…傷が、…無い…?
血は滴り落ちている。
剥き出しになった胸の辺りは、真っ赤だ。
溢れ出てくる血が、左半身の肌を覆うように流れていた。
ズボンも赤く染まってた。
大量の血が流れていることは、一目瞭然だった。
けど…
「穴」が、無い
それは「視覚」から得た情報というよりも、むしろ体の内側から得た情報だと認識すべきだった。
激しい痛みが頭の片隅には残ってた。
ほんの数秒前のことだ。
記憶が立体的な形状を保つだけの時間は、まだ、そこにはあった。
ただ、それ以上にはっきりと浮かび上がる感覚が、体の内部から押し寄せていた。
まるで津波だった。
大量の水飛沫を帯びながら、圧縮された「堆積」が、細やかな密度を運んでくる。
——熱い
皮膚の上側には、ナイフが触れた時の感触が残ってた。
鉄の硬い質感。
研ぎ澄まされた手触りが、体の深くに残っていた。
杭が胸の奥に食い込んでいるような太さだった。
抜こうにも抜けない違和感。
そして、息苦しさ。
「…なんだ…これ…」
唖然としたのは、穴が空いていたはずの胸が、綺麗に塞がっていたことだった。
目を疑った。
何度か瞬きをして、できるだけそれを近くで見ようとした。
血は止まってた。
止まってるっていうか、傷口がなくなってることで、大量に流れた血の跡が不自然にさえ見えるほどだった。
鮮明に見えたわけじゃない。
辺りは暗い。
すっかり夜が来て、外灯の灯りがほのかに周りを照らしているくらいだ。
ちょうど真上に灯りがあるおかげで、なんとか目視できるくらいだった。
傷口だって、はっきりと塞がってるかどうかは、実際に手で触れてみないことにはわからなかった。
ただ、“わかった”んだ。
なんとなくとかじゃなく、ましてや、「見た目」とかじゃなく。
それは感覚よりも、ずっと近いところにあった。
さっきよりもずっと、意識がはっきりしてる。
何もかもが鮮明に見える。
その“明瞭さ”は、自分が知っている感覚とはまた違う場所にある気がした。
ある意味不自然だった。
捉えどころのない”距離感”。
もしくは、印象。
例えば、——そうだ
パズルのピースがハマった時のような。
紐と紐が綺麗に結び合わさった時のような。
近づいてくる景色があった。
確かな重量と感触があった。
真っ平らな景色の淵に浮かび上がってくる何か。
その「何か」を、手のひらに掬う。
“届いた”のは濃艶だった。
限りなく“濃い”なにか。
はっきりとしていて、かつ、——繊細な。
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