住民、と呼んで良いのかどうかは定かでないが、河川敷の集落に暮らしているのは十人足らずの男女であった。
年齢層としては五六十代の範疇に収まるであろう住人達が、バラックの間を疎らに行き来していた。いずれもが粗末、さもなくば凄絶な身形を白日の下に晒している。先導して来た壮年の女と同じく衣類は綻びだらけ、頭髪は乱れ放題で服から覗く顔や手足には汚れが目立った。
今正に戦火から逃れて来たばかりの避難民か、さもなくば数十年振りに発見された遭難者とでも言った体である。あたかも眼前の小さな区画だけが周囲から切り離されて、戦時中のまま停止してしまったかのような有様であった。
バラックを背に佇む逸れ者達の有様を目にして、大成は何やらばつの悪い表情を湛えたのだった。彼もまた『墓守』としての職務上、こうした手合いが現実に存在する事は教えられていた。
どのような状況下に於いても、また何処の国であっても、政府の押し付ける一元的な政策に反対する者達は存在したのである。
国民を強制的に冬眠させるという政策が公表された当初、陰謀論を根強く支持する一部の民間団体がまず反発し社会に大きな論争を呼んだ。それが呼び水となり、長期に渡る休眠に不安を抱き、自分で自分を昏睡状態に陥らせるという選択に恐れを抱く者達も追随するようになる。
そして、国を上げての人工冬眠推進政策に異を唱えた一部の集団は独自にコミュニティを発足、『休眠期』への移行を拒否して無人の国土に留まったのであった。戦災の爪痕も未だ深く刻み付けられていた頃、疲弊した警察機構に彼らを拘束して『施設』へと強制連行する程の余力は無く、眠りを拒絶する人々は半ば放置される形で無人の野へと下って行った。
しかし、折からの深刻な汚染と食糧難に見舞われた世界で、大した技能も持たぬ異端者達を養えるだけの物理的余裕は何処の土地にも存在せず、自給自足を営もうにも社会基盤の一切が機能していない中では、それは常に死と隣り合わせの険し過ぎる道行となったのであった。
結局、眠りを当初拒否した者達の多くは想像以上の厳しい生活に耐え切れず、徐々に政策を受け入れて『施設』の門を叩くようになって行った。それでも尚頑なに眠りを拒絶する者達は、自分達の活動に次第に宗教的な特色を付与するようになり、より強固で閉鎖的な結び付きを獲得して行ったという。
そんな服わぬ異端の民の集落に、大成は足を踏み入れたのであった。
尤も、大成にしてもこうした展開は半ば予想の範疇にあった。
国全体が『休眠期』に入っている今、特にサバイバルに秀でているとも思えぬ少女が、無人の国土でたった一人で暮らして行ける道理も無い。何処かの如何わしい集団に所属しているのではないかと、彼は前々から訝っていたのであった。
そしてその懸念が現実のものとなった今、青年は後悔とも自責とも付かぬ思いに一人駆られていた。
穏やかなせせらぎを縫って、人の声が交わされる。
外から戻った二人の女を認めて、『村』の幾人かが気さくに挨拶を遣した。
大成が辺りを見回してみれば、眼前に立つ壮年の女と同じく、肩や背に大きな袋を担いだ者達が散見される。どうやら『彼ら』は、それぞれに付近へ採集に出ていたようであった。昼前の『仕事』に一応の区切りを付け、休憩も兼ねて今しがた『村』へ戻って来た所なのだろう。
次いで『彼ら』は、仲間の女の後ろに続く見慣れぬ若い男の姿を目に留めるなり、怪訝な面持ちを個別かつ一斉に浮かべたのであった。
「ああ、こちら園田さん。例の『施設』から逃げ出して来たんですって」
大成の前に立った壮年の女が、『村人』達へ向けて飽くまで陽気に説明した。
「これまで向こうの街の方でキャンプ生活を送ってたそうで、ついさっき私達とばったり出くわしたのよ」
「どうぞ宜しく……」
黒い襤褸を着た壮年の女が肩に掛けたずた袋を担ぎ直す傍ら、大成は居並ぶ『村人』達へ向けて一礼した。
驚きの声がぽつぽつと上がったが、それらは歓迎の様相とは程遠いものであった。
それが至極当然の展開である事は、その場に居合わせた誰よりも大成自身が弁えていた。それ程までに、この場での彼の出で立ちは浮いていたのである。
普段の灰色の作業服こそ着てはいないが、装いには古びた所が全く無く、頭髪も特に乱れる事無く整っている。現に相対している『村人』達とは完全に対照的な空気を纏わせていたのであった。むしろ嫌味なまでに毅然とした身形の見知らぬ青年を、河川敷に広がる『村』の広場に集った者達は銘々に胡散臭そうに眺め遣っていた。
得体の知れぬ手合いに環視される中で、大成は胃が重くなる気分を久々に味わったのだった。こちらの身の上を暗に伝えた筈の南海子は特に何を言い出す事もせず、その場で思い付いた適当な言い訳を聞かせた壮年の女は、特に何の疑問も差し挟まずに仲間へとその通りの説明を遣している。
ここでいっそ誰かが石でも投げ付けてくれれば、それに託けて一目散に退散する事も出来たのだが、『村』の住人達は女の説明を真に受けているのか、それとも単に彼女の面子を立てているだけなのか、表立って反発を覗かせるような素振りは覗かせなかった。
些か以上ぎこちない沈黙が川縁の集落に広がりつつあったが、その一方で、大成は現状に言い知れぬ不安を覚えていたのだった。
『彼ら』は人々が眠りから覚めた後も最早社会に合流しようとはせず、『戦後』の新たな日常から完全に切り離された異端の集団として社会全体から白眼視されているからである。
『休眠期』の導入を、新たな社会体制を受け入れた市井の人々の間では、『彼ら』は主に『現代型遊牧民』と呼ばれ蔑まれているが、これは一般の認識としては異常者や不審者と同義であり、質の悪い人攫いの一種として親達が我が子への脅し文句に用いる程であった。
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