夏の終わりと共に、この国に定められた『休眠期』も一先ずの終了を迎えた。
永きに渡る眠りより覚めた人々が、永きに渡る苦役を果たす為に短い時を費やす。既に幾度も繰り返されて来た慣例が、この年にもまた行われようとしていた。
それに伴い、霊廟の如き『施設』も一瞬の賑わいを覗かせる。『個室』から目覚めた人々がそれぞれに簡単な診断を済ませた後、順次地上へと戻って行くのである。無駄に広々としていたエレベーターには今や人が鮨詰めとなり、それがのべつ昇降を繰り返し、長らく無人であった幅広の廊下には長蛇の列が出来た。
然るに『そこ』に満ちたざわめきは、活気と呼ぶには冷た過ぎる代物であった。
あたかも公開処刑に附された隣人を憐れんで、ひそひそと密談を交わす雑踏の如き有様である。彼らの足取りも軽快なものとは到底言えなかったが、先の見えぬ停滞の只中にありながら決して停滞する事を許さない『社会』に促されるようにして、銘々に歩を進めて行くのだった。
『墓穴』の奥深くより『地上』へと戻ろうとする紛いも無い『生者』の列を、『墓守』の青年は廊下の端で静かに見つめていた。
いつ如何なる場合に於いても『歩み』を止める事は許されない。
取りも直さず、それが『生きる』という事であった。
進んだ先に待つ未来がどのようなものであるのか今は見極めが付かなくとも、人はただ前へ進む事しか許されていない。踵を返して時を巻き戻す事だけは、今以って誰にも叶わぬからである。
そして、開け放たれた『施設』の正面玄関から光差す地上へと出て行く人々を見送った後、大成は小さく頭を振った。
それは俺も同じか。
自嘲気味に胸中で呟くのと一緒に、彼は翳りを帯びた『施設』の内へと戻り行く。
何処までも己の務めを果たさんが為に。
水色の空に掛かった太陽は、南中に差し掛かろうとしていた。
これより正に目覚めんとする世界に背中を向けて、『墓守』の青年の姿は『墓所』の奥へと姿を消したのであった。
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