異世界転移で無双したいっ!

チートなし。少年よ、絶望に染まれ。
朝食ダンゴ
朝食ダンゴ

公開日時: 2021年9月5日(日) 21:02
文字数:7,716

 二年前、某日。大陸南部の大森林。

 朝陽は曇天に遮られている。全身に纏わりつく湿気た空気がひたすら不快だ。

 切り立った断崖の中ほどから大きく波打って伸びた大木の上で、ソーニャは優雅に脚を組んでいた。

「まだ来ないのかしら」

 何度目になるかわからない呟きを漏らし、彼女は眼下の郷に目を落とす。

 大きく開けた地に乱立しているのは、木材や岩石、土砂を魔法で加工した家屋だ。規模も外観も様々あり、それぞれが個性と嗜好を主張している。

 ここでは数百の魔族が小さな社会を形成していた。政治的な結びつきではない。そもそも国家を持たない魔族は、権力や経済といった概念とは無縁である。魔族における郷とは、強者の縄張りに住まう者達の共同体であり、その名は縄張りの主が持つ族号から取られることが通例だ。故にこの場所はパテルの郷と呼ばれていた。

「ピリピリしちゃって。みっともないったらありゃしない」

 湿った風がフリルのスカートを揺らす。郷を一望できるこの場所から、果物でも齧って住民の生活をのんびりと眺めるのがソーニャの日課だった。

 この郷は長らく平穏だ。郷主であるフィリウス・パテルは、この地域において頭一つ抜けた強さを持ちながら温厚な気質で知られていた。住人達は争わず戦わず、魔族にしては和やかな関係を築き上げている。

 だが、今日ばかりはいつもと事情が違った。広場に顔を揃えた住人らは皆一様に浮足立ち、喧々と議論を交わしたり争ったりしている。理由は他でもない。この地に魔王なる者がやってくるという知らせのせいであった。

「魔王……ねぇ。大袈裟も大袈裟。実際どんな奴なのかしら」

 この日からおよそ一か月前。南海岸に魔王を名乗る者が現れたとの噂が流れた。その者はまるで狩りでもするかのように森を練り歩き、郷を訪れては強大な力でことごとくを平定したという。すでに森林の南半分は魔王の手の中。魔族の過半数が魔王に屈服していた。

 その魔王がここにやってくる。もちろん縄張りを奪うために違いない。郷の住人達は戦って力を示すべきか、戦うことなく服従するかで割れていた。

 強さとは実戦の中でこそ明らかになる。だから魔王と一戦交えるべきだ。

 否。多くが従属した今、すでに力は示されたも同然。

 戦にて武勇を示すは我らの誇り。戦って勝つもよし、敗れて死ぬもまたよし。

 否。無駄な血を流す必要はない。強さとは生きる為の力であり、滅びへの動力であってはならない。

 ソーニャの艶やかな唇から、ふわりと吐息が漏れた。

「話し合いなんて、意味ないでしょーに」

 住民の序列は、魔族がなによりも重要視する個の武勇によって決められる。普通は上位の者の意見が優先されるものだが、今はちょうど同列の者達の間で意見が割れていた。郷主フィリウスの不在が対立に拍車をかけていた。

 とはいえ、手段は違っても目的は同じ。誰もがこの郷と、そこに住む人々を守ろうとしている。彼らにも郷土愛があり、住みつく地を守ろうという熱意があるのだ。

 個人主義の魔族といっても、共同体の中では互助的な生活を営む。郷によって差異はあるものの、多くは共通の不文律に則っており、種の文化ないし慣習として定着していた。

 弱者は従い、働き、貢ぐ。

 強者は導き、守り、与える。

 それが魔族の法だった。

 一方ソーニャには郷を守る気などさらさらなかった。縁もゆかりもない土地だ。誰のものだとか、どのように変わるだとか、そんなことはどうだっていい。彼女の好奇心は、ただ魔王なる人物だけに向けられている。

 魔族社会にあって、ソーニャははぐれ者だった。強さを至高の価値とする古臭い観念がどうにも肌に合わなかったのだ。力の価値を否定するわけではない。生きる為、望みを叶える為の力は必要だ。ソーニャとて力を得るための鍛錬は欠かさない。けれど他にもっと大切な事があるんじゃないか。着飾ったり、芸を嗜んだり、美しいものを愛でたり、人生は未知なる価値で溢れている。

