年休九ヶ月

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第五回

公開日時: 2022年11月28日(月) 20:52
更新日時: 2022年12月22日(木) 18:56
文字数:1,896

 施設の前は、俄かに騒がしくなった。

 大型トレーラーより降ろされた諸々の荷物を、灰色の作業服を着た『施設』の職員達が内部へと運んで行く。

 大成もまた、台車を押して幾つかの物資を施設内へと運搬していた。

 その最中、彼は外から訪れた来客の様子をちらと垣間見る。

 開け放たれた荷台トレーラーから、時折説明を遣しつつ物資を降ろしているのは白い作業服を着た男達であった。彼らは都市部に急造された食品生産加工拠点で働く者達であり、時々こうして食料を始めとする生活物資をこの『施設』へと届けてくれる。

 可能な限り汚染を避けて作物を生産する為に、市街地で破壊を免れた諸々のビル群は水耕栽培のプラントに改築され、食糧の計画的増産こそが社会活動の最優先課題とされた。郊外の農耕地の大半が使用不可能となっている現状、彼らこそが国民の命綱を握っているも同然であった。

 彼らは、俗に『園丁えんてい』と呼ばれている。

 そして、物資の運搬に従事する者達の周りを、武器を手にした軍人達が警護に当たっている。灰色の都市迷彩服を着た見るからに屈強そうな男達が、手に手にライフルを抱えて、周囲へと鋭い眼差しを散らしていた。

 万一の有事に備えて国防に当たる軍人達。

 彼らは同時に、無人に近い国土で限られた治安を護る唯一の存在でもあった。

 彼らは、俗に『防人さきもり』と呼ばれていた。

 大成は顔を前へと戻し、前方に鎮座する白い建物へと台車を押して行く。

 自分が身を置く巨大施設にして、多くの人々が今も地下で眠り続ける一大拠点である。

 日本国内に計八か所建設された人工冬眠施設。

 『戦後』の世界にいて、単に『施設』と呼んだ場合はこの施設を指す。

 主に大都市に建設され、当該地域の住民を全て収容出来るだけのキャパシティを持つ。元は大戦時に建造された防空壕であり、戦後の食糧危機に際して人工冬眠施設へと改造された経緯を持っていた。

 分けても首都近郊に建設されたこの『第五処理施設』は国内最大の規模を誇り、収容可能人数も最も多い。暫定政府の要人から服役中の犯罪者に至るまで、膨大な数の様々な人々が今も人工冬眠に就いている。地下十三階からなる巨大な施設で、かつては地下鉄が往来していた時期もあったと言う。

 その維持と管理に当たるのが、大成ら灰色の作業服を着た者達であった。

 大成は、荷物の積まれた台車を黙って押した。

 『戦後』の新たな体制が出来上がった世界では、人口の九割以上が地下施設での休眠を余儀なくされている。活動期間が限られている為に全体の復興も容易には進まず、人音ひとおとの絶えた無人の、破壊の跡も生々しい街並みが未だあちこちに広がっている。

 そんな停滞した世界で人知れず活動を続けているのは、有事に備えて防衛に当たる『防人』と、食糧確保に当たる『園丁』、そして眠り続ける人々の監視と機器の保全に当たる役人、通称『墓守』らであった。

 大前田の言葉通り、余人を交えず活動出来るという点では特権を有しているとも言えたが、この時の大成にはわずかな優越感にふける余裕も無かったのであった。

 大型トレーラーからは次々と物資が下ろされ、それを灰色の作業服を着た『墓守』達が忙しなく運んで行く。その中にあって、大成も無駄口を叩くいとまも設けられずにいたのである。

 これじゃ貴族なんだか奴隷なんだか判んねえよ、と大成は胸中で悪態をついた。

 もっとも青年の嘆きを他所に物資の搬入は滞り無く行われ、およそ四十分後にはトレーラーに積載されていた荷物は『施設』内へと余さず運び込まれた。誰も彼もが手慣れた様子で一連の作業を終わらせると、周囲を警戒していた軍人達もようやくにして警戒を解いたのであった。

 その後、『施設』を背に一列に並んだ『墓守』達の中から年配の女性が一人歩み出る。

「では、当面の食糧及び生活必需品、確かに受け取らせて頂きました。警備の方々共々、どうも有難う御座いました」

 灰色の作業服を着た年配の女が堂々とした口調で礼を述べると、片手にライフルを携えたまま、灰色の都市迷彩服を着た壮年の男が敬礼を返した。

「指定の物資は確かに配送致しました。多くの国民の命を預かるそちらの職務が、問題無く全うされます事を」

 生真面目な挨拶を残した後、『防人』達と『園丁』達は速やかに撤収して行く。間も無く、『施設』の前から重々しい駆動音を残して、輸送隊の一団は坂を下って去って行った。

 次第に遠ざかる車列の音に、大成は気だるげな眼差しを送った。

 その隣で、大前田が汗ばんだ顔で息を吐く。

「次来る時ゃ、向こうの職員も十人ぐらい連れて来てくんねえかなぁ……」

 壮年の男が漏らしたぼやきを、周囲から届く蝉の声が打ち消した。

 夏の日差しが、木々の梢の影を路面に濃く刻み付けていた。



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