?」
「何事?」
天輝と海晴は勿論、その場全員が音のした方に目を向けると、何故かビジネススーツを身に着けた美女がそこに立っていた。彼女は全員が自分に注目しているのを確認すると同時に口からホイッスルを離し、テキパキと室内の人間達に向かって指示を出す。
「はい! シャティ、あなたは全員分のお茶を淹れて持ってくる! ダン、あなたは人数分の椅子を運んで円形に並べて。私達二人とお客様三人分よ。急いで! 他の者は全員、直ちに自分の部屋に戻って、呼ばれるまで待機よ!」
「は、はいっ!」
「分かりました!」
「お待ちください!」
呆気に取られている天輝達の前で、室内の殆どの人間は弾かれたように動き出し、手にした武器などを元に戻して部屋から出て行った。そして一気に人が少なくなった室内を、美女がまっすぐ悠真と伸也に向かって進む。
「悠真さん、ご無沙汰しております。レイナ・カルマンです。伸也を絞め殺したら話はできないと思いますので、取り敢えずその手を放していただけませんか?」
「ちっ!」
見覚えのある彼女に冷静に指摘され、悠真は舌打ちをして伸也の服から手を離した。次いで立ち上がりながら、相手に非友好的な視線を向ける。
「レイナさん、本当にお久しぶりですね。以前、伸也の事務所に顔を出した時にお会いして以来でしょうか?」
「はい、確かに向こうの時間で、二年ぶりくらいになるでしょうか?」
普通であれば委縮するであろう強い視線を至近距離から向けられても、芸能事務所の経理を一手に引き受ける、伸也の片腕でもあるレイナはびくともしなかった。
「『向こうの時間で』ですか……。事情はお分かりのようですね」
「そうですね。そもそも私はこちらの出身ですので」
「そうでしたか……。こちらの出身…………。伸也?」
そこまでのやりとりを済ませた悠真が、改めて冷え切った視線を弟に向ける。それに辟易した伸也が、些か情けない声でレイナに訴えた。
「レイナ……、このタイミングで洗いざらい吐くのか? 視線だけで、兄貴に殺されそうなんだが?」
しかしその哀願を、レイナは微笑みながら一蹴する。
「あら。そろそろ潮時だろうと言っていたのはあなたじゃない。良い機会だわ。それに今日はこの場に妹さん達がいるなんて、なんて好都合。この場に二人がいるなら、本当に殺されたりはしないわよ。良かったわね」
「容赦ないな……」
ここでレイナは、がっくりと項垂れた伸也から、天輝と海晴に視線を移した。
「天輝さん、海晴さん、お久しぶりです。この場にいてくださって、本当に助かりました。こんな社長ですが長期入院になったら、事務所の業務に差し支えますから」
「はぁ……」
「伸也が意外に真面目に、社長業務をこなしているのは分かったわね……」
満面の笑みで歓迎してくれた伸也の事務所幹部女性に、姉妹は思わず遠い目をしてしまった。
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