「まずは、皆にお茶のお替りを」
と、お母様はマグナスに指示を出す。
全員に新しいお茶とお茶菓子が供給され、お母様は真面目な表情を浮かべて私達を見回した。
「一番の問題はここ100年近く、平和だということです」
お母様の発言にジェーン、リザと私以外は理解を示すような表情を浮かべる。
「へいわなのはよいことでつ……」
「ですわよね?」
私とリザは顔を見合わせてそういうが「そうとも言えないのさ」と、クリスお兄様が優しい声でそう言った。
「この国の北方にあるレルビアルヘルト王国、東側のミュルヘルト諸国連合と我が国は長い歴史の中で幾度も領地を巡っての戦争を行っています」
「ボクもそれは知っていますが、戦争をしない方が民草にとって良い事ではないでしょうか?」
「当然、戦争が無いことにこしたことはありません。ただ、長らく平和な時期が続くと違う意味で問題が出てくるのです」
と、お母様は言って、私達に出されたお茶菓子を一つ手に取って見せる。
「このお菓子の原材料が何かわかりますか?」
当然、簡単な質問だ。焼き菓子の材料は小麦とバター。後は塩と砂糖、もしくは蜂蜜だ。
「小麦とバターですわ」
と、リザが自信満々に答える。
「ええ、そうね。我が国の地理的な問題で小麦などの穀物類は国内の全需要を賄うほどは採れません。その為に様々な国から購入して、国庫に蓄えを持ったりしています」
「小麦はレルビアルヘルト王国からかなりの量が入っていると聞いたことがあります」
「ええ、ジェーンの言う通りです。また、鉱石などは東のミュルヘルト諸国から多くが入って来ています。我が国は周辺国から買った材料を使って、様々な製品を作ることに長けています――特に魔道具や武器などが我が国の主な輸出品となります。魔道具は戦時になれば、逆に他国へ出すことを禁止することが多く、逆に武器などは戦火が広がれば多くの国に輸出され潤います」
「では、我が国とすれば、どこかの国が争っている状況という方が望ましい……と、いうことでしょうか?」
「そこも微妙なところなのです。西のヴェストランテ王国のように数十年おきに内戦をしているような国や国内にダンジョンを幾つも抱えている国であればよいのですが、北のレルビアルヘルトのようにダンジョンを見つければ駆逐するような国で、かつ農業を主な産業としている国では思ったより武器の需要はありません。また、ミュルヘルト諸国では鉱石の加工技術が年々発達しており、我が国の技術も随分と流れている為に武器や鉄鋼業の需要も奪われ始めている状況です」
詳しくはよく分からないけれど、技術が売りの我が国がジワジワと東の国々に取られ、農業の需要が厳しい我が国は幾度も敵対している北の国に食料を押さえられ始めているということらしい。
「ヴェストランテや南のフレールフィアがあれば何とかなるのではないですか?」
ジェーンは真面目な顔でそう言ったが、お母様は即座に首を横に振る。
「ヴェストランテとはここ200年以上、良い関係にあるといえます。ただし、かの国はレルビアルヘルトとも海を挟んでいるので、我が国よりレルビアルヘルトに乗り換えるということもありえます。また、南のフレールフィア王国は天然の壁ともいえるウルベルク山脈があるので、隣国といえども街道整備を新たに行わなければいけない問題があるのです。現状、国境として接しているヴェルハウザー辺境伯領なのですが、ミュルヘルト諸国のひとつ、ヴェンハウナルツ騎士団領との最前線でもあるのです」
「そうだ、故にフレールフィアからヴェルハウザー領にやってくる商団は少ない」
「結局のところ、バグスリー達が調子に乗っている理由に行き着かないのですが……」
と、不満そうな表情の次兄がそう言う。
私は何となく、理由に行き着いている……前世でもこういう国境に面している領地の貴族と言うのは国に対して力を持つことは多いということを知っているからだ。
「南側の防衛を担っているのがヴェルハウザーであれば、北の防衛を担っているのがバグスリーだからだ。特に、バグスリー、レミラオストがレルビアルヘルトとミュルヘルトに接している面が大きい。また、ここ数十年の間に彼らは商人たちの通行がしやすいように街道を整備したのよ。おかげで我が国に大きな利をもたらした――一方で我が国の技術や知識が大きく流出する原因にもなっている」
「嬉しさ半分……と、いう感じですね」
「実はさらに面白くないと思っている者達が存在するのよ」
と、お母様は言った。これにはジェーン、リザ、私は首を傾げる。
「私達が国として商売している一番の売りは技術です。ちなみに技術というのは高く売り買いされることもあります。そこで一番いい商売をしているのがヴェストランテの者達です。ヴェストランテは私達から買った技術をさらに値段を上乗せして、レルビアルヘルトなどに売ることで大きな利益を得ています」
「なるほど、それを我が国の者が別口で流している……と、いうわけですか」
「その通りです。ただ、これに関しては証拠が無いのでこちらからも強く言えません。平時でなければ幾らでも手はあるのですが……」
「平和だからこそ……なのですね」
「そうです。それにレルビアルヘルトやミュルヘルトの国々で我が国に領土的に近いところにある国では嫡子は男子であることという決まりがある国が多いことが今回の件でひとつの問題となっています」
お母様がそう言うとジェーンが焦ったように立ち上がる。
「そ、そんなっ! 他国とは関係ないでしょう!」
「本来、平時ならあまり気にするべきことではありません。我が王家に対して非常な無礼を働いたのですから、レミラオスト伯爵夫人はミュルヘルト諸国連合でも発言力の強いビーゼル騎士団領のヒッキーニ男爵令嬢です。今回の件で彼女は随分とご立腹のようですから、決着の仕方次第では我が国から離反する可能性も無くはない……と、いう状況です」
そう言ったお母様は少し悲しげな表情を浮かべ、ジェーンは意気消沈といった雰囲気となる。リザと私は正直、小難しい話過ぎて半分聞いてない……いいえ、聞いてますよ。聞いていますとも。
「他にも問題だが、バグスリー公爵の先代はレルビアルヘルトの貴族から血を入れている。現在は随分と近しい間柄のようで……随分と土地柄的にも影響が強くなっている。バグスリー領の周囲の貴族はどちらかと言えば彼らに近しい家が多い。そうなるとヘインズ子爵、ジャクセン公爵が肝となってくる――そこまで切り崩されると我が国は終わるレベルで危険な状態となる」
父は難しそうな表情でそう言った後に「解決策が無くはないが……」と、小さく呟いた。
私は幾つかの疑問が頭に浮かんでいた。
そもそも、経済的に国が切り崩され始めていることにいつの段階で気が付いていたのだろうか? 気が付いていたなら、両親が動いていないわけは無いのではないだろうか?
御爺様や御婆様の時代から既にそうなっていたのであれば、御爺様達は何をしていたのだろうか……あえて、放置する理由があったのだろうか?
「最も古い時代、この国は全ての周辺国が敵となる事態を起こしたことがあります」
と、お母様が真面目な表情で言った。
主人公(脳筋)「御爺様もしかして……無能!?」
御爺様「違うぞ、我が孫よ……ワシは脳筋じゃ!」
( ゚д゚)えっ!?
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