二人の旅は困難を極めた。
かつて全能であった少女は力を失い、未熟な騎士に武勇はなく、彼らを助けようとする酔狂な者など一人としていない。
多くの国家軍閥が覇権を争う時代。群雄割拠する大陸を渡り歩く彼らの旅は、常に死と共にあった。ある時は戦火によって、ある時は飢餓によって、ある時は病によって。二人はいくつもの死を体験した。
彼らに憑りついた宿命は、死をもってしても解放を許さなかった。死の度に転生する少年と少女。二人は再び出会い、また歩き出す。
幾度も足を止めた。涙を流した。壮絶な運命に心折れた少年が、少女と離別したこともあった。だがどれだけ離れようとも、彼らの因果は必ず交差した。それが世界の理であるかの如く、何者も、彼ら自身でさえ、決して二人を分かつことはできなかった。
淀んだマナを浄化するため、果てない旅路を歩む二人。しかし、力を失った女神の御業はあまりに拙く杜撰であった。マナから淀みを切り離し、原初の灰へと還元する。それは単なる問題の先送り。浄化というより糊塗というのが適切である。
それが少女の限界だったのだ。唯一残された力は、物質の根源である原初の灰を司ることだけ。マナに直接干渉することはもはや不可能だった。
故に少女が歩いた後には、無量の灰が降り積もった。大地を覆う灰を見た人々が何を思うかは想像に難くない。人々は少女を恐れ、忌み嫌い、そして迫害した。
少女の手腕は確かに不完全であったが、マナの淀みから人々を救ったのは紛れもない事実である。だが人々にはそれが理解できなかった。誰が言い始めたか。皮肉と揶揄と軽蔑を込めて、少女は灰かぶりの名で呼ばれるようになっていた。
激化する戦乱。迫害と非難。マナの浄化は遅々として進まず、世界は更なる混沌に包まれていく。苦悩から苦悩へ流転する人々の姿。その目に未来の希望など微塵も見えない。
世界の惨状を前にして、母である少女は強く祈り続けた。女神である彼女が祈る先は何か。それは自身の内に宿る強き意志であり、子である人々の心である。
彼女にとって祈りとは、人の生命に秘められた究極の善性を、一片の疑いなく信じることであった。どれほどの貧者でも、どれほどの悪人でも、一人残らず胸中に尊極の生命を具えているのだと。
だから救うのだ。淀みの浄化は手段に過ぎない。子の幸福の願う母の慈愛こそ、灰かぶりと蔑まれる少女の本質であった。
罵詈雑言を浴びせられようが、石を投げつけられようが、命を狙われようが、確固たる決意が揺らぐことはなかった。あらゆる命は等しく愛しい我が子である故に。
永き時を旅に費やす中で、少女と少年は多くの人々と出会い、語り、戦い、自らの使命を身をもって示し続けた。透徹した意志と行動は理解者を生み、二人を支持する者達が一人また一人と立ち上がる。かの者達は少女を聖女と崇め、少年を騎士と称えた。浄化の旅は次第に勢いを増し、ついには戦乱の世に大きな潮流をもたらした。
戦争を糾弾し、平和を叫ぶ。やがて民衆の心は一つになる。
それは少女と少年の苦闘が報われた証であり、そして、更なる波乱の兆しでもあった。
ある時、一人の母親が、生まれたばかりの幼子を少女の前に連れてきた。少女に名付けをしてほしいと、その母親は頭を下げた。
少女は快諾し、祈りを込めて名を与えた。この乱れた世を安んずる、強く賢き勇者であれと。
名に込められた祈りは、ただの観念ではない。
少女が名付けた幼子こそ、後の世に建国王と称えられる英雄。
カイン一世その人であった。
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