いつのことだったか。
清々しい風を浴びながら、青空に浮かぶ入道雲を見上げていた。
「だいぶ仕上がってきたな」
感慨深く呟くカイトの隣には、ぴたりと寄り添うように少女の姿があった。
「あなたのおかげ」
「そうか?」
真正面から褒められると、照れくさいものだ。
後頭部を掻きながら、景色に目を向ける。
「良い眺めだ」
二人は切り立った断崖の上にあった。
眼下には広大な森が広がり、遥か遠くに水平線を臨み、頭上には青い空があり、そこには白い雲が流れている。
「うん、素敵な眺め」
少女が首肯して、ほんの僅か微笑んだ。
カイトは、節張って皴だらけになった自分の手を見つめる。
「いつの間にか、随分と老けたもんだ」
時間の流れから隔絶された存在には、肉体の老化がない。そもそも肉体が存在するのかどうかも定かではない。
だが、彼の身体は大きく傷んでいた。生命力を失い続けてきた彼の全身は、深い皴にまみれ枯れ木のように退化している。
「マナの満ち満ちた世界。本当に、きれい」
少女の声はいつになく弾んでいて、カイトを少しだけ驚かせた。
「喜んでくれてるなら、まぁいいか」
カイトは衰弱した腕で少女を抱き寄せる。
少女から感じる温もりも、柔らかさも、紛れもない真実だ。
物質であろうと概念であろうと、今ここにある感情は決して偽物じゃない。
今はただ、それだけでいい。
「マナ。生命の根源。万象の源」
祝詞のように言葉を紡ぐ少女。
「この世界が、私達の楽園になる」
「楽園か。そりゃあいい。期待に胸が膨らむ」
しみじみ言ったカイトを、少女の黒い瞳が覗き込む。
「とても苦しくて、辛い旅になる」
「楽園なのに?」
少女は小さく頷いた。
「楽園だからこそ」
断崖に風が吹く。
新たな世界の産声が、二人の耳を優しく撫でていった。
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