真っ白な世界――
私はこの光景をよく知っている。
生前、幾度か訪れた事がある場所だ。
「お久しぶりですね、アシュタリア」
白銀のドレスに身を包んだ、女神ラミリアの姿がそこにはあった。
「結局、女神様の言う通りになってしまいました……やはり運命には抗えないということです」
「あら? アシュタリアは抗ったようには全く見えなかったのですけど?」
「えー、私なりには頑張ったつもりだったんですけど」
「大人しく捕まるのも、無抵抗で二か月も大人しくしていたのも、頑張ったからなのでしょうか?」
女神ラミリアは頬を膨らませながらそう言った。
一応、抵抗しようとしたけれど、あの時は王子にハンナやマルキュリオス、それに老師を人質にされていたので抵抗するのは良くないと思ったから……なんだけど、もっと派手に抵抗した方が良かったってことなのかな?
「貴女は遠回りが本当に好きなようね……それともよっぽど、あの賢者のことが嫌いだったのかしら?」
賢者モーリスの性格は最悪だったのは確かだけれど、魔王討伐には絶対に必要な実力者で特に王子の信頼が厚い人物だったからだ。確かに彼が旅に加わることで老師に随分と苦労を掛けてしまった。
「まぁ、いいですけど。ともかく死んでしまった貴女があの世界のことを考える必要はもうないわ。魔王が討たれたことで大小の騒乱はあれども、世界的危機は数千年ほど来ない予定ですから」
「それは良かったです」
「で、貴女のこれからですけど……頑張った貴女には特別に記憶を持ったまま転生させてあげようと思っているわ」
「記憶を持ったまま……ですか? 私ってば、そんないい記憶を持ってないと思うんですけど、持ったままで生まれ変わって大丈夫かなぁ」
まさに不安だ。不安でしかなかった。
そもそも私は孤児だ。王都出身といっても親が誰からも分からない汚らしいスラムの貧民だった。7歳の時に神聖教会の巫女に拾われるまで自身の名さえも無かった……食う為に窃盗や追剥の真似さえしていた私に普通の暮らしを与えてくれた巫女がいなければ、神託を受けて勇者となることも無く、野垂れ死にしていたか、自身の身を売って酷い暮らしの中で死んでいく未来しかなかっただろう。
「貴女には御礼の意味も込めて、新たなる人生では愛のある平和な暮らしを与えてあげたいのです」
「そのお気持ちは嬉しいのですが、私にそんな生活が出来るでしょうか?」
「出来る、出来ないではありません、するのです! さぁ、頑張って!」
「って!? ちょ、女神様っ!!!」
次の瞬間には視界が真っ白に何もかもが真っ白に消えていく――
◇ ◇ ◇
薄暗い部屋に優しい明かり――
柔らかく暖かな温もりに包まれて、私は目を開ける。
ぼんやりとした視界には女性が一人。
この人が私の母親なのだろうか?
などと思った矢先、その考えは即座に否定される。
「おはよう御座います、アイゼンクローネ様。もうすぐ、お母様であるシュツェリーナ様がいらっしゃいますよ」
そう言って、女性は私を優しく抱っこしてあやす。
(なんて、心地よい空気なんだろう?)
前世ではそういった母親やその代わりとなる人間から、こうやって優しくあやされるという記憶は存在しない。
泥と苦痛、空腹に塗れた虚ろな世界の記憶しかない。
自我に目覚めてからも、勇者として戦う日々。親友であるハンナやレティシアとの思い出くらいしか良い思い出など無い。
と、いうかそもそも赤子の頃の記憶など、持ち合わせていない。もしかしたら、私にもそういう経験があったのかもしれない……いや、あの王都のスラムでは起こりえないと、私の心が即座に否定した。
複雑に色んなことを考えていても、所詮は赤子だ。
何もできない。そう、ユラユラとされるのが心地よくて楽しい気持ちになるくらいだ。
「ホント、アイゼンクローネ様は大人しくらっしゃる。不思議な方でちゅねー」
私はなんと答えれば分からずに、只々、その女性の瞳を見つめるくらいしか出来なかった。
すると、勢いよく部屋の扉が開かれ、黒を基調としたドレスに身を包んだとても綺麗な女性が楽しげにやって来る。
「愛しの我が子、クローネちゃん。お母様がやってきましたよー」
そう言って、女性から優しく受け渡された私を彼女は優しく包み込んだ。
甘く妙に落ち着く香りが鼻腔を擽り、私は不思議な気持ちに包まれ、思わず頬が緩んでしまう。これが私の母親……透き通るような白い肌、煉獄を思わせるような赤い瞳。キラキラと輝く銀色の髪。
その特徴は……前世でいう【魔族】である。
角は生えて無いことを考えれば違うのだろう……と、私は一瞬驚いたが、そう納得することにした。
女性は私のことをアイゼンクローネと呼んでいたが、母なる人はクローネと呼ぶ。これは愛称というヤツだろう。それに女性は様付けで、愛称で呼ばないということはそう呼ぶことが許されていない身分ということだ。
(随分と身分の高い人間のようだ)
私はそんなことを考えながら、母親にあやされながらも楽しんでいると、母が椅子に座りドレスの胸元を大きく開く。
「あ……う?」
声にならない声をあげてしまう。
目の前に広がるたわわな実り――
当然、私の食事……と、いうことなのだろう。
確かに空腹感があるような気がする、しかし、理性が若干の邪魔を――
(本能には勝てるまい)
そう思いつつ、乳房に吸い付き母乳を飲むのだった。
飲まなければ生きては行けないのだから、本能に従うのよ。間違いじゃないし……おいしいものではないけれど、身体が求めているのだから。
「うふふっ、おいちいでちゅか~?」
「あふぅっ……んぐんぐっ……」
美味しいかと聞かれれば何とも答えれないけれど、美味しくないかと言われれば美味しいのだろうと思う。肉体が必要としているのだから、それは良いモノに違いないのだ。
早く、大きくならなくては……と、私は思いながら母との時間を過ごす。
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