憂鬱な現状が果てしなく続くだけのように思えても、現実にそこに生きている以上、誰もが生きる事を続けねばならなかった。如何ともし難い倦怠に包まれながらも、社会が停滞する事は許されなかったのである。
ならば、その『社会』という奴は一体何なのだろう。
大成はこの所、何かに付けて考え倦ねるようになったのであった。
この日もまた、大成は徐に背後を振り返る。
薄暗く広大な空間に休眠用の『個室』がびっしりと並んでいる。只一つの例外も無く閉ざされた上下二段の扉から蒼白い光を寝息のように漏れ出させ、人が自ら創り上げ、自ら閉じ篭った夥しい数の棺が今日も稼働し続けていた。
底無しの泥濘の中へ放り込まれた事を認めざるを得ない世界。
能動的な活動を殆ど止めてしまった世界。
眼前に果てし無く広がるこの有様こそが、紛いも無い今の『社会』そのものの姿であるように『墓守』の青年には思えたのだった。
歳経た蟻塚にも等しい、ここが巨大な『巣』の中だからである。
『社会』とは取りも直さず『巣』であり『群』である。個々によって成り立ち、個々の活動によって維持され、そして時に個々の意思を超越した決定を下す。
全ては『群』が、『社会』が存続して行く為に。
たとえ全体を形成する個体が志半ばで力尽きて倒れても、『群』が、『社会』が残るのならばそれは完全な消滅とはなり得ない。『群』自体が以前と変わらず機能し続けられるのなら、消え行く者達にとってその仕組みは無情でもあり、同時に一縷の希望を残すものともなるのである。
だが、未来の何処か或る一点で『群』そのものが壊滅し、『社会』全体が滅びを迎える瞬間が訪れたのなら、それより先には果たして何が残るのだろうか。
もし、蓄えて来た技術も知識も一切が失われ、文化も伝統も余さず塵に還って、後に残るのは地上に今広がっているのと同じ廃墟ばかりとなったなら。
かつての考古学者達が古代の遺跡を前にして様々な感慨に耽ったように、我々もまた華やかなりし当時の面影を推し量る事すら困難で、ただそこにあるだけの『墓碑』を後世に残すのが精一杯であるのかも知れない。
ならば『社会』とは、突き詰めれば自分達の『墓碑』を築き上げる為に存在しているのだろうか。
大成は足元より微かな振動の伝わる空間を見渡した。
蒼白い光に包まれて大勢の人々が眠り続けるこの『施設』は、正に現代に於ける『社会』の姿そのものであった。現存する人類が持ち得る英知と労力の全てを注ぎ込み、形振り構わず必死になって造り上げたのがこの巨大な『墓碑』だったのである。その誰にも揺るがせに出来ない事実と覆しようの無い現実を前に、『墓守』の青年はひたぶるに険しい表情を暗闇で湛えたのであった。
我々は何処から来たのか。我々は何者か。我々は何処へ行くのか。
生きるべきか。それとも死ぬべきか。それが問題だ。
既に暗冥の懐に抱かれているかのような地下の奥深くにて、ぽつんと佇む大成の脳裏に遠い昔に聞いた幾つもの文言が浮かび上がる。誰もが渇望するように答えを追い求め、そして遂に得らぬまま世を去らざるを得なかった先人達の根源となる問いを、彼もまた改めて反芻したのであった。
あたかも、明日の我が身も知る事無く眠り続ける人々の代理となるが如くに。
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