巨大な悪意を形にしたような異形の心臓に深々と聖剣を突き刺し私は仲間と共に旅をした7年の目的を達成する。
そして、魔王を打倒した勇者として故郷である王都へ帰還を果たす。
勇者アシュタリアとは私の名だ。
そして、王都へ戻ってきた私を待っていたのは王城から離れた離宮への隔離、軟禁であった。
多くの装備を奪われ、離宮を覆う結界によって魔法を禁止された状態で早二か月の時が経とうとしていた。
この離宮には使用人という名の奴隷と時折やってくる友人であったハズの魔王討伐の旅を共にした仲間……の一部だけであった。
「アシュタリア……ごきげんよう」
ふわりとした印象が強い神聖教会の巫女でパーティーの回復担当であり、唯一の心許せる友であるハンナはいつもに比べて青ざめた表情で私に会いに来ていた。
私はこの二か月の間、世間が私を【化物】と恐れ、忌避していることは知っていた。王族の方々も私を避け、凱旋の祝賀会以降は会いにさえ来なくなっていた。そんな中でのハンナの青ざめた表情というのは私を不安にさせる十分な理由となった。
「アシュタリア……私、もうこれ以上あなたを庇うことは出来ない……」
「泣かないでハンナ。優しいアナタには納得できないかもしれないけれど、私は何となく分かっているの……皆が私を恐れているって」
「ごめんね……私には神に祈るくらいしか出来ない、哀れな女でごめんね……」
私は彼女を優しく抱き留めて「大丈夫だよ、ありがとう」と、言って慰める。
この時、既に私は行き着く先が見え始めていた。既にこの世界に私という存在は極めて異質で私の力はこの国を簡単に滅ぼすことが出来るのだということを理解していた。
この離宮に施されている結界は元仲間であった賢者のモノであることは間違いなかった。それも、かなり強力な力で私を抑える為だけに彼は日々結界に魔力を使い続けている。
「ここの結界もあと一週間も持たないだろうね……」
「……ええ、このままでは彼が死んでしまうかもしれない……でも、彼は必至の形相でやめようとはしないの……そんなに貴女が恐ろしいのか、私には分からないわ」
「ありがとう、ハンナ……君はいつだって優しい。私が勇者として挫けず生きてこれたのもハンナが一緒にいてくれたからだもの……そういえば、マルキュリオスはどうなったの?」
「わからない、わからないけれど……生きてはいるそうよ。バーナンキ老師が言っていたわ……でも、その後に老師は塔に監禁されたそうなの」
「まさか、老師まで……ライアス王子にとって、私たちは……魔王を倒した者達はもう要らない存在なのね」
「ごめんなさい……私にも力があれば……」
「ハンナには癒しの力があるじゃない……私や老師は壊すことしか、倒すことしか出来ないもの、あー、旅をしてきた7年は楽しかったなぁ」
「そうね、私とアシュタリアの二人で始めた旅だったわね」
「あの頃には……戻れないね……」
「うん……」
私とハンナは再び抱きしめあい、涙を流しその日は別れた。
正確にはその日だけでは無く、今生の別れとなることはお互いに予想していた。
勇者という二つ名には様々な意味がある。
これは神聖教会の主神である女神ラミリアの加護を持つ者にしか与えられない特別な称号であり、この世界の救済という宿命を与えられた者のみが扱える魔力と聖剣、そして聖刻という三種の力があり、魔力は魔を討ち滅ぼすことが出来る反魔属性、そして反魔属性の魔力がなければ扱えない聖剣。女神の加護を体現する聖刻……特にこれが特殊で多くの状態異常を無効化し、神聖魔法の効果を上げ、仲間に勇気を与えることが出来る万能な力だ。
今、この屋敷に施されている結界はそれさえもある程度防ぐことの出来る特殊な力……賢者モーリスは魔王の核片を使った闇の結界を自身の命を削りながら使うという破滅的な方法で私を抑えている。
それも、もう二か月の間もだ。
普通の人間であれば三日で魔力も生命力も尽きてしまうだろう。それを二か月も続けている。ちなみに私は小さな綻びを見つけても無視するようにしている……そう、破ろうと思えば破れるのだ。
