異世界転移で無双したいっ!

チートなし。少年よ、絶望に染まれ。
朝食ダンゴ
朝食ダンゴ

公開日時: 2021年1月11日(月) 20:38
文字数:4,619

 ジークヴァルドを斬り捨てようとしたルークの大剣は、すんでのところでその軌道を変える。横合いから飛来した一本の槍を切り払うためであった。

 ルークに生まれた一瞬の隙。歴戦の老将軍は、その好機を見逃さない。

「えぇいッ!」

 即座に馬を操り、後ろ足で立ち上がらせる。いわゆるクールベット。立ち上がった鎧馬は両の前脚でガンドロフの頭部を叩き大きくよろめかせた。

「ほう」

 武器を失ったジークヴァルドに出せる最大威力。的確な判断による起死回生の反撃に、ルークは感嘆を漏らす。馬を翻し去っていくジークヴァルドを追わないのは、投槍を放った者への警戒だけでなく、磨かれた馬術に贈る称賛の意味もあった。

 そしてやっと、ルークは槍が飛来した方角を見やる。

 広大な平原の遥か奥に現れた、数千の軍勢。

 砂煙を上げて進軍してきた軽騎兵達は、その勢いのまま戦場へと突入してきた。彼らはデルニエールの城壁へ向かって進路を取り、未だ続く眷属との戦いに加勢する。

 ただ一騎。葦毛の馬を駆る蒼い鎧の騎士が、ルークのもとへ猛進していた。

「我こそはメック・アデケー王国七将軍が一騎! 能器将軍ハーフェイ・ウィンドリン!」

 雄々しき名乗りは、戦場の喊声を抜けてルークへと突き刺さった。

「悪しき魔族の将よ! 乙女に代わり、その首もらい受ける!」

 一騎討ちの誘いを受け、ルークは剣を握り締める。

「七将軍」

 王国が誇る騎士の最高峰。七将軍の武勇は広く世に轟いている。ルークとてその称号に些かならず興味を抱いていた。

 人間最強を称する七将軍らが、一体どれほど強いのかと。開戦から幾ばくか。ついに見えることができた。

 兜から覗く金の隻眼が、期待を湛えて細くなる。

「力量を見せてもらおう」

 またとない機会。もはや場数を踏んだだけの老将軍など問題ではない。

 ガンドルフが大地を蹴った。飛翔のごとき疾駆は、瞬く間にハーフェイとの距離を消滅させる。

「ゆくぞ四神将!」

 ルークの大剣と、ハーフェイのバルディッシュが、互いの威勢と共に重なった。

 たった一合。

 二人の激突は凄まじい衝撃を生み、しかし互いに一歩も退かず、故に余波となって周囲に拡散した。ルークが秘める膨大な魔力と、ハーフェイが纏う強化魔法の輝き。それは戦場全体に波及し、眷属や兵士達をひとたび煽った。

「ふ」

 漏れる笑声。

「何を笑う! 俗物め!」

 ハーフェイがさらに力をこめると、ルークもそれに応じて押し返す。拮抗も一瞬、両者は馬ごと後方に跳躍し、改めて対峙する形となった。

「これは愉快」

 喜びを堪えるように呟く。

 強者との邂逅は、彼が常に求めてやまぬ糧のようなものだ。ルークにとっては死闘こそが生きる意味であり、生の本質であった。

「遠慮は無用か」

 大剣を一振り。ルークはその身に仄かな煌めきを纏う。漆黒の鎧を薄く包み込むのは、彼自身が持つ魔力の顕れだった。

 魔族が魔力を纏う行為は、人間が強化魔法を用いることによく似ている。体内の魔力を活性化させることで、膂力を増強し、感覚を鋭敏化し、身体能力を底上げする。自らの肉体を戦闘に特化させるのだ。

