私はここ数日、魔法のセンスが無いという事を痛感しつつ落ち込んでいましたが、なんとか心を上向きにすることに成功し、魔法がダメなら剣があるじゃない! と、思い立ったのです。
父であるヴァンヘリオはこの国で剣の達人として名を馳せる大将軍なのだ。
前世の記憶があったとしても、剣を扱うというのは訓練をしなければ思うようには扱えない。それは前世でもそうだった……勇者として認められた後に必死に訓練をして、多くの魔物を倒すことで得た経験によって会得した。
正直、二歳の身体でどこまでの事が出来るか分からないけれど、早くから訓練するというのは悪いことでは無いと私は思ったのだ。
そこで父の出番である。前世では剣の師匠というのは存在しなかったが、今世ではとても良い師を得られそうで私はワクワクしているのだけれども、父と二人きりになるタイミングが中々に見つからなくて困っていた。
何よりもこの家族――特に父と母はもうベッタリいちゃらぶで入る隙間が無いくらいにいちゃいちゃしている。私もあんなイケメンといちゃいちゃしたい……などと思いつつも暑苦しい姿を毎日のように見せつけられている。
ふと、姉に対して秘密のお願いで攻めてみたけど、結局失敗してしてしまったことを思い出し、ここは母から攻めてみるというのはどうだろうか? と、私は考えた。
過保護な雰囲気なので怒られるかもしれないけれど、勝手して後から怒られるよりはマシなのではないだろうか?
「……うん、しょうだよね」
「アイゼンクローネ様、どうされましたか?」
セーラが心配そうに私を抱きかかえる。
「なんでもありましぇん」
「本当ですか?」
セーラはとても心配性なのだ。乳母のマリアンヌとよく似た琥珀色の瞳が私をしっかりと覗き込む。前回、姉にこっそりと魔法を教えて貰っていた時も今回のように心配された。あの後、セーラが止めなかったことを母から随分と怒られたとセーラは随分と落ち込んでいたので、私はとても悪いことをしたと思っている。
でも、私は自重しないよ。将来……勇者が現れないとは限らないんだから。
と、とりあえず、セーラをもっと私の味方として動かせるようにした方がいいのかもしれない。けれど、人を動かすっていうのは前世の時からとても苦手だった。
だからこそ、孤立していったのかもしれない。
魔王討伐に向かう日に出迎えで来たのはレティシアだけだった。
せめて、王族や頭のオカシイ賢者くらいは来てくれてもよかったのに……と、ふと思ったが来られても微妙な空気が流れて気まずいだけだと思い直し私は苦笑した。
「アイゼンクローネ様はとても遠いところにいつもいらっしゃいますね……」
セーラは私を優しく撫でながら、そう呟いた。
この言葉の意味は何となく分かる気がする。でも、セーラは私にとても優しい――だからこそ、もっとキチンと話をしなければいけないのかもしれない……けど、何をどう言えばいいか分からなかった。
「クローネとよんでくだちゃい」
「そんな、無理ですよ。立場が違いすぎますからね……キチンと立場をハッキリとさせるのも王族の務めですよアイゼンクローネ様」
「ダメでちゅか……」
「はい、せめて親愛を込めて姫様と呼ばせて頂いてもよろしいですか?」
「あい!」
姫様と呼ばれるのは非常にむず痒い気持ちはあったけれど、セーラの優しい瞳に思わず私は元気いっぱいで答えた。
「姫様にはまだ難しいかもしれませんけど、私の家は代々シュバルラントに仕える家です。男は騎士や執事となり、女は側仕えや女官として……姉のように乳母、時に側室としてシュバルラントの王家の為だけに存在するように教えられ育つのです」
「いやじゃない?」
「そんなことあるわけないじゃないですか、私は長いシュバルラントの歴史を知り、より王家に対して尊敬の念を抱いています。私達オースティアス家の者達はシュバルラントの王家の方々と共に歩むことを常に誇りにしています。まさに一族の矜持とでも申せましょう」
「せーらはすごいんだね」
「凄くなどありませんよ、姫様。私は姉弟の中ではどちらかと言えば落ちこぼれなのです。魔法の才覚も政治や算術にいたる学問も人並みですから」
「とくいなことはないの?」
私は何となく聞いてみた。そもそも、私の専属として付けられるという事は王族に仕える者として一日の長があるのでは無いかと思ったからだ。
「得意……ですか? 一応、これでも姫様の肉壁としては使えるのではないでしょうか? 一応、姫様にお仕えするのに選ばれた理由は私も分からないんですよね。本当に申し訳ないばかりで……先日も姫様に危険な行為を容認して黙っていたわけですし」
「きにしないで……」
私は申し訳なくなり、セーラの頭をポテポテと撫でた。
「姫様……あ、得意とまではいきませんが、私は物理戦闘という意味では他の者よりは長けていると思います。ただ、そのせいか分かりませんが力加減というのがあまり得意では無いんですよね。それを覚える為にも姫様に仕えるようにと姉さまに言われました」
「まりあんぬから?」
「ええ、姉さまはとても凄いんですよ。一流のシャカリノ奏者にして、上位の魔導師なのです。陛下の側近でもあり、次期宰相でもあります。現当主は父ですが、次代は姉であるマリアンヌなのは間違いないでしょう」
そんな話を聞きながら、私はふと疑問に思ったことがある。
剣と魔法ではどちらの方が強いのだろうか? 前世では剣と魔法の差は実はあまり無かった。セーラが物理戦闘を得意としているのであれば、弱いわけではないだろう。しかし、評価されるところが魔法な世界なのではないかという疑問がずっと頭の片隅にあった。
「また姫様は何か難しいことを考えてらっしゃるみたいですね……本当に不思議な方です」
「わたち、けんじゅつおちえてほしい」
「え? け、剣術をですか? ……とりあえず陛下にお伺いを立てて聞いてみてからでないとダメですよ。前回は姉さまにもすっごく怒られたんですから」
「いいの?」
「……たぶんですが、剣術なら大丈夫だと思いますよ。私も剣の稽古を始めたのは姫様と同じくらいの歳からですし。私の師匠は叔母上なのですが、肉体のコントロールは全ての基本だそうです。私はそのあたりは少し苦手でして、そのせいか魔法の才能がイマイチなんです。って、いうより算術が苦手っていうのもあるんですよね……」
セーラの言葉を聞いて私はピンと来た。
魔法がてんでダメなのはそれが原因では無いだろうか! そう計算ってすっごい苦手なんだよね。この世界における魔法って複雑な計算式の組み立てに似ているんだ。脳が拒否するというか……そんな感じだ。
「……と、とにかくです。一度、私から陛下に伺いますから、姫様はおとなしく待っていてくださいね」
と、セーラは再び優しく私の頭を撫でた。
私は元気いっぱいに最高の笑顔で返事をしたのだった。
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