世界の黎明。
生命の誕生から間もなくして、少女は一人旅立った。
創世の宮を覆っていた無限の灰は、大地となり、海となり、そして空へと変わっていた。
産声をあげる世界を歩き、新生の輝きに心躍らせ、命に満ちた自然を愛でる。願い欲した新世界は、あまりに尊く美しかった。
ある時、澄んだマナから心を持つ者が生まれ落ちた。彼らは誰に呼ばれるまでもなく少女の許に集い、教えと導きを請う。赤子が母を求めるように。闇に光を見出すように。
少女はいたく喜んだ。集った者達は皆、胸中に尊極の生命を具えていたからだ。それらは彼女が待ち望んだ限りない希望の種であった。
彼らがこの世界を担うことを望むと、少女はその願いを受け入れ、自らの一部をそれぞれに分け与えた。
ある者には知を。
ある者には力を。
そしてある者には秘宝を。
彼らの心に溢れたのは、無尽の感謝と無量の歓喜。
その時より、少女は母となり、そして女神となったのだ。
多くを失った少女は未来を我が子らに託すと、ひとたびの眠りについた。
やがて、種は芽吹く。生物として独立したかつての子達は、それぞれの確かな文化に根付いていった。
英知を養う人間。
力を信ずる魔族。
秘宝を守る獣人。
ついに世界は女神の手を離れ、新たな時代が訪れる。
破滅の始まりだ。
人々は母なる女神への感謝を忘れ、禁忌の術へと手を出した。
全ての生命の源であるマナを操作し、世の理を超えようとしたのだ。
清らかであったマナに不純物が混じると、それは淀みとなって徐々に生命を蝕み始めた。多くの者は淀みへの耐性を手に入れたが、淀みが濃くなるにつれて生物の適応能力にも限界が見え始める。
古く打ち捨てられた神殿で眠っていた少女は、世界の調和を取り戻すために目を覚まし、調停の旅に出る使命を定めた。
当時、人々は戦に明け暮れていた。手にした禁忌の力を振るい、国土を広げ、他者を支配せんとする。世は乱れ、天地は汚れ、人心は深い絶望の中にあった。
多くを失った少女に、そのような世界を歩くことはできない。永き時、少女は使命を果たせず、苦しみ、途方に暮れていた。
そんな時に出会ったのが、マナの淀みに喘ぐ一人の少年であった。少女はその少年にかつての伴侶を重ね合わせ、気が付けば救いの手を差し伸べていた。
少女の抱擁を受けた少年はひとときの安寧を得た。しかしながら、淀みの脅威から解放されたわけではなかった。
少年は女神への感謝を思い出した最初の一人である。彼は生きるため、そして恩に報いるべく、少女と共に歩くことを誓う。
彼は使命にめざめたのだ。自身を騎士に見立て、少女の剣となり盾となった。
破滅に向かう世界を、救済するために。
彼らはたった二人、手を取り合い、悠久の旅路に足を踏み出す。
灰の巡礼は、こうして始まったのだ。
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