 そもそも魔族は多種族に比べて遥かに頑丈かつ長寿だ。その所以は、彼らの有する膨大な魔力にある。魔力は常に体内を循環し、その恩恵を与え続けるのだ。

 魔力とは即ちマナ。マナとは全ての生命の根源である。内なる膨大な魔力は、強靭な生命力と同義なのだ。

「こけおどしだ。この能器将軍に、そのような虚勢は通用せん!」

 先程の一合で、お互いの力量は大方把握したはずだ。彼はルークの実力を知ってなお、十分に勝機があると踏んでいるようだった。

 少しは楽しめそうだ。ルークの心はほんの少しの笑みを浮かべる。

 両者はどちらからともなく愛馬を走らせ、今一度武器を打ち合わせた。

 戦いは苛烈を極めた。

 一合打ち合わす度、その衝撃は天を衝き大地を震わせる。全速力で駆け続ける馬の上で至近距離を保ちながらの接近戦。

 ルークは力と速さをもって真っ向から斬撃を繰り出す。身の丈ほどの大剣を片手で軽々と振り回し、一向に疲れを見せない。

 対するハーフェイはバルディッシュを巧みに操り、ルークの剣を捌いていく。単純な力で及ばずとも、捌きの技術は一流だ。強く速いだけの攻撃を容易くいなしている。一瞬の隙をついて繰り出される鋭い反撃が、何度かルークの鎧を掠めていった。驚くべきは、その技を重厚長大なバルディッシュで実行する技量だ。

「いい腕だ」

 間断なき剣戟の中、ルークは称賛を嘯く。

 能器将軍の名に恥じぬ技巧。ハーフェイは紛れもなく天才であった。若くして七将軍に名を連ねる腕前は伊達ではない。

 ルークとて、彼を当世の英雄であると認めるになんら吝かではなかった。

「だが、まだ足りん」

「ほざけ!」

 無造作に薙いだ大剣はやはりハーフェイに受け流され、ルークは致命的な隙を晒してしまう。

「もらったぞ!」

 がら空きの胴にバルディッシュが迫る。いかに鎧に守られていようと、直撃すれば重傷は避けられない。一騎討ちにおいてそれは敗北を意味する。

「死ねぇッ!」

 無論そのようなことにはならない。紙片でも摘まむかのように、ルークが手綱を握ったままバルディッシュの先端を受け止めたからだ。

「なッ――」

 これにはハーフェイも虚を衝かれた。たった二本の指に挟まれたバルディッシュは岩石に突き刺さったが如く、押そうが引こうがびくともしない。

 視線が交錯する。両者の眼光が放つ圧力には、大きな差が生まれていた。

 ハーフェイは武器を手放し、ルークから距離を取る。

「化け物め……!」

 その一言が、ハーフェイの心境を如実に表していた。

「どうした七将軍。そのていどか」

 ルークが重々しい声を口にする。

 敵を煽るような文句であったが、彼は決して挑発をしたつもりはない。

 むしろ逆。期待しているのだ。

 王国最高の騎士を称する七将軍が、まさかこれで全力というはずがない。まだ隠している力があると信じてやまなかった。

「出し惜しみは好かん。生半で俺を倒せると思うな」

 それを聞いたハーフェイがいかに思うか、ルークは思い至らない。彼は優秀な戦士ではあったが、如何せん心の機微には疎かった。バルディッシュを指で弾き飛ばし、ハーフェイの手元へと送り返す。

「随分と甘く見られたものだな……!」

 安い挑発と捉えたハーフェイは、兜の下でこめかみを震わせる。高い気位は、軽んじられることを許さない。

「望み通り、全力で葬ってやろう!」

 手中のバルディッシュ。ハーフェイはその石突を地面に叩きつける。

 次の瞬間。その長柄がまばゆい光を放った。青い輝きはハーフェイの空色の髪によく似ている。彼の魔力が武器に注ぎ込まれ、今まさに変質しつつあった。

 バルディッシュは形状を変え、長大な一振りの剣となる。否、剣と形容するにはあまりにも太く、長い。樹齢を重ねた大木が如く、高くそびえる様はまさに塔である。

 ルークの瞳が細まった。

 力強い魔力だ。制御は粗く不安定。だが未知数の威力を秘めている。

「それでいい」

 ルークは握った大剣を凝視する。百年近く共にした自慢の剣である。鉄を容易く斬り裂き、巨岩を叩き割る。それでも、ハーフェイが振りかざす光の巨塔に比べなんと頼りないことか。

