「ついてくるなよ」
しかし、海翔は諦めることなく下駄箱までついてきていた。
「別に良いじゃん。俺達友達だろ?」
「とにかく今日は駄目だ」
「えー。良いじゃんか」
肩を組んでくる海翔を引き剝がしながら靴に履き替えていると、一年生の下駄箱の所から出てくる雨宮の姿を見つけてしまった。
頼む、気付かないでくれ……!
「あっ、先輩こんにちは~」
しかし俺の思いは空しく、俺と幸村の姿を発見した雨宮はこちらまでやってきてしまった。
「あ、ああ」
「先輩も初めまして、雨宮沙希って言います」
「ああ、よろしく!俺は東条海翔って言うんだ」
「よろしくお願いします!」
初対面の相手なので丁寧に対応してはいるのだが、何故か目をキラキラさせているように見える。
『すごくいい子じゃん!!』
それにテンションが上がった海翔は俺にしか聞こえない声で囁いてきた。
いい子なのは間違いないんだが、この雨宮はいつもと違うんだよな……
海翔に狙われている事を雨宮が勘付いたのだろうか。
雨宮は可愛いからそういうことに慣れていそうだしありえるな。
「剛先輩、海翔先輩はあの事をご存知なんですか?」
なんて予想を立てていると、雨宮にそう聞かれた。
なるほど。そういうことか。
「一応漫画を描いていることは知っているぞ」
「そうなんですか!」
俺がそう答えると、雨宮はテンションが上がっていた。完全に海翔がアシスタントだと勘違いしているな。
「雨宮さんは剛の手伝いをしてくれてるんだよね。こいつのためにありがとね」
「いえいえ、私こそ関わらせてもらって非常に嬉しいので」
「一応言っておくが、こいつは俺のアシスタントではないぞ」
流石に勘違いさせたままだと不味いので雨宮に説明しておく。
「あ、はい。知ってますよ」
「知っているのか?」
「はい。東条先輩があの絵を描けるとは思えませんし」
確かに海翔は絶望的に絵が下手だ。しかし雨宮は何故知っているんだ。
「中学校が一緒だったのか?」
東条の芸術科目の選択は音楽だから他学年の雨宮が絵を見る機会なんてないはずだが。
「いえ。多分違います」
「俺も違うと思う。この子がウチの中学にいたら絶対覚えてるし」
「海翔くんの中学って全校生徒が30人位なんだっけ」
海翔は美人に目が無いからかと思っていたが、幸村が補足してくれた。こいつそんな貴重な中学に通ってたのか。
「そうそう。だから全員の顔を覚えてる」
「今度その話を聞かせてくれ」
「良いぞ。別に隠してることでもねえしな」
「助かる」
少人数の学校は少人数ゆえにデータが少ないからな。これはラッキーだ。
「じゃあどうして?」
と脇道にそれていた所を幸村が本題に戻してくれた。
「東条先輩って北条陸さんですよね?」
「誰?」
「北条陸?何だそれ」
「そういえば居たな……」
幸村と海翔は何のことか分からないという顔をしている。
それも当然である。俺も言われて初めて思い出したレベルだからな。
北条陸。それは『ヒメざかり!』の連載が始まる前に描いた、読み切り版の『ヒメざかり!』にだけ登場する幻のキャラクター。
当時の俺は流石に主人公を取り巻くイケメンを全て美琴にすると代わり映えしないだろうと判断し、手頃なイケメンである海翔を使ったのだ。
まあ現在美琴のキャラクターを毎回登場させている所からも分かる通り、そういうキャラは全てリストラされている。
理由は単純明快で、イケメン度が足りなかったから。
確かに公式ファンブックとかに載せているのは知っている。
が、そこまで登場ページは多くないのでそんな即気付くものではない気がするんだが……
「ですので、お会いすることが出来てとても嬉しいんです!」
まあ雨宮だしそういうものか。
「お、おう。俺も嬉しいよ」
海翔は事情が分からないながらも、好意的に接してくる雨宮を見て嬉しそうだ。
「ここでお会いしたのも一つの縁ですし、連絡先交換しませんか?」
「良いのか!?やろうやろう!」
「ありがとうございます」
「こっちこそ。じゃあまたな!仕事頑張れよ!」
「はい!」
連絡先を交換できた上に、それが自分からではなく雨宮からのお願いという事実に舞い上がった海翔は、連絡先を交換した後非常に機嫌よさそうに帰っていった。
少し癪に障るし明日会った時に真実を話して絶望させておくか。
「まさか北条陸さんの元ネタの方に会えるとは思ってもみなかったです」
興奮のあまり走って帰っていく海翔を見て嬉しそうに話す雨宮。
「良かったな」
「はい!」
「にしてもよく覚えていたな」
「当然じゃないですか!ファンですよ!?」
「そうか」
流石に雨宮のファン度には慣れてきたのでこれくらいでは驚かない。
「それに、主人公に迫る男性陣の中で唯一元ネタが別の人だったので割と印象に残っていますよ」
「分かるのか」
「はい。性格もそうですし、絵のノリが違いましたから」
絵のノリが違う、か。確かに美琴を元ネタとしたキャラを描く時よりは時間がかかっていた気がするな。
「やはりリストラして正解だったようだな」
南野さんにも読み切りだから許したが本連載では出すなっていう指示に従っておいて本当に良かった。
でなければ今頃打ち切りになっていたかもしれない。
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