あれから数日――
私は日々を恙なく過ごしている。
レティシアの屋敷並の調度品が揃っている部屋、しかも、ここは私専用の部屋で基本的には乳母であるマリアンヌ以外は母であるシュツェリーナ、父であるヴァンヘリオしか訪れることの無い、非常に閉鎖された空間だ。
ひとつ、確かなことは私……アイゼンクローネはとても大切に育てられているということ。
過去の記憶を考えれば戸惑いと不思議しか無い。
女神様は私にこんな甘い生活を送らせてどうするつもりなのだ……と、変な勘繰りをしてしまうくらいだ。
それに父も母も魔族とよく似た容姿をしていることが不安であったが、角もなければ瘴気も放っていないことを考えれば魔族である訳は無いと私は数日の観察で結論付けた。
もし、魔族だとしたら、今度は私が魔族として討たれる側として生きなければいけないことになり、人間から追われる立場となるのは、今まで魔族と戦ってきた私としては地獄のようだと思い、数日の観察の結果に私は安堵した。
思っているより、思考回路はしっかりしており、赤子としての本能に抗えないことは幾つか存在するが、それ以外は概ね問題無い。
まぁ、着替えや排せつ、入浴を人に見られるというのは気持ちよいモノでは無いけれど、幼子が一人で簡単に出来るものではないので早々に諦めた。
ちなみに最近の暇つぶしは不思議な手触りの布製の音の出る魔道具だ。前世の世界とは魔法体系が違うのか、魔法を使った道具ということは分かるけれど、どういった理論法則で音が鳴っているのか分からない。
振ると、キラキラと綺麗な音が鳴り、とても幸せな気持ちになる……と、いうか落ち着くのだ。
「アイゼンクローネ様はシャカリノが大好きでちゅねぇ~」
そう言ってマリアンヌは私の目の前で音の鳴る魔道具を振って音を鳴らす。私が自分で鳴らすのと違い、繊細な音が鳴り、私は不思議に思って首を傾げた。
「ふふっ、シャカリノは子供の玩具というわけじゃないんでちゅよー、一応、私はシャカリノ奏者でもあるんでちゅよー、不思議な音が波のように奏でることが出来るんでちゅよ」
マリアンヌは自慢げに言いながら、魔道具で不思議な音を奏でながら私にそう言った。
まさか、彼女は私がそれを聞きながら感心しているとは思いもよらないだろう……ただ、いい加減に赤ちゃん言葉はどうにかならないだろうか?
母であるシュツェリーナも父であるヴァンヘリオも、私と話すときは決まって赤ちゃん言葉なのだ。
(いや、赤ちゃんなのは間違ってないのか……)
そんなことを考えていると、マリアンヌが私に魔道具……シャカリノだったかを手に持たせてくる。
「こうやって振るんでちゅよ」
と、優しくゆっくりとシャカリノを持たせた手を持って動かすと、自身で振った時とは違う綺麗な波のような音がシャラリ、シャラリと鳴る。
「上手でちゅね。きっとアイゼンクローネ様もシャカリノがお得意な素敵な乙女になれますわ」
マリアンヌは優しい表情を浮かべながらそう言って、私としばらくの間、不思議な音を奏でる魔道具で遊んだ。
◇ ◇ ◇
その日の夜、私は薄暗くなった部屋の中でユラリと揺れる常夜灯の明かりを見ていた。この部屋の明かりも魔道具で制御されているようで日の入る昼間以外は設置されている室内灯に明かりが灯る。
これも私には分からない摩訶不思議な技術が使われているのは確かだけれど、魔法的な技術だということは分かった。
以前の世界では魔力をイメージで固めるという方法で世界の理に干渉して事象を起こすというのが魔法であった。しかし、この世界での魔法は何か別の方法を使っているような気がしている。
また、魔力を感じるのだけれど、何かその存在はとても希薄なような気がしてならなかった。
自身の身体に感じる魔力は何となく認識が出来る……これは前世の経験からすぐに出来た。ただ、魔力を外に出して何か事象を起こそうとしても何も起きない。フワフワと霧散するように魔力が消費されるだけだった。
以前、老師が言っていたことを思い出す。
魔法というモノには様々な体系が存在し、魔力を通じてこの世の理を動かすモノだ――と、彼は言っていた。
それと同様にこの世界にも魔力というモノが存在し、実際に魔法的な力が使われた道具が多く使われている。
理を動かす為の方法が以前の世界とは違うのだと即座に理解し、それはどういうモノだろうと想像する。
以前の世界ではイメージを魔力で具現化することで発現したが、この世界ではもっと複雑な何かだろうと思う。それはシャカリノという魔道具からも分かる。自身の魔力がほんの微量だけ吸い上げられていたのを感じたからだ。
以前の世界にも似たような仕掛けが存在した。
魔力を使って動く扉や魔道具と同様の雰囲気があった。
魔具工師が作る魔石のような感じだ。魔術文字を使用した武器などにも似た風だけれど、かなりの魔法的技術が進んでいる世界だということは推測された。
魔法技術に関してだけは変態的な老師がこの世界にくれば大喜びで飛び回るかもしれない――などと考えながら、薄暗い部屋を再び見回す。
(本当に広い部屋だ……)
これだけ広い部屋を赤子の為だけに使えるというのはよほど位の高い貴族なんだろう。やはり、女神様は何か企んでらっしゃるに違いないと思う。
そうでなければ、私なんかがこんな贅沢はダメだと思う。
軟禁されていた王の離宮にある寝室でさえ、こんなに広くは無かったのだ……考えれば考えるだけ不安になる。
落ち着かなさかから思わず愚図りだしてしまう。
妙な不安感で泣き始めると自身で分かっていても止めることが出来ない。力の限り泣き続ける。
すぐにマリアンヌがやって来て、私を抱きかかえユサユサとあやし始めて、彼女は私のおむつが濡れていることに気が付く。
「おむつを替えましょうねぇ~」
と、手際よく真新で柔らかい布を取り出し、私のおむつを交換するのだった。
(くっ、お漏らしだなんて……)
毎度のことながら、制御できない自身の身体に苛立ちつつ、新たなおむつに安心したのか、マリアンヌに抱かれてホッとしたのか私は深い眠りに誘われ、気が付けばベッドの上で朝になっていた。
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