異世界転移で無双したいっ!

チートなし。少年よ、絶望に染まれ。
朝食ダンゴ
朝食ダンゴ

第5章

公開日時: 2020年11月12日(木) 23:44
文字数:2,852

 魔王軍は夜明けと共に攻撃を開始した。

 だが、城門を閉ざし守りを固めたデルニエールの攻略は容易ではない。攻城軍を構成する魔族の数は二百あまり。彼らが率いる眷属は四万を超えていた。これを人間の軍に換算するならば、およそ二十万の大軍勢に匹敵する。

 対するデルニエール守備軍は兵力二万にも満たず、その大半は民兵である。

 いくら強固な城塞を構えようとも、この圧倒的な戦力の差を覆すことは難しい。ソーニャをはじめとする魔族達は当然そう考えていた。

 ところが、緒戦はデルニエールが優勢であった。

 魔王軍は小細工を用いず一挙に眷属を突撃させたが、デルニエールの高い城壁から飛来する投石や太矢に次々とその数を減らしていった。城壁に取りついた眷属も多くあったが、登りきる前に叩き落されるのがほとんどであり、登りきった個体も集中攻撃を受けて脱落していく。

 魔王の眷属らが消滅していく様を、ソーニャは後方の野営地からじっと眺めていた。宙に浮かんで脚を組み、膝に頬杖をついている。不満げに唇を尖らせているのも仕方ない。

「ま、そー簡単にはいかないわよねぇ」

 自分を宥める呟きだ。思わず溜息が漏れる。

「あら」

 ソーニャの呟きを拾ったのはシェリンだ。

「戦いは思い通りにいかないから面白いんだって。いつもルークがそう言ってるわ」

 隣で優雅に宙を漂うシェリン。藍色の袖、ロングスカートの裾がふわりと舞う。

「あのねー。思い通りにいった方が楽しいに決まってるでしょ」

 ルークのような戦闘狂と一緒にしないでほしい。ソーニャは言外にそう伝える。

 彼が求めるのは闘争の為の闘争だ。勝利をこよなく愛するソーニャとは根本的に嗜好が違う。

「このままじゃ、いくら続けてもあれを落とすなんて無理よ。魔王様の眷属を無駄遣いするだけだわ」

 事は予想外の方向に進んでいた。

 デルニエールが優勢である最大の理由は、投石機や大型弩砲の大量投入である。

 攻撃魔法が発達した今の時代。かつて人間が開発した原始的な戦術兵器はとうに廃れ、攻撃魔法にその地位を奪われていた。威力やコスト、運用面において、歩兵を支援するには兵器よりも攻撃魔法の方が優れているということは周知の事実であるからだ。

 非効率なはずの旧式兵器を、デルニエールの指揮官はあえて選んだ。何故か。人間が放つ攻撃魔法では、魔族相手に大きな効果は得られないと学んだからだ。

 魔族は強靭な魔力耐性を持つ。前線を駆け回る眷属もまた同様に。故に強化魔法を施された歩兵が王国軍の主力を担っているわけだが、デルニエールの指揮官はその常識を覆した。

「岩を投げて攻撃するなんて、野蛮な人間もいるものね」

「あれが人間の知恵ってやつなんでしょー? 小賢しいったらありゃしないわ」

 シェリンの悩ましげな声に、ソーニャが呆れたように答える。

 戦況は変わらない。同じことの繰り返しで飽き飽きしてくる。このまま数で攻め続け、敵兵を疲弊させる手もあるかもしれない。生粋の魔族であるソーニャにとって、それは姑息な手段に思えた。

「退屈」

 ソーニャの口から蝶の羽ばたきのような吐息が漏れる。

 せっかく大きな戦いなのだから、派手に暴れたくなるのが魔族の性分だ。けれど、戦いに際して魔王から言い渡された方針がある。戦闘はできるだけ眷属に任せ、魔族達は後方で身を守ること。死傷者がでないようにとの配慮だろうが、戦いを前にして我慢できる魔族は多くない。

