その日、私は上機嫌だった。
母から正式にお稽古の許しが出た。それまでにひと悶着あったのは言うまでもないのだけど、セーラを含めオースティアス家の口添えがあったおかげで父も母も「仕方ない」と言ったのだ。
そして、剣のお稽古の初日、近衛騎士たちが使う上級訓練場に私はこの日の為にあつらえられた動きやすい騎士服を身にまとって元気いっぱいなのだ。
前世の王城にあった騎士たちの訓練場とは比べ物にならないくらいの広さと堅牢な壁に囲われた訓練場には使い古された木剣や木槍、盾が並べられ、出入り口には屈強そうな全身鎧に身を包んだ近衛騎士が立っている。
この日は父母や姉も観覧に来ており、観覧席で私の様子を伺っている。
「アイゼンクローネ様、これより剣の教えをしてくださるお方をご紹介いたします」
と、セーラが畏まった風にそう言うと目の前にいた四十代くらいの女性が一歩前に出て跪く。
「私、オースティアス家当主の妹にして、剣鬼の二つ名を抱く王家の剣であるリスティアと申します」
事前に聞いていたが彼女がセーラから聞かされている、魔王国最強の剣士にして父やセーラの師匠らしい。セーラ達と同じ綺麗な琥珀色の瞳がとても魅力的な女性だ。
「よろしくおねがいしましゅ」
「アイゼンクローネ様、こういう時は「よろしく頼む」というのが宜しい。王家には威厳を見る事が非常に大事な事柄なのです。私がこれから貴女の剣の師となったとしても、王族という立場を忘れることはいけません。お判りになりましたか?」
「は、はいっ」
「そこは「分かった」と、言えばよいのですよ。さて、まずはこれをお使いください」
と、リスティアは子供用の木剣を手渡してくる。
一見、木剣といえども非常に良い彫刻がなされている物で木剣とは思えないくらい、私の手にしっくりと馴染んだ。
「北の森深くに育つ魔木から造りました木剣……名を「剛」といいます。非常に硬く、そして軽い。これまでも幼子たちが魔木から造られた木剣を持って数年、訓練を行います。才があると私が認めれば、あなたの為に魔剣を送りましょう」
そう言って彼女は微笑んだ。
どこか、老師と雰囲気が似ていると私は思ってしまう。彼女の微笑む姿がどこか悪戯っぽい雰囲気を感じてしまったからだ。前世で魔法の師であった彼は非常に悪戯好きなエロ爺だったけれど、聡明で厳しくも正しい道を説く素晴らしい人物だった。
魔王との戦いの直前に彼は私に言った。
『これより苦しい闘いが待つ。しかし、その後の方がお主にとっては辛いかもしれぬ。既にその兆候はあきらかだ。人々は弱い。異質な強さというモノを理解出来ないのだ……だから、怖れる。そして、この戦いに勝って我々が得る栄誉は一瞬で逆転し、世界から怖れられ迫害されるだろう……それでも行くのか?』
私は老師に微笑み返して頷いて見せた。すると彼は『仕方ないのぅ』と、優しく笑ってくれた。そんな彼と似た雰囲気を持つ目の前の女性に私はとても惹かれた。
だから、彼女には礼を尽くそう。
「では、はじめる……で、いいでつか?」
「ええ、聡明であられるアイゼンクローネ殿下。私の全てを貴女に伝えましょう」
そうして、私の初めてのお稽古が始まったのだ。
師匠であるリスティアはまず剣の振り方、剣の構え方を教えてくれる。
以前の私は我流の剣だった。だから、変なクセが付いていたのだ……少し剣を斜に構えるのだが、そこは確実に矯正されていく。
「斜に構えすぎるのはいけません、出来るだけ自然に立った時に自然に構えることが大事なのです。軸がブレると踏み込みに力が掛かってしまいます」
彼女の真似をしながら、剣を構えて剣を振る。
ひたすら繰り返し行われる素振り……素振りをするのもどれくらい振りだろうか?
私はそんな事を考えながら、剣を振る。身体に覚えさせていくのだ……繰り返し、繰り返し同じ動きをすることで染み込ませていく。
「さて、今日はここまでにしましょう」
「まだ、はじめたばかりでつ」
「いいえ、ここまでです。まだ殿下は幼いのです。無理をしてしまうと成長に支障をきたします。肉体のコントロールは精神のコントロールと同義です。私の言葉を理解出来なくても私の言う事が聞けないということはどういうことかご理解いただけますか?」
「うっ……」
思わず彼女から放たれる威圧的な空気に身を強張らせてしまう。
「さ、姫様。叔母様が怒るととても怖いですから、本日はここまでと致しましょう」
と、傍にいたセーラはそう言って私から木剣をソッと取り上げる。
「短い時間だと思われますが、まだ、明日から毎日この時間はお稽古に使うのです。いいですか?」
「あ、あい……」
「殿下?」
「わ、わかった」
「よろしい。では、また明日、この時間に……」
リスティアは跪きそう言ってから立ち上がり、去って行った。
「随分と彼女から気に入られたようだな、我が娘は……」
「ええ、それは当然です。私の可愛いクローネのことを気に入らない存在などこの世にいないのは当たり前ではありませんか」
「剣鬼から教えを賜るなんて、さすが私の妹ですわ……私も剣のお稽古を始めようかしら?」
「リザには魔法のお稽古があるでしょう? 剣はもう少し後からでもよくってよ。魔法を扱い始めた頃に剣を覚えるとバランスが悪くなることがあるのですから」
「では、私も早く剣が習えるように頑張って魔法の練習をせねばなりませんねっ!」
「楽しみにしているぞ、可愛いリザ」
父と母は姉様を抱きしめてキャッキャウフフしている。私はそれを眺めながら、なんだかなぁ……と、思っているとリザと目が合う。
「お父様、お母様。クローネが仲間外れになって寂しがっていますわ」
「それはいかん!」
「ええ、そうね。可愛いクローネもギュッとしてあげましょう!」
って、なんでそうなるの!?
と、思いつつも両親達に抗えるわけもなく、もみくちゃにされるのであった。
主人公(脳筋)(げせぬぅー)
リザ「そういえば、お父様とお母様。公務は?」
父「えっ!?」 母「えっ!?」
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