老将ジークヴァルド。
能器将軍ハーフェイ・ウィンドリン。
白将軍クディカ・イキシュ。
いずれもメック・アデケー王国における最高峰の将軍達である。彼らは即席とは思えないほど洗練された連携をもって、間断なく攻勢を仕掛ける。
しかし届かない。
ソーニャは軽やかな足取りで舞い、将軍らの刃を危なげなくやり過ごしていく。そのたび銀のツインテールが靡き、ドレスにあしらわれたフリルが躍り、黒いスカートがふわりと咲き誇った。ある時は魔法障壁が盾となり、漆黒の火炎が剣と槍となってソーニャの身を守る。それらは同時に、将軍らに小さくないダメージを与えていた。
「ほらぁ。隙だらけよぉ?」
ソーニャが白い腕を振るうと、黒炎が鞭のようにしなり、迫るハーフェイを横合いから弾き飛ばした。頑丈に鍛えられた鎧が砕け散り、戦場の塵となって消える。
「ハーフェイ!」
「かまうなっ! くそっ!」
馬を失ったハーフェイは機動性に欠ける。故に攻撃魔法の標的になることも多かった。彼はすでに満身創痍であり、戦闘を続けていられるのが不思議なほどに消耗している。
「ふーん。結構硬いのね。今のはぜったい死んだと思ったけど」
ソーニャが操る漆黒の火炎は見た目こそ炎であるが、その本質は凝縮された破壊のエネルギーである。並の人間なら、否、魔法耐性に優れた者であっても、まともに喰らえば即死は免れない。ちょうどデルニエールの術士隊がそうであったように。
ハーフェイが幾度となく耐えられているのは、生来の魔法耐性と耐攻撃魔法の処理がなされた鎧のおかげであった。
とはいえ、もはや限界である。息を荒げ膝をつき立ち上がることのできないハーフェイを守るため、ジークヴァルドとクディカが前に出た。
「泣き言は言いたくないが……分が悪いな」
老将が掠れた声を絞り出す。皴の寄った顔にはいくつもの裂傷が刻まれ、鎧はところどころが朽ち、ハルバードの柄は無惨にも千切れ歪んでいる。彼もまた、すでに余力は尽きていた。
三人がかりでもソーニャを仕留められない。周囲で奮戦するハーフェイの軍は、一人また一人と倒れていく。このままではいずれ包囲され、為す術を失うだろう。
この場にリーティアがいてくれたら。詮無き事と知りつつも、クディカはそう思わずにはいられなかった。卓越した術士であり、また策士である彼女ならば、この状況を打開する方法などいくらでも思いつくだろうに。
「どーしたの? もう諦めちゃった?」
仕掛けようとしないクディカ達に向けられたのは、蔑むような、あるいは憐れむような半笑いだ。ソーニャには疲労も消耗も感じられない。王国最高峰の将軍さえ、四神将の前では有象無象に過ぎない。そんな現実を叩きつけるかの如く。
「ま、頑張った方じゃないかしら。人間にしてはね」
優雅に広げた両手から黒炎が噴き上がった。漆黒の中に白い波動を孕んだ火炎は、生物の如くうねり、猛り、ソーニャの背後を黒く染め上げる。
「けど、そろそろ飽きちゃった」
紛れもなく今までで最大の威力。将軍達は悟る。あの炎に飲み込まれたが最後、骨すらも残らず消滅するだろう。
クディカの額に冷や汗が滲んでいた。
「出し惜しみをしていたとは、相変わらずの悪趣味だな」
「べっつにー? あたしの優しさってやつでしょ」
美貌に浮かぶのは自信に満ちた微笑みだ。彼女は勝利を確信している。
故にクディカは一縷の望みを見出した。つけ入る隙は敵の慢心にあり。今こそ反撃の好機来たれり。
ジークヴァルドもまた同じ直感を共有していた。彼はハルバードと手綱を握り締め、突撃の機を計る。
「将軍。私が先に」
老将軍を目線で制し、クディカが先鋒を申し出た。彼女の強い眼光には勝利への執念が見て取れる。
ジークヴァルドは無言をもって承知とした。彼は、老いた自分がいつか失った若者の勢いと可能性を信じていた。
「さて」
手綱を操り、ゆっくりと前に進むクディカ。
「ちょうどモルディック砦での借りを返したいと思っていた。真っ向勝負といこう。私の性にも合っている」
「あはっ。もしかして勝てると思ってる? あなた、おかしいんじゃない?」
漆黒の火炎が一層勢いを増す。熱風じみた余波がクディカの頬をひりつかせた。
「正直、貴様と私にそこまで力の差があるとは思えんのでな」
「……ふーん、舐めてるってこと。いいわ」
薄い唇が吊り上がり、嘲笑を含む吐息が漏れる。
「死ねばわかるでしょ」
弾んでいた声がにわかに重みを帯びた。
まるで赤子を抱くように、ソーニャは燃え盛る黒炎を胸の前に持ってくる。
次の瞬間。轟然たる破壊の奔流が唸りを上げた。炎が奏でる低音に混じり、白い波動が甲高い響きを鳴らす。二条の黒炎が絡み合う様は、あたかも神話に語られる大蛇のつがいが如く。大地を削り大気を圧し、奔流は将軍達に迫った。
クディカが深く息を吸い込む。
明確な死の気配。恐怖はない。死を恐れる心はとうに乗り越えている。
「はっ!」
気合と共に馬を駆る。勇気を奮い立たせ、黒き火炎に向かって脇目も振らず突き進む。
クディカとて奥の手は残していた。出し惜しみをしていたわけではなく、最も威力を発揮するタイミングを待っていたのだ。
白き鎧が光を纏う。激しく、神々しく、気品に満ちた白光。剣は眩いばかりに煌めき、透き通る輝きが跨る馬の全身にまで浸透する。
「灰の乙女よ! 賜りし神器の力、今こそ使わせてもらう!」
七将軍のみが持つことを許される乙女の神器。クディカに与えられたそれは、ハーフェイが持つ武具とはまた異なる。白き光の魔力そのものであった。
クディカは跨る白馬共々一つの光弾と化し、あるいは白刃となって、漆黒の奔流へと斬り込んだ。
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