 むろん魔族にも風流を見出す感性がないわけではない。絵の道を極めようとする男もいれば、美食に生活を捧げる女もいる。娯楽に興じる老人がいて、学問に没頭する若人がいた。だが彼らは皆、軽蔑の対象とされた。古くから力を持つ魔族が形成した因習のせいで。

 趣を是とするソーニャは、郷を転々としては新しい魔族のあり方を模索し続けている。

 そんな彼女を、魔族達は人間かぶれと揶揄した。

 それでいい。ソーニャは、人間と人間が作り上げた文化が好きだった。憧れていると言ってもいいくらいに。

 騒ぎの原因である魔王もまた、魔族らしからぬ価値観を持っていると風の噂に聞いていた。だから興味が湧くのだ。一体どんな人物なのか。

「来た……!」

 遠方。長く曲がりくねった林道に、小さな二つの影が現れた。

 立ち上がって目陰を作るソーニャ。

 黒一色の異装。黒髪の若い女。隣に幼い子どもを連れている。

 この辺りでは見ない顔だ。風聞にある魔王の特徴とも一致する。

 間違いない。ようやくやってきた。

 力を是とする魔族の世で、王を自称する不敵な輩。

 カイリ・イセのお出ましだ。

 ソーニャはすぐさま崖を駆け下りた。真っ逆さまに森に入り、木から木へと軽快に飛び移って、あっという言う間に郷に辿り着く。

 広場に現れたソーニャを見た住民達は溜息を吐いたり顔をしかめたりしたが、それ以上は反応しない。いつもならそれでも構わないが、今回ばかりは事情が違った。ソーニャはずかずかと議論の輪に踏み入ると、ぐるりと住民達を見回した。

「ふふん」

 ざわついていた広場がわずかに静まる。場の注目を一身に浴びたソーニャは、細い腰に手を当て、したり顔を浮かべてみせた。

「んだよ。今はお前に構ってる場合じゃねぇんだ」

「あっち行ってろ! 人間かぶれ!」

 議論の中心者達にすげなくされるが、ソーニャをそれを意にも留めない。

「ふーん、あっそ。でもいいのかしらぁ? のんびり話し合いなんかしちゃってて」

「あ? 言いたいことがあんならさっさと言えよ」

 白い人差し指を、ゆっくりと郷の入口に向ける。

「きちゃったわよ。魔王」

 ソーニャが指した方へ、皆が揃って目線を移した。

 魔族は視力にも秀でている。住民のほとんどが、郷へと近づいてくる小さな二つの人影を捉えていた。

 にわかに騒然さを取り戻す広場。先刻とは比較にならないほど盛んなざわつきだった。

「時間切れかよ。議論は終いだな」

 対立陣営の一方。抗戦を主張していた若い男が、郷の出口へ足を向ける。

「おい待て! 話はまだ終わっていない!」

 それを止めたのは、恰幅のいい壮年の男性だ。

「なんだ? 魔王とやらはすぐそこまで来てんだぜ。この期に及んでのんびりお喋りかよ?」

「時間がないからこそ、早急に魔王を招き入れる準備を整えるべきだ」

「日和ってんじゃねぇよ。あんたもこの郷の二番手なら、地元を守る気概見せろや」

「言いたいことはわかる……しかし世界は広いんだ。私もお前も決して弱いとは思わないが、世の中にはどんなに背伸びしたって敵わない相手がいる。郷主とてそうだろう」

「だから戦いもせずに下れってか? 強ぇかどうかも分からねぇ相手に?」

「私は誰にも死んでほしくないのだ。わかってくれ」

「わからねぇな。強ぇ奴に挑んで死ぬなら本望だぜ。あのルーク・ヴェルーシェは、そうやって戦い続けて最強になったんだ」

 周囲から同意の声があがる。多くは血気盛んな若い魔族達。

 めざめの騎士を一騎討ちにて破ったルーク・ヴェルーシェの名は、今や大陸中に轟いている。若者の間で命より武名を重んじる傾向が強まったのも、彼の武勇伝によるところが大きい。個の武勇を至高の価値とする魔族にとって、ルークの生き様はなにより魅力的に映った。