 現に今も、多くの魔族が各々声を上げて我先にと戦場に躍り出ていくところであった。

「あ、ちょっと! こら! 午前中は待機だって言ったでしょーが!」

 将であるソーニャの制止など意にも介さない。隊列や陣形などなく、個々の思うがままに飛空魔法を発動し、デルニエールへと飛び出していった。

「もー!」

 軍とは名ばかりの烏合の衆。それが魔王軍の実情である。魔王の圧倒的な力の下、辛うじて成り立っているだけの集団に過ぎない。

「落ち着いてソーニャちゃん。いつものことじゃない」

「だから怒ってんの!」

 魔王の方針に従わないのは、彼女を軽んじているも同然。組織的な行動を是とする文化を持たないとはいえ、王の意思を無視するとは何事か。

 ソーニャは自分の命令に従わないことではなく、皆が魔王に対する敬意を持たないことが不満なのだ。

「あ」

 ソーニャの肩をぽんぽんと叩いて宥めていたシェリンが、眼下のルークに気付いて口を開いた。

 闘気を漲らせ、身の丈ほどの大剣を担ぎ、戦場を見据えている。

「ちょっとルーク! あんたまで行くつもり?」

 声を張り上げたソーニャに見向きもせず、剣を地に突き立てるルーク。彼の傍らに生じた魔力の門から、一体の眷属が姿を現した。

 ルークと同じ漆黒の鎧に覆われた、雄々しき四つ足の獣。軍馬にも見紛う闇色の眷属は、赤い目を光らせて猛々しい嘶きを轟かせる。

「あら~。やる気満々って感じね」

 苦笑するシェリン。

「ゆくぞ。ガンドルフ」

 ルークの語りかけに嘶きで答えた眷属ガンドルフは、騎乗も待たず怒涛の勢いで駆け出した。

「ルーク! 魔王様のお言葉を忘れたわけじゃないでしょうね!」

 ソーニャの怒声を浴びてようやく頭上を見たルークは、彼女の不機嫌な顔とシェリンの困ったような笑みを捉え、しかし何も言わずに視線を戦場へ戻した。

「聞いてるの? ねぇ!」

 言い終わるかどうかのところで、ルークは大地を蹴って跳躍。砂塵を舞い上げて宙を斬り裂き、先行していたガンドルフに飛び乗る。無口な戦士は、爆ぜるような蹄鉄の音を引いてデルニエールへと突撃していった。

「あー! もぉー! どいつもこいつも!」

「ソーニャちゃん落ち着いてったら」

 長い銀髪を掻きむしり、ソーニャは頭を抱える。

 彼らにとって群れるとは弱者の証なのだ。真の強者は孤高である。それが魔族の共通認識であり、信念であった。

 魔王は絶対的強者にして孤高。故に魔族は言葉ではなく、その在り方を敬い、倣おうとしている。

 ソーニャにもその気持ちが解らないわけではない。魔王と親密な間柄でなければ、彼女も同じように魔王の言葉を軽んじていたかもしれない。

 だが、これは正義の戦なのだ。

 灰の乙女を邪悪な人間から救い出す聖戦なのだ。

 皆は、その大目的を見失っている。目の前の戦いだけしか見ていない。

 真に魔王の心を理解するならば、そんな振る舞いができようものか。

「仕方ないわね! こうなったら全員突撃よ! 被害が大きくなる前にデルニエールを落とすわ!」

 陣営に残っていた数少ない魔族に檄を飛ばして、ソーニャが前方を指さした。

「シェリン。あんたはヘマをした連中の援護をしてちょうだい」

「えっと……それはちょっと。私はルークにべったりのつもりだから」

 しなを作ったシェリンに、ソーニャの柳眉がぐっと吊り上がった。

「はいはい、じゃーいいわ! あたしがやりゃあいいんでしょーが!」

 味方を守るなんて柄ではないが、今は自分らしさを捨て置こう。魔王の為に。

 気乗りしない様子で、ソーニャは戦場へと飛んだ。

「はぁ。酔わなきゃやってらんないっての」

 求めるは戦酔い。

 魔族にとって最も無縁な言葉は、団結の二文字かもしれない。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート