位置的には実は見えていないがお母様も声が微妙に震えている気がする……いや、気のせいなんかじゃない。
元々、次兄はちょっと変なところはあったのだけど、強烈にパワーアップして帰って来たと言える。お母様の許容レベルを超えるくらいに強烈な個性が全開だ。
「家族が恋しくなるのは致し方ないことだとは思います。ジェンセンティア、この時期に多くを学び、友を作り、繋がりを作り、国の発展の為に成すことを考えることも大切ですよ」
と、冷静さを取り戻したような口調でお母様はそう言った。
「確かにそうですね。まぁ、ボクの場合はそこまで頑張らなくてもいいかな……とは思っています。政治に関しては兄上の方が優秀だろうし、魔法に関してはリザの方がきっと優秀になるでしょう。剣の腕に関しては、そこそこに自信はありますので学園でものんびりと過ごしていこうと思います。今後の週末に可愛い妹達を愛でることを考えるだけで一日も早く城に戻ってきたいと思っておりました」
先週までの次兄は確かに気持ち悪いキャラではあったけれど、そこまで拗らせていなかったと記憶している。学園で何かあったのだろうか?
広間に集まる近衛騎士や上級文官、壇上のもっとも近くに立つ宰相も皆が微妙な表情を浮かべている――なんとも重苦しい空気が広間に広がっている。
「本来、広間では無く家族のみが集まるところでの話にしようと思っていたのです。ジェーン、母が学園でのことを聞いていないとは思っていないでしょう?」
「はて? なんのことでしょう?」
視線を逸らしつつすっとぼけました。何かあったのを誤魔化すためにオカシイ感じだったのだろうか? 正直なところ、よくわからないけど。
「はぁ……とりあえず、後でゆっくりとお話しましょうか」
そう言ったお母様の声はどこまでも冷たく凍り付くような恐ろしさがあった、広間の温度が急激に下がったように感じたのは言うまでもない。
「本日はここまでにしておきましょう。ジェーンもよく帰ってきましたね。また週明けから学園に戻らねばなりません……それまでに学園での出来事とその事後処理については話しましょう」
お母様はそう言うと、宰相に視線を向ける。マリアンヌやセーラの父親である彼は「わかりました」と冷静な声で言って「閉廷である」と、声を出す。
「では、また後で」
と、お母様は立ち上がり、それに父、兄夫妻が続く。私もそれを見習ってリザの後ろについて行く形で入って来た入口をくぐり大広間を出た。
「あにさまはなにをしたんでつか?」
「それは私も気になります。正直、今のお兄様はキモイですわ」
リザと私の言葉を聞いて兄夫妻が少し困った表情で私とリザの頭を撫でる。
「まったく、アイツは家族のことが絡むと容赦が無いほどに馬鹿なのだよ。立場や力量も関係ない……怒らせるともっとも面倒なヤツなのだ」
そう言って長兄は溜息を吐く。
「ホント、誰の子供かしら……」
「キミだよ」
「ですよね。家族大好きなのはいいことなのだけど。まぁ、何も言わずに――いいえ、何もせずにいて王家がなめられるのも無視できない話ですからね。そういう意味で言えば悪くはないことなのですよ」
「それを考えるとキミに似ていると言える」
「それは私も思っていました」
「だよね」
と、父が苦笑しつつお母様と話す。お母様の英雄譚は沢山ありそうだと私は思いつつ話してくれそうな人物を考える。
やはり、幼馴染でもっとも信頼する臣下であるマリアンヌからだろうか? マリアンヌから色々と聞いているセーラからが一番いいかもしれない。ついでにセーラの学園生活の話をもっと聞きたいところだ。
「レディたちは学園では、そう荒事に巻き込まれることも無いが、やはり男たちは荒事になってしまうことが多いのも問題かもしれぬな。バグスリーの一派は色々と問題が多い……今は世情が落ち着いているからといっても、古参の武闘派派閥だからな」
と、父は小さく溜息を吐く。それを見てお母様は苦笑する。
「長年放置して来たのはありますが、多少は大人しくなってくれないかしら? リザやクローネと同じ年の子らがいるわけだし、何か対策は必要かもしれないわね」
「フィルスアンネ様のことを言われてキレたキミの時みたいに徹底して恐怖を与えるレベルでないとダメだな」
「そのクセ数年したら忘れるのですから、意味はありませんよ」
そんな文句を言いながら、私達は家族の集まる広間に移動する。
広間に入ると既に側仕えの者達がお茶とお菓子を用意して、私達を待ち受けていた。
と、いうか私達の後ろを歩いていたような気がしたのに、いつの間に移動していたのだろう――そこは考えてもダメな気がする。
家族全員が広間の椅子に座り、件の人物の登場を待つ。
それにしても、彼は一体何をやらかしたのだろうか?
そんな事を考えたが正直いって、二歳の幼子に小難しい説明はしてくれないだろう。予想としてはセーラ達から脳筋と言われているバグスリー公爵家の派閥との軋轢があったという感じなのだろう。
「父上も母上も、もう少しアヤツに厳しく言うべきでは無いのですか?」
「うむ、しかしだな……」
「それでしたら、クリスが弟に厳しく言ってみてはどうですか?」
と、お母様は言いながら焼き菓子を口に運ぶ。
小麦とたっぷりのバターで作られた美味しい焼き菓子だ。ちなみに私もリザもお母様に続いてお菓子を取り、口に運ぶ。
まだ、近隣では珍しい砂糖も多く使われている焼き菓子に私達は舌鼓を鳴らす。
「この焼き菓子は学園都市で流行しているようですね。先日、同じものが献上品として来ていました。この焼き菓子はジェーンからのお土産ですよ」
こういう心遣いというか、センスは確かにある人なのだ次兄とは……しかし、とても距離が近くて何度も私を抱きしめては頬にキスをするのでウザいのです。
「お兄様はとてもそういう流行などがお好きなのは凄いことだと思うのです。ただ、ちょっと距離感が人と違うのが……」
と、リザは苦笑しつつそう言う。彼女もそう思っているのだろう……きっと、私が生まれるより前はリザに同じようにイチャイチャ絡んで来ていたのだろう。
「お待たせしました」
広間の扉が開かれ、次兄であるジェーンは相変わらずサラサラの銀髪をかき上げながら、そう言って登場した。
「ああ、会いたかったよ~。リザもクローネもぉ――」
「ストップ、ストップだ。ジェーン……」
慌てて、父が立ち上がって私達の元へ向かうジェーンを正面から受け止めるように止めた。
「父上、ボクの楽しみを奪うのはさすがに酷くないですか?」
「まずは、キチンと話を聞かせてくれないか? その後でいくらでも妹達を可愛がることを許そう。私だって、お前と同じように家族と数日離れていたら同じように突っ走ってしまうかもしれない」
知っている、知っているけど止めて欲しい。
そんなことを思っていると、父から距離を置いてジェーンは大きな溜息を吐いて「仕方ないなぁ……」と再び銀に輝く髪を掻き上げ、彼の為に用意されていた席に彼は腰かけて「ちゃんと話をするよ」と、虚しそうな瞳で彼はそう言った。
父「私は壁だ」
キモイ兄「父上、そこをどいて! 妹達をペロペロ出来ないじゃない!」
主人公(脳筋)&リザ「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
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