「行くぞ! 魔王と戦いてぇ奴は俺に続け!」

 降伏派の制止も聞かず、青年達はこぞって郷から飛び出していった。ある者は飛空魔法を用いて。ある者は強化した脚力で。ある者は従僕の獣を駆って。

 残された者達は恐々とその後姿を見送るのみ。

「あたしも行こーっと」

 ソーニャは抗戦派の後を追う。もちろんそちらの方が面白そうだから。それ以外の理由はない。

 飛空魔法で一直線。若者達が魔王と対峙したのを見て、ソーニャは近くの樹上から見物を決めこむ。

「さーて、どうなるかしら」

 梢に腰を下ろし、大仰に脚を組んでから、彼女は林道を見下ろした。

 聞こえてきたのは素っ頓狂な声だ。

「こいつが魔王?」

「なんだよ。ガキじゃねぇか」

 若者達の視線は異装の少女に注がれている。彼らは魔王を三十代半ばだとあたりをつけた。魔族の基準ではまだ子どもである。

 魔族の寿命は人間の約三倍。十歳までは人間と同じように成長し、そこから急激に魔力が発達すると、肉体の成長と老化が遅くなる。過酷な環境で生存するため、若い期間を長く保てるように進化した結果であった。魔族の文化圏では五十歳を越えてようやく一人前と見なされる。肉体と魔力が全盛期を迎えるのが、それくらいの年齢であるからだ。

 この場に集まったのは、皆が五十歳前後の若者達ばかり。彼らから見て、魔王は幼く未熟な少女に過ぎない。

「やいやいやい! どういうつもりだお前ら! 口の聞き方に気をつけやがれ! このお方は魔族を統べる魔王様だぞ!」

 魔王の供が高い声を張った。みすぼらしい装束を痩身に纏い、薄桃色の髪をぼさぼさに伸ばしている。歳の頃は十代半ば。魔王よりも更に小さく幼い少女であった。

 若者達は呆気に取られている。魔王というくらいだから、それこそルーク・ヴェルーシェのような屈強で威圧的な大男がやってくるとばかり思っていた。その想像に反して、現れたのは幼い少女二人。彼らの困惑も仕方ない。

