「ふうん。本当に何もわかってないみたいね。キミ、名前は?」
「…ふぇ??」
名前…
なぜかシャキッと背筋が正される。
緊張が走った。
明らかに威厳がある人の前に立つと、姿勢が正しくなる。
その感覚に近かった。
赤みがかったその瞳は、心の奥を見透かしたように鋭い切れ味を伴っていた。
温かみのある表情を持ちながら、少しも、丸み帯びた輪郭を伴わない。
相反する二つの印象が、少しも反発しあうことなく綺麗に組み合わさっていた。
それが異様な「不気味さ」を運んでいた一つの要因だったのかもしれない。
なんにせよ、今まで出会ってきた人の中で、こんなにも存在感のある人は初めてだった。
艶のある唇が、穏やかな表情を“梳く”ように薄い鋒を伸ばした。
「村雨サトシ君?」
「は、はい…!」
反射的に言った自分の名前を復唱しながら、彼女の細い指が頬の上に伸びてくる。
俺の顔を撫でながら、まるで陶芸品でも鑑賞するようにゆっくり視線を傾けていた。
俺は硬直していた。
ぴくりとも動けなかった。
「ユカ。この子はあなたのクラスメイトなんでしょう?」
「…そうですけど」
「あなたから聞いた話だと、“無断で”催眠を使ったと聞いたけれど」
天ヶ瀬は視線を落としたままだった。
さっきまでと、全然様子が違ってた。
心なしか怯えてるようでもあった。
彼女からの“問い”に対し、小さく頷きながら「はい」と言う。
「…はぁ」
深いため息が聞こえてきたのは、ソファの方からだった。
金髪の女性は、吹かしていたタバコを灰皿に強く押しつけ、バッと立ち上がった。
スタスタとこちらに近づき、止まることもなく腕を伸ばしてくる。
ドンッ
天ヶ瀬の首を掴み、そのまま壁に押さえつけた。
苦悶の表情を浮かべる天ヶ瀬は、金髪の女性を睨み返すように眉を顰めていた。
けれど、それに抵抗しようとする素振りはなくて…
「天ヶ瀬ッ!」
「静かに」
スッと腕を上げ、天ヶ瀬の方に近づこうとする俺を止める。
目の前にいる彼女は、終始穏やかだった。
対して金髪の女性は、天ヶ瀬に向かって強い口調で口撃していた。
壁に押さえつけながら、グッと指を食い込ませていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!