私は呆然としていたが、廊下でのことを思い出す。
彼女はまず私にペチリと可愛らしいビンタをしたのだ、精神的なダメージが大きかったけど、肉体的なダメージはほぼゼロだったので、忘れていた。
「せめて、ぺちりとしたことはあやまってくれまてんか?」
私は彼女にそう聞いてみた。
「あやまるべきはあなたでつ」
と、即座に返答が返って来る。
私が彼女に謝らなければならない理由が全くわからない。
いったい、いったい何が気に食わないのだろうか? 彼女と私の接点は今まで無かった。マリアンヌに娘がいるという話は聞いていたので知っていたが、その娘は私に対して何かとても腹を立てている。
正直、私の足りない頭では全く何が問題なのか分からないのだ。
「わたちがなにかしたでつか?」
分からなければ聞けばいいじゃない。私はそう思って彼女を見つめる。
シルフィリンドは少し黙って小さな溜息を吐く。
「そうよね、わからない……でつよね。わたちがどれだけさびしいなんて……だれもわからない」
寂しい? 一体どういうことなのだろう。
「なにがさびしいのでつか?」
「あなたにはわからない。いつだって、たくさんのひとにかわいがられて。おかあさまだって、いつもあなたやおうぞくのことばかり……しょうじきうんざり」
二歳とは思えない口ぶりで彼女はそう言った。
「まりあんぬは、じきさいしょうといわれてるくらいでつよ? かのじょほどくにのためといってるひとはいないんじゃない?」
「わかっているわ。でも、すこしくらいわたしをみてくれてもいいじゃない? あかんぼうのころだって……わたしほうって、ずっとあなたにつきっきりなのよ?」
確かに2歳までマリアンヌがほぼ付きっ切りだった。
赤ん坊のころもお母様が来れない時は彼女から乳を貰ったのだ……本来、彼女が受けるべき世話を私が受けて来たのだ。
「わたしにだってうばがいたわよ。でも、いちどもおかあさまはきてくれなかった……ほんとうはさびしいなんて……どうでもいいけど、いいんだけど……すこしは、ひとをしんじてもいいかとおもったのに……わたしはあのひといがい……だれもしんじない……」
彼女はそう言った。
私の記憶が確かならば……あの時も彼女は言った『人を信じていいかと思ったのに、どうしてこんな目に合うんだろうね』と、寂しそうに笑った彼女が私の脳裏に浮かび上がる。
「わたしには、もくひょうがあるの。あるひとをすくわないといけない……だから、もっとかしこく、もっとつよくなる。そのためならがまんできるし、ほんねをいえば……さびしいけど、がまんできる。でも、わたしからいろんなものをうばっていくあなたはゆるさない」
「シルフィリンド。い、いったい……何を言っているのですか?」
と、今まで呆然としていたセーラが焦ったように私を庇うように前に立つ。
「いいの、せーら。たぶん、しるふぃりんどはあたしのことをわかってくれるから……それと、これからいうことは、だれにもいわないで……」
「なにを……」
「姫様!?」
驚く二人を前に私は彼女に歩み寄る。
「あたしは、めがみらみりによりてんせいした、ぜんせのきおくをもっているの。あなたがあたしのしっている……かのじょであれば、きっと、そのすくいたいひとっていうのはあたしのことじゃないかな?」
「え……う、うそ……あしゅたりあ?」
そうだ、私の名前を知っている……彼女はハンナだ。
あの時、本当のサヨナラも出来ずに私は死んだ。ハンナもこの世界に転生してきたということは死んでしまったのね。
「なかないで、はんな。あたしはここにいるよ……」
「どう……いうことよ……わたし、はずかしいじゃない……あしゅたりあをうらんでたなんて…………」
「あー、姫様。色々とツッコミどころ満載なのですが、どこから説明して頂けるでしょうか?」
セーラが今まで見たこともないほどに表情を失っている。
目の前で二歳児が拙い口調でよく分からない会話をしているのだから、それは当然と言えるだろう。
「まりあんぬが、かえるじかんまでに、せつめいできるかぎり……」
◇ ◇ ◇
「では、姫様は別の世界で魔王を打倒した勇者でリンダがその仲間ということですね……それにしても、女神ラミリア様は何をお考えになっているのでしょう……」
「めがみさまは、いったわ。とおくないみらいに、ききがせまっている……と。だから、そのときは、あしゅたりあのそばで、ささえてほしい……って」
「やっぱり、なにかあるんだね……はじめから、めがみさまも……そういってくれればよかったのに」
「ううん、ちがうの……めがみさまとしても、のぞんでいない……なにかがあったみたい」
「何か、不思議な気分です。はぁ、二歳児らしく振舞っておられたのは、演技だったのですね……」
セーラがそう言うと、ハンナが「ふふっ」と笑う。
「そうともかぎらないわ。だって……あしゅ……ううん、くろーねは、もとからそういうせいかくだから」
「奔放な方なのですね……はぁ、すごく言いふらしたい気分ですが、誰も信じないでしょう」
「いちおう、きをつけてまつよ」
「そうしてください。とりあえず、お茶のお替りを入れてきます」
そう言ってセーラはお茶のお替りを入れに部屋を出て行く。
部屋に残された私とハンナはお互いに見つめ合って「ひさしびぶりね」と、声を揃えて言った。
「でも、わたしがしんだあと……」
「ごめんね、じつはあなたがしんだときいたあと……すぐにわたしもあとをおったの……」
彼女は申し訳なそうにして俯いた。
レティシアにも注意をされていた……私がいなくなったら、正気を保てるかわからないと、でも、私は世界を去る選択をしたんだ。
「ごめんね、おいていって……」
「ううん、しかたないわ。あいつらがわるいんだから……こんなことをかんがえるわたしって、せいじょからはかけはなれているわね」
そう言って彼女は笑う。
私と彼女は姿が随分と変わってしまったけれど、そのしぐさや表情はどことなく面影があるような気がする。唯一の親友が傍にいる、この喜びは何物にも代えることは出来ないだろう。
「わたちこそ、ごめんね……ほんと、こどもね……」
「じっさい、こどもでち」
「ほんと……うふふっ」
そうして、私達はマリアンヌが戻って来るまで楽しくおしゃべりをして過ごすのであった。マリアンヌが戻ってきて、突然に仲良くなっていたことで彼女は目を丸くして驚いていたのが、また面白くて二人で大笑いをしていると、マリアンヌにレディとしてはしたない笑い方をしてはいけません。と、怒られるのであった。
主人公(脳筋)「あれ? 脳筋仲間……」
リンダ「ナイナイ(ヾノ・∀・`)ナイナイ」
(ヾノ・∀・`)ナイッテ (・ω・`)
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