いつのことだったか。
灰一色の大地の上で、カイトは退屈そうに胡坐をかいていた。
すぐ前で少女が正座を組み、カイトをじっと見つめている。
頭上には澄み渡るような青空が広がっていた。雲はまだない。
「空か」
「空」
記憶の中にある空と、何ら変わらぬ晴天だ。大きく息を吸ってみると、匂いもないのに郷愁を感じずにいられない。
少女も天を仰いでいた。彼女はどことなく微笑んでいるような、やっぱり変わらず無表情のような。とにかく、カイトには判断しかねる微妙な面持ちである。
「そういえば、女神様」
「なに?」
「あんたって名前あるの?」
しばらく共に過ごしてきたが、名前を尋ねるのはこれが初めてだ。
「いつまでも女神様じゃ、不便っていうか。なんか、距離感がわかり辛いんだよな」
少女は膝の上に両手を置いたまま微動だにせず、闇色の瞳を何度か瞬きさせた。
今ならばわかる。彼女がこういった仕草をする時は、何か思案を巡らせているのだ。名前を訊かれたことは、彼女にとっても想定外の出来事だったのだろう。
「好きに呼んでかまわない」
しばらくの沈黙の後、少女は普段と同じ声調で呟いた。
「好きにったって」
「名前なんて必要なかったから」
「そうだろうけどさ」
ぶっきらぼうに言いながら、カイトはなんとなく嬉しい気分になっていた。
二人きりの世界ではカイトだけが少女の名を呼ぶ。それはつまり、名付けを委ねられたことを意味している。そして、彼女の名を独り占めにできるということでもある。
「ちょっと、考えとく」
カイトはその決断を後回しにした。日和ったわけではない。名前をつけるという行為には、不可侵で聖なる意義があると、そう思うのだ。
今はまず、目の前のやるべきことに集中しよう。
この世界と、真摯に向き合うことを決めたのだから。
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