じっとしていても体の芯まで漂白されそうな眩い光が、天井から音も無く降り注ぐ。
これでは居眠りどころか、ふと脇に目を逸らす事すら躊躇される有様である。
いつもと変わらぬ職場の環境に辟易しつつ、大成は机上のディスプレイを眺めていた。時刻は正午を少し回った所であるが、その事実を伝えるものは壁に掛けられた時計以外に何も無かったのであった。
今日も今日とて昨日と変わらず、管制室内の壁にずらりと掲げられた大型ディスプレイには受け持ち区画の『個室』の情報がびっしりと表示され、秒刻み以下の間隔で様々なデータが更新されて行く。
しかし、大成はそちらへは一瞥もくれず、自分の席に置かれたパソコンの画面のみをじっと視界に収めていた。
その時、廊下に繋がる部屋の扉が外から開かれる。
そして仕事場に戻った大前田は、部屋の奥で一人パソコンと睨み合いを続けている大成の姿を認めるなり、大袈裟に眉根を寄せたのであった。
「若者よぉ、仕事に打ち込むのは結構だが、折角の昼休みまで費やす事ぁないだろう?」
大成は眼前の液晶画面から目を外すと、何やら勿体付けて皮肉を遣した同僚をちらと垣間見る。
「今正に休憩中っすよ。わざわざ心配して貰わんでも」
何処か不貞腐れたように言葉を返した大成へと、大前田は近付いて行く。
「飯食う時ぐらい休憩室で寛いだらどうだ? こんな殺風景な所に缶詰になってねえで」
「そこまで歩いてくのが面倒臭いんです」
本当に億劫そうに言った大成の背後を回り、大前田は隣の席へと腰を落ち着けた。
「やだね、年寄り臭い事を言う奴は。そういう姿勢じゃ折角の飯も不味くなっちゃうぞぉ」
「いや、こんな物にそもそも美味いも不味いも無いでしょうが」
言って、大成はキーボードの横に置いた小さな袋を人差し指で突いた。
薄手の辞書が入る程の大きさの、何の印刷も施されていない無機質なビニールの包みが机の上に投げ出されるように置かれていた。大成は無造作にその袋へ指を差し込むと、中からショートブレッドに似た物を摘み上げ、やはり無造作に口へと運ぶ。
乾いた咀嚼音が、デスクの周りに響いた。
「何処で食ったって味が変わる訳じゃなし、て言うか、何処にいても気分だきゃ宇宙旅行って感じですわ」
「だからこそ、せめて周囲の環境を変えて誤魔化せっての。味気無い物を味気無い所で食ってると、ひたすら惨めな気分になってくじゃんよ」
ショートブレッド状の食品を頬張りながら退屈そうに愚痴を零した大成へ、大前田が椅子に腰掛けたまま無精たらしく近付いて行く。
と、そこで大前田は、大成の机に置かれたディスプレイに目を留めたのであった。
「何それ? 外の景色?」
「ええ……」
言われて、大成も眼前の液晶画面へ眼差しを移した。
机上のディスプレイには『施設』の外の街並みが映り込んでいた。一枚絵の画像と異なり、道端に顔を覗かせた雑草が時折動きを見せているのを認めて、大前田は顎先を引いて映像を注視した。
「……ああ、監視カメラの映像か。軍の連中が市街地に設置してった奴の」
そこまで言った所で、大前田はからかうような笑みを浮かべて傍らの青年を見遣る。
「幾ら退屈だからって、こんなん閲覧してると或る日突然両手を後ろに回されっぞ」
「大丈夫じゃないすか? うちらの数少ない特権で、軍のデータの一部閲覧は公に認められてんですから。保安上の理由だとでも言っときゃ咎められる事も無いでしょ」
至って平然と大成は切り返すと、大前田が肩を竦めて見せる。
「じゃ何? 不審者が『施設』の周りをうろついてないか監視してんの? 仕事熱心だねぇ」
