あれから約二年が経ち――
よちよち歩きで屋敷中を縦横無尽に動き回る……と、まではいかないまでも、随分と行動範囲も広がった。
自室以外に家族で集まる広間や食堂、後は母の寝室からすぐ側にある庭園、それより遠い場所はよほどの許可が無いと行くことは出来なかった。
そして、私が何よりも衝撃を受けたのはここが屋敷では無く、城だということで私の名前はアイゼンクローネ・ラ・ルーナ・ヴェルハウザー・シュバルラント。細かい名前の由来は不明だが、長い……覚えるのにも一苦労だった。
家族も両親以外に兄が二人、姉が一人いることが判明。
特に一番上の兄は既に成人を迎え、奥さんまでいる。姉とも少し離れているので家族全員が私のことが可愛くって仕方ないようだ。
正直な感想を言えば、家族の愛が重い。
未だに慣れなくて、時に女神様の嫌がらせではないのかと思うほどだ。特に次男坊の兄が私をいたく気に入っており、毎日のようにやってきては私を抱きしめ、キスをして……思い出すだけで疲れるほどなのだ。
だが、今日からそんな兄が不在なのが確定しており、私はホッと一息つけるとウキウキ気分で朝を迎えていた。
専属メイドとして雇われたセーラ(16歳)に着替えを任せ、身支度を済ませてよちよちと部屋を出て、廊下を歩く。ちなみに乳母であるマリアンヌの妹だそうだ。
私の部屋は家族が集まる広間から最も近くにあり、朝は家族全員が広間に揃ってから食堂へ向かう。今日は次兄が不在なのは皆が知っているので、次兄抜きである。
広間の前に立つ衛兵に挨拶を交わすと、静かに扉が開かれ私はイソイソと中へ進む。
「クローネ、今日もいい天気ね。ご機嫌いかがかしら?」
「はい、げんきでつ、おねーたま」
「フフッ、いい子ね」
そう言って姉とギュッと抱きしめ合う。
これも朝の定番行為である。
姉の名はイリスリーザ・ラ・エルス・ヴェルハウザー・シュバルラント。愛称はリザ。私よりも少し明るめでウェーブ掛かった銀髪に燃えるような深紅の瞳、まだ幼いながらもその気高さは見て取れる美少女だ。
自室を出ることが許されるようになった一歳の誕生日に紹介された日から毎朝、姉との挨拶をするようになった。
私にとってリザは姉というより、この世界においての師匠だ。彼女は3歳の頃より魔法の才を見出されて英才教育を受けている。ちなみにリザ……師匠は現在5歳だ。
私は彼女からそのお零れ……が如く、彼女から魔法を教わっている。ちなみに両親には内緒である――のだが、正直言って、この世界の魔法発動に必要な方法が超絶難解で私は幾度かパニックを起こしてしまいそうになるくらいに驚いた。
師匠であるリザ曰く、魔力を使って効果範囲を示す円を描き、力を発動させる呪文を描き、それに必要な公式を組込み、最終的に発動させるための鍵を開く。
イメージ力も必要だが、様々な状況に合わせて公式を組換え、また、それが呪文適正と合っていることが前提となっており、順序や法円のサイズや魔力量など、非常に細かい。
数度の師匠による講義で理論的には理解したが、簡単な魔法でさえ失敗を繰り返し、自身の自信は既に底辺に落ちているのだが、師匠も初めは非常に苦労したと言って優しくしてくれるので、私はめげずに頑張っているのだ。
(正直言って、魔法が難しいのは前世の使い方が楽過ぎた所為だとは思いたいけど……たぶん、私ってばセンスが無い気がする)
そうは思いつつも諦めるわけにはいかない。
私は知ってしまったのだ――
この世界において、シュバルラントという国は魔王が率いる国として知られており、その魔王というのが我が母だ。
詳しいことは分からないけれど、魔族というのは間違い無いようだったのだ。
私の知識では魔族とは弱肉強食、そして、勇者に追われる立場なのだ。だからこそ、強くなって戦えるようにならなければ……と、私は思っている。
魔法がある程度扱えるようになったら、剣の訓練もするつもりだ。
私の印象で言えば、父も母も相当な実力を持っている。魔力量も圧倒的で前世の魔王と遜色が無いほどの存在感だ。
前の世界では魔法の鍛錬は一定の年齢を超えないと肉体に反動が来ると言われており、十二歳を超える頃まで教わることさえ出来なかったが、この世界では五歳くらいから学ぶのが一般的だそうだ。ちなみに師匠からの受け売りである。
師匠は稀にみる天才らしく、先日も母が褒めていた。
今まで親兄弟という存在があって、そういう人達から褒めてもらうという経験をしたことの無い私としては、褒めて欲しい欲求もある。家族の中で最も強くなってやろうじゃないと企んでいるのだ。
いつか、勇者がやって来ても家族を守って戦うのだ。
ここならきっと化物だなんて言われない……言われないに違いない。
女神様だって見守ってくれているに違いないのだから。
「ふふっ、クローネはいつにもましてやる気に満ち溢れているのね」
「はい、おねーたまっ!」
「……でも、お父様やお母様には内緒なんだからね」
そう言って師匠であるリザはニコリと笑った。
リザってば、まだ七歳なのになんて大人っぽい雰囲気を持っているのだろう。きっと大人になったら超絶美人になるに違いない。母であるシュツェリーナも驚くほどの美人だけれど、どちらかというと愛嬌のある雰囲気を持っているが、リザは父であるヴァンヘリオによく似た冷たい雰囲気を持っている。
「あ、お母様とお父様が来たわよ」
リザがそういうと広間の扉が開き、父と母が姿を現す。
私はリザに手を繋がられ、両親の下へ駆け寄る。
「おはよう、私の可愛い娘達……」
そう言って母はリザを抱きしめから、私を抱きしめる。
これも朝の挨拶だ。前世ではこういった朝の挨拶が行われている家族を見たことが無かったのではじめは戸惑ったが今ではなれたものだ。
最近までは抱き上げられキスされまくって、ちょっとウンザリだったけれど歩き回れるようになると抱き抱えられることは少しだけ減った――ほんの少しだけだ。
「ああ、今日も可愛いな。私の娘達は……」
そう言って父はリザと私を抱き上げ頬にキスをする。
それを見ていた母は「私もしたい!」という表情でウズウズとしているのを見て私は心の中だけで苦笑いをした。
毎朝のことなのに、両親は毎日同じやり取りをしているのだ。
ちなみにリザ師匠は「新たな仲間が出来て嬉しいわ」と少しだけ苦笑いをして、そう言った。なお、上の兄曰く十歳くらいまでは止めないハズだ。兄弟全てがこの試練を受けて強くなっていくのだ。と、冷静な表情で言った……って、一体何があった!?
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