次兄であるジェンセンティア・ディル・ヴェルハウザー・シュバルラントが妹好きなことは付き合いのある令嬢令息の間では有名な話であるらしい。
キザったらしくて、鬱陶しいことはリザや私の中では動かせない事実ではあるけれど、お茶会などでしか知らない者達の間では異常なほどの妹好きという認識は無いらしい。故に令嬢たちの間では綺麗な王子様としてかなり人気がある……そうだ。
ちなみにこれをジェーンは自分で語っていることを考えると、次兄の気持ち悪さがよく分かる事案なのである。
事の始まりは学園に入った新入生の為に行われる懇親会という名の大規模なお茶会でのことらしい。
主催は学園をまとめる執行会という学内組織で現在はバグスリー公爵家の次男が中心となっている。バグスリー公爵はシュバルラント王国でも古くから仕え、特に武で名を上げている者達が大きくした家で暑苦しくて面倒臭いことで有名な者達である。
セーラやエファリスさえも彼らを脳筋と言うほどに猪突猛進タイプであるらしい。
何故か、昔から王家に対してもあまり忠誠心溢れる臣下では無く、どの世代でも問題をおこしている困った家のひとつである。近年は派閥を作ることで国内の勢力図の一角――と、いうかかなりの巨大な派閥となっているせいで目の上のたん瘤のような扱いらしい。
我が家の長兄であるクリス兄様が二年前に卒業されるまでは非常に大人しくしていたバグスリー公爵の次男はクリス兄様が卒業後に学内派閥を強引な方法でまとめていったことで、随分と調子に乗っていたようでもあった。
ちなみにクリス兄様は学内では当然主席、武闘大会でも出れば優勝、魔法大会でも優勝、執行会の歴代会長でも最強と呼ばれるほど、輝かしい結果を残している。
だからこそ、ジェーンはクリスお兄様に比べられて生きてきたが為に色々と拗らせてしまっているのだ。次兄の解説を聞いていて私は少し気の毒になってくるレベルである。
「優秀な家柄ではあるのだが、王家に対しての忠誠心には驚くレベルで掛けているからな。今までも問題が幾度もあったが、時の王が上手くやってきたことで何とか抑えている――と、いうところが大きい。ただし、アイツらは自分たちより強い者には黙って従う、なんとも弱肉強食というヤツらだ。リーナが幾度も叩き潰したおかげで、現当主も従順ではある……だが、次代は少し不安なところがある」
「かの長男ですね。学園内では一度も関わることなく、卒業されていきましたからね。ただ、良くない噂はありましたが……」
「クリスティアル様がおっしゃる通り、茶会でも良くない噂が出ております。噂程度でよければ問題ないのですが」
長兄の妻であるティーニフュルム様が珍しく発言をする。
普段はお兄様の側でニコニコとしているのが常なのに、本当に珍しい。
「実家は大丈夫かね?」
「はい、かの派閥からは随分と腫物扱いされておりますし、現在はオースティアス夫人やモールドン夫人、辺境伯夫人などと交流を持たせていただいていますから、実家の方もそれに倣うように動いております……ただ、我が母は少し変わり者ですから」
「フォーレアステン伯爵夫人か。かの菫色の薔薇は有名だからな……」
「現状は中立という立場だそうよ。剣鬼が先日の夜会で会ったそうですから」
と、脱線気味に父とお母様、兄夫婦が情報交換に勤しんでいる。それを見ている次兄の表情はなんとも言えない雰囲気だ。
「けっきょく、じぇーんおにいたまはなにをしたんでつか?」
「私も気になるところですわ」
私とリザがそう言うと全員が苦虫を噛みつぶしたような表情で私達を見る。
「初日にバグスリーの次男に難癖をつけられ、二日目にバグスリーの次女に交際を申し込まれ、三日目ににキレた次男に文句を言われ、四日目に手下が突っ掛かって来たので半殺しにしただけです」
次兄は流れるように『半殺し』という言葉をさらりと言ってのける。
と、いうか情報量が詰め込まれ過ぎて色々とツッコミどころ満載だ。
「ジェーン、両腕両脚の切断は半殺しとは言わん。処置を間違えばその場で死んでいたレベルなのだぞ……しかも、相手がバグスリー系派閥の第二位にいるレミラオスト伯爵の長男だ。向こうが悪くてもあまりにも軽率な行動といえるだろう?」
「それは――確かに兄上の言う通りかもしれませんが、さすがに彼の言葉は許せない。ボクはその場で処刑しても間違いでは無いと未だに思っています」
「ちなみに、何を言われたか聞いても大丈夫かい?」
「……王家は兄上が既に婚姻を済ませていて、子を成せば下の女子は不要だろうから、バグスリーの次男か同学年となるだろうかの家の三男にどちらかを差し出すようにボクに動けというようなことを言ったのです。王族であるボクにバグスリーの下に付けと、なんとも屈辱的な……いや、それは別にそれで国に利があるならよいでしょう。でも、大事な妹達の運命をそんなことで決めてしまうなどありえないでしょう。レミオラスト伯爵令息はそこから漏れたどちらかをクレだと言ったのだ」
いつも気持ち悪い兄だが、最後はお怒りモードでいつもサラサラな銀髪が怒りで逆立つような勢いで魔力が漏れていた。
「そうか――父上、母上。アイツらを潰しましょう。断絶レベルで潰しましょう」
と、クリスお兄様も笑顔で怒りを露にして手に持っていたカップがピキリと音を立てて粉砕してしまいます。って、怖い。
「ともかくだ。何か彼らを抑える手は考えねばならん。それは確かだろう……」
「そうね。私の可愛い子供達を不快にする彼らは問題だとは思います。ただ、面倒ね。子供の教育に失敗しちゃっているのね……はぁ、困ったわね。レミオラスト伯爵から面倒な抗議が来ていた話と随分と内容が違っているのも問題ね。潰すにしても正当な理由がなければどうすることも出来ないところが難点よ」
「そうだな、状況的にはいくら我らが王家といえど、問題が多すぎる」
正直言って、貴族の色々は本当に面倒なのだろう。前世でもレティシアが色々と苦労していたことを思い出す。立場が上になればなるほど、自由が利かなくなるところが多いと言っていた。彼女は公爵家の跡取りで、王家とも近い血筋で王位継承権も上の方にあった。
だからと言って、王家ほど発言権は無く苦労していた。
お母様――私達がたとえ王族であったとしても、この国では各貴族の行動すべてを抑えられるわけでは無いという。そこは前世との違いなのかと漠然と受け止めていたが、そこも色々と事情がありそうだ。
「お父様に動いて頂こうかしら……」
と、不意にお母様が悩むようにそう言った。
「いや、さすがに父王陛下が動くとさらに面倒が広がるであろうから、止めておくべきだと思う」
父はすかさず止めておくようにと発言をする。
それを聞いたお母様は「そうよね……」と、呟き首を捻った。
「結局のところ、何が障害になっているのでしょう?」
と、リザはお茶のお替りを要求した後で首を傾げながらそう言った。
ちなみに私もそれに同意する。
「ちょっと難しいかもしれないけど、話しておくのも悪くないでしょう」
お母様は苦笑しつつそう言った。
(# ゚Д゚)Д゚)「ぽかーん」
怒りに震える兄たちのやり取りを妹たちはポカンと見ていたのであった。
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