だが、破ったとしても、その後は何も変わらない。
世界が私を【化物】として認識しているのだから、何をやっても変わらない……私は既に魔王を討つという目的を達成し、生きる目標を失っていたのだ。
だから、向かう先が想像出来ていた……。
ハンナと別れてから三日ほど経った日にもう一人の友人であり、私たちの旅を裏からサポートしつづけていた、カーネル大公の令嬢レティシアが訪ねて来る。
「ごきげんよう、アシュタリア」
「ええ、お久しぶりね。レティシア」
レティシアはまるで仮面を付けたような表情でそう言った。
私はこういう時のレティシアを知っている。貴族としての利を優先する時にする表情だと私はすぐに気が付き、とうとうその時が来たのかと思った。
この世界には女神の加護を持っていても私を殺すことが出来る、幾つかの方法が存在すると彼女には私が教えてある。
「何よ……すべて分かっているって顔。本当に嫌な娘ね」
「そんなに悲しそうな顔をしなくても分かってるって。私を殺せる方法を知っているのはこの世に二人だけ、レティシアとハンナだけだもの……それにそろそろモーリスも限界でしょ?」
「彼は何かに取り憑かれたみたいだから、死んでも結界を維持するかもしれないわ……それくらいの勢いがあるわ」
「それはそれでやだなぁ。ハンナはどうしてるの?」
「一応、まだなんとか正気を保ってるわ」
「私がいなくなったら……大丈夫かな?」
「大丈夫だと思っているなら……貴女が望むなら、この世界を手中に収める手伝いをしてもいいのよ?」
「私はそういうのって柄じゃないし、私には元から家もなければ、何も無いもの……世界が私を【化物】というんだったら、この世界には私の居場所は存在しないってことよ」
私の言葉を聞いてレティシアは訝しげな表情を浮かべ、小さく溜息を吐く。
「この後の混沌を我が家に収めろ……と、貴女は言うのね?」
「ご名答。私って無責任かな?」
「全く、その通りよ……優しさは時に残酷よ。私は友人の命を奪い、この国を亡ぼすかもしれないのだから」
「ごめんね、最後まで迷惑ばかりで」
「本当に迷惑ばかりね。貴女と共に歩めた時代が存在したことを私は誇りに思うわ……でも、最後に一つだけ言わせて」
「どうぞ」
「私、貴女のことが大っ嫌いですわ。どこまでも自分勝手で、引っ掻き回すだけ引っ掻き回して……最初から、最後どうなるかまで予測済みってところが、全くもって腹立たしい」
そう言ってレティシアは私を強く抱きしめ、耳元で「ありがとう」と囁いた。
ゆっくりと離れたレティシアは私を殺すことが出来る唯一の小瓶を机の上にコトリと置く。
「これは貴女に返すわ。私ってば食事に混ぜたり、無理に飲ませたりするほど堕ちてはいないの……ここで――」
「待って、それ以上は言わないで」
私はレティシアの言葉を途中で止めて小さく微笑み、机に置かれた小瓶を手にする。
「誰にも見せたくないから、それに……レティシアに罪を擦り付ける気もないんだ……だから、出て行ってくれないかな?」
「アシュタリア……」
レティシアと私はしばらく見つめあって、レティシアは再び小さな溜息を吐いて「負けました」と、言って出ていく。
私は誰も居なくなった部屋で小瓶を開ける。
「女神様の言う通りになってしまいました……私ってばダメですね。女神ラミリア……私が持つ全ての加護を返します……」
そう言って私は祈りを捧げる――
本来は誰も私を殺せない。殺せるのは私だけ。
身体から粒子のように光が分散して女神の加護が天に返っていく。
私はそれを感じながら小瓶の液体を飲み干す。
遅効性じゃない、即効性の毒。この世界で最も強力な毒を飲み干し、身体に焼けるような痛みと苦痛が一気に押し寄せ、口から血が噴き出し……私は床に倒れ、痙攣し、そして、ハンナの顔を思い出す。
「ご……ごめっ……ぐぅっ…………」
そして、私は死を迎えた。
その後の王都の様子は分からないが、死んだことだけは確かだった。
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