「いや、それこそ気晴らしに。散歩でもする代わりに。学生時分に屋上で弁当食ってたのと同じ感覚っすわ」
空惚けた口調で大成は答えながら、マウスを操作して画像を切り替えた。また別の、しかし同じ崩れ掛けた街並みのライブ映像が画面上に描写される。
見た目の差異も、時の移ろいすらも見分け難い寂れた景観を見据えて、大成は目を細めた。
「これでも四月の頭にゃ花見も出来るんですよ。それで飯が美味くなるって訳でもないけども……」
言って、大成は袋から新たに摘み上げたショートブレッド状の食物に目を向けた。
「流石に三百六十五日の三食全てがこれってんじゃねぇ……」
眉根を寄せた大成の隣で、大前田が溜息をつく。
「恨み言なら甘い見通しの上に長年胡座掻いてた奴らに言いなよ。そういう風潮に疑問を抱かなかった俺らもきっと同罪ではあんだろうが……」
湿った声でそう言うと、大前田は椅子に座ったまま背凭れに寄り掛かり、徐に天井を仰いだのだった。
「かつての華やかなりし頃は、食糧自給率の低下なんてろくすっぽ顧みられもしなかった。金融と自動車産業さえきちんと回しときゃあ、んな事わざわざ気にする必要も無いってのが一般的な認識だったもんな。食い物なんか外から幾らでも買い付けりゃいい。経済が機能してる間は山海の珍味なんか選り取り見取りで、むしろそれが当たり前。こんな狭い島国で、貴重な人と時間を割いてまで食糧生産なんか推し進めた所で今更何がどうなんの?、ってな。それで今じゃこの有様だ」
白い明かりの灯る天井を見上げた大前田の両目は、随分と細く鋭いものへと変わっていた。
傍らの大成もまた、自分が今手にしている食べ物へ冷ややかな眼差しを注ぐ。
「そりゃしょうがないでしょうね。世界規模の食糧危機なんて事が実際に起こっちゃったんだから。昔の共産圏じゃないんだから、自分とこの国民を飢えさせてまで他所へ食い物を輸出したいなんて思う所も今更無いっしょ。自分らの食う物ぐらい自分らで何とかしろって開き直られたって何もおかしくないすよ」
「そんなん不義理でも不条理でも何でもねえよなぁ。相手からすりゃ至極当然の発想な訳だし、ケツに火が点く前に備えとかねえ方が悪いんだ」
大前田も突き放すように評すと、椅子の上で姿勢を戻した。
「利潤も効率も追求し過ぎりゃ自分の首を絞め上げてくだけだ。それも、やってる間は中々気付けねえんだから余計に始末が悪い」
他方、大成はショートブレッド状の食物を口に咥えると、机上のディスプレイの方へと目を戻す。
「でもやっぱ、あれっすかね? 他の農業大国は、天下のフランスなんかはこんな時でも良い物食ってられたりすんすかね?」
「どーかなぁ……あっちはあっちで片っ端から原発壊されて、全土で核汚染が深刻だって聞くが……」
「うへえ、そりゃまた難儀な事って」
大前田の言葉に、大成は気の無い相槌を打った。
それから間も無く、外へ休憩に出ていた他の職員達が続々と室内に戻って来る。休憩時間も終わりに近付いていた。
「ま、昔は格差の象徴だった食が途絶えた途端、今度は飢えこそが平等の象徴になりつつあるって訳だ。笑えるんだか笑えねんだか……」
椅子を引き摺りながら自分の机へと戻る間際、大前田が冷めた口調で言い放った。
大成は面白くもなさそうに口の中の物を呑み下すと、目の前の画像を見据える。
机上の液晶画面には、白昼の市街地の様子が今も映り込んでいる。
誰の姿も見当たらぬ空虚な瓦礫の都市が、鮮やかな青空の下に広がっていた。
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