「こら。そんな言い方したらダメでしょ、トト」

 穏やかとも剣呑とも言えぬ雰囲気の中、魔王は従者の頭を優しく叩いた。

「だって魔王様」

「いいの」

 叱られたことに不貞腐れ、トトと呼ばれた少女は魔王の後ろに引っ込む。

 場の視線を一身に集めた魔王は、あたふたしながら足を揃える。洞察力に優れた何人かは、彼女が森を歩くには適さない底の浅い革靴を履いていることに気が付いた。

「あの、えっと」

 きゅっと唇を結んだ魔王は、両手を胸の前に上げて右手の甲を左手で包み込む。それから、ゆっくりと細い腰を折った。

「はじめましてっ。わたし、カイリ・イセって言いますっ」

 ぎこちない所作。あまりに不慣れな敬礼である。

 若者達からどっと笑いがあがった。

「魔王ごっことは、恐れ入ったな」

「はぁ……こんなちんちくりんな魔王がいてたまるかよ」

「いいじゃない。子どもらしくてさ」

 本物の魔王は他にいて、カイリ達はその話題に便乗して遊んでいる。彼らはそう受け取った。

「何言ってるの。あいつら」

 擦れた声は、ソーニャのものだ。

「ウソでしょ……? なんでわかんないのよ」

 近くで見ればまざまざと感じる。カイリが秘める途方もない魔力。底知れぬ圧力。押し潰されそうな正体不明の重たさが、華奢な両肩に容赦なく圧し掛かる。

 上手く隠しているようだが、人一倍魔力に敏感なソーニャだけは看破していた。ごっこ遊びなんかじゃない。カイリは正真正銘本物の魔王だ。

 ソーニャの本能がけたたましく警鐘を打ち鳴らしている。死にたくなければ今すぐ逃げろ。出来るだけ速く、出来るだけ遠くへ。

「底なしのバカだわ。あいつら」

 あんな化け物を前にしてヘラヘラと笑っていられる神経が理解できない。

 確かに可憐な容姿だ。仕草も可愛らしい。だがその裏に鎮座する捉えきれぬ存在感は、まさしく魔王と呼ぶに相応しい威容であった。

「えっと……わたし、フィリウス・パテルさんって人に会いに来たんです。この辺りに村があるって聞いて」

「嬢ちゃん。フィリウスのオヤジに何の用だ?」

 抗戦派筆頭だった青年がずいっと身を乗り出した。

 カイリはにっこりと笑って、

「お友達になって欲しいんです」

「はぁ?」

「今、いろんな郷の人にお話をして、みんなでまとまっていこうってお願いして回ってるんです。それで、次はフィリウスさんのところにって」

「まとまるだぁ? へぇ? 一体誰に従えっつーんだ?」

 青年は冗談半分で話に乗る。このひ弱そうな少女がどんなことを言い出すのか、なにを言って笑わせてくれるのか。子どもをあやすような心持ちだった。

「誰って、魔王様に決まってんだろ。他に誰がいるんだよっポンコツ野郎っ」

 カイリの後ろでスカートにしがみつくトトが、噛みつくように言い放つ。

「こらトト」

「魔王様はすっげーお強いんだぞ! てめぇらみたいな弱虫、束になってかかったって敵いやしねぇ!」

「ほーそうかい。そんな強いってんなら、ぜひとも手合わせしてもらいてぇなぁ。なぁお前ら!」

 青年が振り返ると、若者達は口々に同意を言葉にする。

 力を信奉する魔族に、弱いだとか相手にならないだとかは禁句である。そんなことを言われれば、彼らは己の力を誇示したくてたまらなくなってしまう。

「子どもだからって甘えんじゃねぇぞ。ちょっと痛い目見てもらうぜ」

 若者達の怒りを感じ取って、カイリは慌てて頭を下げた。

「ごめんなさいっ。この子ったら調子に乗って変なことばっかり言っちゃうんです。そのせいでいっつも人を怒らせちゃって」

 カイリはまだ魔族の文化や価値観に疎かった。これまでもトトが他人を怒らせたことは多々あったが、彼らがなぜ怒ったのかを未だに理解できていない。

「あの……謝ります。私達ホントに、フィリウスって人に会いに来ただけなんです」

 カイリの言葉がどのように解釈されるか。

 お前のような雑魚に用はない。さっさと郷主のフィリウスを出せ。

 概ねこういった意味合いの挑発文句である。誠意を込めたはずの謝罪が、青年の闘争心に火をつけてしまった。

「上等だよガキ……!」

 彼の全身に魔力がみなぎる。赤紫の波動が炎の揺らめきとなって、引き締まった輪郭を曖昧にした。

「なぁ、おい」

「ほんとにやるの?」

「黙ってろ」

 相手は子ども。流石に大人げない。比較的冷静な取り巻きが諫めるも、青年は一顧だにしなかった。見るからに弱者であるカイリに――わざとでないにしろ――はっきりとコケにされて流せるほど大人ではないのだ。

 フィリウスに次ぐ強者である彼に意見できる者はいなかった。皆やれやれと呆れるか、好奇の笑みを浮かべるかのどちらかである。

「ほらな魔王様。やっぱこうなるだろ? 魔族ってのはそういうもんなんだよ」

「トトが焚きつけたんでしょ。もうっ」

 ぷんぷんと腹を立てるカイリ。

 樹上で見物するソーニャには、その緊張感のなさがかえって不気味だった。

 カイリは上目遣いで青年を見る。

「あの……戦わなくちゃダメですか?」

「安心しな。殺しゃしねぇよ」

 犬歯を剥き出しにする青年。左右に構えた両手が、爆ぜるように燃え上がる。

「消えねぇ傷は覚悟してもらうがなぁッ!」

 躊躇いはなかった。

 先制の炎弾二発。分厚い風切り音より速く、それはカイリに直撃していた。

 轟音。赤紫の爆炎が膨れ上がる。重たい爆風が生じ、煙幕じみた砂塵を巻き上げ、幾重もの衝撃波が一帯を揺るがした。

「ハッ。どーよ!」

 凝縮された破壊のエネルギー。言葉とは裏腹に、彼が放ったのは渾身の攻撃魔法。

「あーあーあー」

「やっちゃった……」

 爆炎が溶けていく。後には少女の残骸が転がっていると、誰もが信じて疑わない。

 だが。

「……は?」

 青年は愕然とした。

 かき消えた炎の中から、腕で顔を覆うカイリが現れた。体にも衣服にもかすり傷一つついていない。何事もなかったかのように佇んでいる。顔を守ったのは防御ではなく、まったく反射の行動でしかなかった。