 ただ見た目に限れば。

「受けてみよ! 乙女より賜りし我が神器の力!」

 雄叫びと共に振り下ろされた光の巨剣。青白い太陽にも見紛うその輝きを、ルークは防御することもなくその身に浴びた。

「これは――」

 凝縮された魔力が刃となってルークを圧し潰す。漆黒の鎧は表面からじわじわと削り取られ、更には鎧を貫通して内部へと影響を与える。

 純粋な魔力の塊であるガンドルフは、強烈な神器の波動を浴びて輪郭を曖昧にする。胴体には細かな穴が空き、欠損する部位もあった。

 なんという重圧。

 なんという威力。

 直撃を受けたルークの口から吐き出されたのは、吐息にも似た短い笑声だ。

「いいぞ」

 全身に傷を増やしながら、回避も防御も試みない。

「死が見えてこそ戦と言える。七将軍の名は、伊達ではない」

 全身を責める熱と痛みが心地よい。

 これぞ死闘。生者のみが享受できる悦楽だ。

「ゆくぞ。ガンドルフ」

 ルークの呼びかけに、鋭い嘶きが呼応した。

 猛り狂う魔力の奔流の中。一人一騎は悠然とその歩みを進める。負傷は厭わない。むしろ喜んで傷を負おう。

「血迷ったか四神将!」

 ハーフェイの表情には勝利の予感が垣間見えていた。乙女より与えられし神器の力を解放したのだ。神の力。その直撃を受けて倒れぬはずがないと。

 だが、ルークとガンドルフの歩みは止まらない。

 神器の攻撃にその身を晒しながら、やがてハーフェイの眼前まで辿り着く。

「馬鹿な……! こんなこと、あるはずが――」

「まだ足りん」

 漆黒の大剣一閃。ルークの一撃が、ハーフェイの神器を打ち払った。

 ただの無造作な斬り上げは光の巨剣を両断し、強烈な魔力の奔流は霧の如く散って虚空へと溶けていく。青白い光の粒が舞う様は神秘的でさえあったが、ハーフェイにとってはまさに絶望以外の何物でもない。

「これでは、酔えんな」

 魔族特有の戦酔い。ルークはまだその域に達していない。素面のままだ。それはつまり、この戦場に彼を脅かす存在がいないことを意味する。

 戦意を喪失したハーフェイに興味はない。ルークは何の感慨もなく背を向けた。

 名将ジークヴァルド。能器将軍ハーフェイ・ウィンドリン。彼らへの期待はすでに失望へと変わっていた。

 ルークは人間の強さを知っている。否、強い人間を知っていると言うべきか。

 かつて敵であり、そして友であったアーシィ・イーサム。歴代でも最強と名高いめざめの騎士であったあの青年は、まさしく好敵手と呼ぶにふさわしい強者だった。剣を交えること幾度、互いにしのぎを削り合ったものだ。

 だが、決着の機会は永遠に失われてしまった。世界の危機を前にして、アーシィは自ら死を選んだのだ。直接手を下したルークに、勝利の余韻などあるはずもなかった。

「ルーク、もう帰るの?」

 陣へと戻る彼の頭上に、シェリンがふわふわと舞い降りて来た。彼女はたなびくロングスカートと、風に流される白金の髪を押さえている。

「興が失せた。あとはコワールに任せる」

「あっちも結構苦戦してるみたいだけど?」

「放っておけ」

 戦況の推移には興味がない。

 人間相手にソーニャが敗北するとも思えない。ルークにとって彼女は未熟な小娘に過ぎないが、それでもれっきとした四神将の一柱である。

 この時、飛空魔法を駆使する魔族達はデルニエールの城壁に取りつけずにいた。城壁から絶えず放たれる弩砲、投石、攻撃魔法などの対空手段、そして堅固な防護魔法に守られた城壁に苦しめられていたのだ。

 ソーニャの活躍によってデルニエール術士隊は壊滅状態であったが、槍衾のように飛んでくる対空攻撃に対しては、どうにも攻めあぐねてしまう。

 多くの眷属を投入した地上戦においては、ハーフェイが率いてきた軽騎兵隊と、戦線に復帰したジークヴァルドの単騎奮戦によって、魔族側は攻勢を失いかけていた。

 戦況は硬直状態に陥りつつある。

 このままルークが戦場に残ればどうなるかはわからない。しかし彼はもう戦への意欲を失っていた。新たな敵が現われでもしない限り、静観を決め込むつもりである。

 七将軍の一人ハーフェイもまた、敗北の汚泥に呑まれ呆然自失の只中にあった。彼の力が戦場で活かされることは、少なくとも明日まではないだろう。

 デルニエール攻防戦初日。

 双方に多くの犠牲を出しながらも、故に戦いは長期戦の様相を呈していた。

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