冒険を終えた本日の夕食――
毎日繰り返される朝晩の家族団欒の時間だ。
「今日、クローネは『荘厳なる庭』に行ったそうね」
そう言ったのは姉であり、魔法の師であるリザだ。
彼女の言葉に両親がこちらに視線を送って来る。
「はい、ふぇーばるというまじゅうをみまつた」
「あら? あそこにフェーバルなんていたかしら?」
と、リザは首を傾げた。
「うむ、本来はいないのだが近衛騎士のひとりが『荘厳なる庭』に捕まえて来たフェーバルを保護していたのだ――結局、屋敷に持ち帰ったと聞いたが?」
「はい、えふぁりすがつれてかえったみたいでつ」
「それで、クローネはフェーバルを飼いたいのか?」
父であるヴァンヘリオは少し心配そうに聞いてくる。ちなみにお母様は楽しそうにそのやり取りを観察しているようだ。
「わかりまてん」
私は少し困った表情を浮かべてそう言った。
たぶん、我儘を言えばその通りになるのだろうと思ったのだけど、飼えるか分からないモノを飼うというのはとても大変なことだとセーラも言っていたのだ。私もその通りだと思ったのだ。だから、分からないと答えることにした。
「ふむ。モールドン侯爵から、娘が何度言っても魔獣を拾ってくると文句を言っていたのだ。随分と人馴れしているらしいが、どうなのだろうな?」
「それは一度視察に行くのはどうかしら? 私もとても気になります。ふふっ、リザとクローネも共に参りましょう」
「では、こちらからモールドン卿に伝えておく――」
「いいえ、私から伝えますわ」
と、お母様が父の言葉を遮ってそう言った。
「ちなみに、フェーバルを飼い馴らすことが完璧に出来るとなれば、魔獣を飼いならし売買するということが商売となる可能性もあります。特にシュバルラント王国から外に出せる魔法関連の商品以外を考えれば一考の余地があります」
「確かに……そういうのは私の専門外なので、何も言わぬが。一度、宰相殿にも相談した方が良いのではないか?」
「ええ、それは勿論です。マリアンヌにも同行してもらいましょう……あの娘もモフモフしたモノが好きだったハズです」
ここに王家企画モールドン家モフモフ見学会が計画されていくのだった。
「おほんっ! 皆さま方、お食事の最中でございます……ご歓談もほどほどにして下さいませ」
と、筆頭執事のマグナスが注意をする。
お母様は悪戯な笑みを浮かべて誤魔化そうとするが、マグナスは冷たく「お嬢様」と呟くとお母様はシャキリと背筋を伸ばして食事に集中し始める。
私達もそれに倣って黙って食事を取るのであった。
筆頭執事のマグナスはオーティアス侯爵家と並ぶ代々王家に仕えるジェリダス侯爵家の者で王家の直轄地を多く管理する土地を持たない貴族の中ではかなり特殊な立ち位置にいる。セーラからの情報によると曾御爺様の代から仕える最も古株の臣となるそうだ。
今では随分と衰えていらっしゃるが、剣鬼と並ぶ二つ名である剣聖を持つご老人らしく母も幼いころ、随分と彼に怒られて散々な目にあわされたらしく、私達家族以外の弱点と聞かれれば彼の名前が必ず上がるほどの人物らしい。
そして、夕食の時間も終わって少しの間、歓談の時間が設けられるのであった。
話題は勿論、モフモフ見学会に関してである。
「噂には聞いていたのです。フェーバルは人気のある魔獣ではあるのですが、人馴れしないとずっと言われていましたから、飼い馴らすというのには向いていない魔獣のハズなのです」
「うむ、毛皮でいえばミュルーンやクオックスに比べて劣るからな、そもそも人を襲うような魔獣でも無い。確かに肉食ではあるが、警戒心が非常に高いからな。狩りに出ても狩る者も少ない」
「みゅるーん? くおっくす?」
私が父の話に出て来た生き物の名を繰り返すとどんな生き物か教えてくれる。
「ミュルーンはフェーバルと比べると少し小さめの魔獣で尻尾が平たいのだが、非常に柔らかくしなやかな毛皮を持っているのだ。白銀の毛色が特徴でマントの装飾用の毛皮や防寒具などにも使われる。クオックスは気性の荒く大きさもフェーバルよりはるかに巨大な魔獣だ。だが、こちらも非常に質の良い毛皮が取れることで装飾や防寒具などに使われる。どちらにも共通するのは非常に高価な値段でやり取りされるので、冒険者や狩人に人気の魔獣だ」
「なるほどでつ」
と、父の話に納得しつつ、私は冒険者という言葉について考えていた。
前世でも冒険者という職業が存在しており、冒険者は冒険者ギルドという世界中に張り巡らされた情報を共有する特殊な組織だ。彼らは各地で様々な依頼を受けて冒険をする者達であった。ちなみに私も冒険者ギルドに登録をしていたが勇者という肩書を持っていた為に通常の依頼を受ける事はほとんどなく、国家指定の依頼を受けることがほとんどだった。
もし、同じような仕組みがこの世界にも存在するなら、一度、普通の冒険者が受けるような依頼をこなしてお金を得るという経験もしてみたいものだ。
そんな事を考えていると、リザが少し不機嫌な様子で口を開いた。
「私、図鑑では見たことがあるのですが、本物は見たことがありません」
リザは一人だけ見たことがない生き物であることに仲間外れな気分なのか、少し機嫌が悪そうである……が、ちょっと拗ねた雰囲気も可愛い姉である。
「ねえさま、ふぇーばる。とってもかわいいのでつ、いっしょにみれるのたのしみでつ」
そう言うと、リザは目を輝かせて喜ぶ。
なんて、チョロインなのだ我が姉。
「ええ、クローネと一緒にモフモフ出来ればいいですわねっ! ね!」
「あいっ!」
元気に答えるとリザはさらに目を輝かして喜びを露にした。
そんな楽しい団欒を送っていると、ふと、不思議なことに気が付くのであった。
長兄夫婦は既に独立しているに等しいので、こちらで食事をしないことも多々あるが、次兄はまだ10歳なので、独立にはまだ早く家族と共に食事をしていない……と、いうかここ数日、城にも居ないことに気が付いたのだ。
ここ最近、ベタベタする鬱陶しい兄がいなくて助かっていた気分だったが、いないとなると不思議で仕方ない。
「そういえば、おにいさまいない?」
すると、両親が「ああ、そのことか……」と呟く。
「ジェーン……いいえ、ジェンセンティアは次の休みの日まで城には戻ってきませんよ」
と、母がさも当たり前というように言った。
モフモフはしばらくお預けです。
えっ!?(*‘ω‘ ) (ΦωΦ )えっ!?
どうなる? どうなるぅ?
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