「ウソ? 不発?」

「……違う」

 カイリの足元から背後にかけて、爆炎の影響ははっきりと現れている。大地は抉れ、草花は燃え尽き、樹齢百年を超える大木が幾本もへし折れている。余波だけでこの威力。直撃を受けたカイリが原型を保っていることは、あまりにも不自然だった。

「あの、ごめんなさい」

 口をついて出たのは再三の謝罪。

「本当にわたし、戦いたくないんです。あなた達を傷つけたくないんです」

 きっとそれは偽りない本心であったが、魔族の耳は挑発と聞く。

 魔族古来の文化に、情けや手心といった概念はない。ひとたび戦いが始まれば、全身全霊をもって勝敗を決する。たとえ望んだ戦いでなくとも、それが挑んできた相手への敬意である。現代日本的なカイリの振る舞いは、彼らに対して無礼千万といえた。

「ほら、トトも謝って。失礼なこと言ったでしょ?」

「何言ってんだよ魔王様。謝る必要なんかねぇって。下っ端のザコなんだしさー」

「もう。この子ったら」

 彼女はこれまでにも同じような場面を何度も経験している。郷を訪れる度に戦いを挑まれても、一貫して平和的な姿勢を崩さない。懲りずにそんなことを続けていると、終いには問答無用で襲いかかられる始末。

 心を開いて語り合えば、きっとわかり合える。生まれた世界で培ったカイリの信条は、異世界という新天地において通用しなかった。あるいはこれが人間の住む地であるならば、また違ったのかもしれない。

 ここにカイリの心境をただ一人理解できる者がいた。人間かぶれのソーニャ・コワール。彼女はカイリの人間的な思考を敏感に感じ取っていた。

「よし」

 ソーニャは機を見て、さっと梢から飛び降りる。対峙する青年とカイリの間に割って入ることで、困惑に満ちた場を途端に制してしまった。

「はいはい、もういいでしょ。おしまいおしまい」

 ぱんぱんと手を叩いたソーニャに場の視線が集中する。そんなものはお構いなしに、彼女は呆けるカイリの手を取った。

「はじめまして魔王様。あたしはソーニャ・コワール。郷主のフィリウスはただいま不在でして、よろしければ帰ってくるまであたしの家でおくつろぎください」

「へ? あ、えっと……あ、ありがとう?」

 突然降ってきた見目麗しい少女に、カイリは困惑する。ソーニャの装いは他の魔族とは趣向を大きく異にしていた。フリルをふんだんにあしらったドレスは、いかにも人間文化的であるように見える。

「おいコワール! テメェまた邪魔する気かコラ!」

「あらぁまだいたの? ていうか、邪魔するも何もあなたの負けでしょー? 負けっていうか惨敗? 戦いにもなってなかったけどねぇ。だからほら、とっとと消えちゃっていいわよぉ」

「ほざけや!」

 青年の両手が再び爆ぜた。先程と同じく二発の炎弾が飛来する。

「あっ」

 カイリの声。

 ソーニャは振り返ることもなく、迫る炎弾に向けて指先をぴんと弾く。そこから放たれた木の実ほどの黒い火が、赤紫の炎を貫いて消し飛ばした。黒い火はそのまま青年の胴体に着弾。分厚い爆音が轟き、黒煙が膨れ上がった。 

「愚図が構わないでくれる? 力の差もわかんないくせに」

 返事はない。青年は白目を剥き出して崩れ落ちていた。上衣は無残にも吹き飛び、たくましい肉体から皮膚が剥がれ落ちている。

「さ、行きましょう。魔王様」

「え? あの、でも……」

「いいからいいから」

 カイリの目は、倒れた青年をじっと見つめていた。

「あの人、大丈夫なの?」

「死んじゃいませんよ。消えない傷は残るでしょうけど」

 心配そうに見つめるカイリと、その手を引いて郷に向かうソーニャ。それに付き従うトト。

 周囲の若者達は、ただ呆気に取られ言葉を失っていた。

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