「キミは今、生と死の間にいる。だから、ナイフで刺されても痛いんだよ」
痛みが消えていく。
そう感じたのは、ものの数秒のことだった。
わからなかったんだ。
何が起こってるのかは、”すぐ“には。
感じたこともないような感覚が頭に掠めて、視界が揺れるような歪みが、意識を持ち上げるように倒れた。
バタバタッと慌ただしい時間が、垂直に横たわっていた。
力が抜けていく。
そういう感覚にも近かった。
激しい痛みとは裏腹に、薄く引き伸ばされていく筋肉。
絹のような滑らかさを持ちながら、ぼそぼそと弾力のない繊維の繋ぎ目が、鋭い弧を描きながら浮かんでいた。
足元が“すくんで”いた。
深い水の中で、足がつかないような状態だった。
体を支える接点がないまま、フワッと全身が浮かぶ。
そういう掴みどころのない感触だった。
ほんのわずかな、「時間」の中では。
視線を、落とした。
ほとんど無意識だった。
何が起こっているのかの整理は、ついにできないままだった。
それでも意識ははっきりしていた。
目が覚めるような鮮明さが、目の前に染み渡っていた。
色。
空気。
光の加減。
——外灯。
…ああ、と、予期していない息が漏れた。
視線がゆり動いたのは、前に倒れてくる時間が、硬直した意識を解きほぐしたからだった。
優しい感触さえ、“手前”にあった。
それがどれくらいの近さを持っているかはわからなかった。
けれど、ナイフで刺すような鋭さだけは、そこにはなかった。
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