異世界転移で無双したいっ!

チートなし。少年よ、絶望に染まれ。
朝食ダンゴ
朝食ダンゴ

公開日時: 2020年11月18日(水) 02:37
文字数:2,054

 デルニエール上空で始まった飛空戦を見て、ソーニャは飛行の速度を上げた。

 敵の術士一人一人は木っ端に過ぎない。けれど人数には数倍の差がある。孤立した味方が囲まれたら多少の脅威にはなるだろう。まずは、敵の数を減らすべきか。

 前方に五人一組となって飛ぶ術士を発見。一直線にこちらに向かってきている。

「あいつだ。火力を集中しろ!」

 中央の分隊長が号令をかけると、術士達はソーニャめがけて無数の炎弾を撃ち出した。適度に拡散させることで、命中率を上げているようだ。

「ばーか」

 ソーニャは体をスピンさせながら、炎弾を隙間を縫うように通過した。大きく軌道を変えることもない。

「あはっ。やっと始まったってカンジ!」

 ソーニャの手に漆黒の炎が渦巻く。

「いっくわよー!」

 急加速し、彼我の距離を一気に詰める。

 術士達はソーニャの驚異的なスピードに目を見開く。明らかな動揺だった。

「障壁急げ――」

 間に合うものか。

 ソーニャの蠱惑的な笑みが分隊長の眼前に到達した瞬間。猛る黒炎が五人の隊列を呑み込んだ。

 それは魔力が生んだ破壊のエネルギー。彼らは何を感じるまでもなく一息で消し飛ばされた。黒き炎が舞った後には、僅かな灰が残るのみ。

「ざんねーん。もたもたしてるからぁ」

 ソーニャは心底楽しそうに呟き、旋回しつつ空の乱戦に突入する。

「さーて。今日も思いっきり楽しませてもらいましょーか!」

 戦いは楽しむものだ。楽しんでこそ意気揚々とし、果ての勝利に繋がる。彼女にとって勝利こそが至高の愉悦なのだ。

 空には色とりどりの炎が飛び交い、ところどころで爆炎を生んでいる。空気を震わせる轟音、魔力の余波が四方八方から迫りくる。

 まさしく戦争だ。ソーニャの顔が喜悦で満ちた。

「よーしっ!」

 彼女は一つの分隊に目をつける。その分隊だけ、他とは魔力の質が違っていた。

 彼らは他の分隊とは一線を画す速度で、自在に宙を斬り裂き、魔族を一人また一人と屠っていた。機動性だけではない。連携は巧みで、攻撃魔法による集中砲火を的確に命中させている。

 魔族はそれぞれが孤立していた。一つの敵に気を取られている間に、他の分隊からの直撃を受けるのだ。いくら魔族の魔力耐性が強いとはいえ、障壁なしに集中砲火を浴びれば致命傷は避けられない。

「へぇ。なかなかやるじゃない」

 人間らしく数の利を活かした戦術だ。おそらく目の前の分隊を率いる青髪の青年こそ、この術士隊の長に違いない。ソーニャの目星は正しく、まさしく彼がデルニエール術士隊を率いるメイホーンであった。

「あはっ。あれにきーめた」

 隊列飛行する五人の後方につく。

「お手並み拝見と行きましょうか」

 さしあたり、拳大の炎弾をひとつ撃ち込んでみる。一見地味な、見るからに牽制の一射である。

「散開!」

 背後を一瞥したメイホーンが一声を飛ばし、直後に五人は別々の方向へ旋回。互いに距離を取る。

 その判断は正しかった。飛来した炎弾は突如爆裂し、隊列のあった空間を中心に四方八方へと凶悪な黒炎をまき散らしたのだ。黒い波動は無差別な軌道を描き、上昇によって失速していた二人の術士に食らいついた。一人は両脚を吹き飛ばされ、もう一人は左半身に致命的なダメージを負ってしまう。

「あー当たっちゃった。惜しい!」

 ソーニャが唇に嬉しそうに笑う。

 牽制射撃に見えた地味な炎弾。実際は広範囲に凄絶な威力を放つ致死の一撃であった。人間達が使っていた対空魔法を即興で模倣してみたのだ。案外使いでのある術式だった。

 それを逸早く見抜いたメイホーンの慧眼は流石と言えるが、如何せん相手が悪すぎた。

「くそっ! ジャンとルイがやられた!」

「隊長! どうするんです!」

「怯むな! 隊列を組みなおせ!」

 回避に成功したメイホーン含む三人は、落下していく仲間を助けることもできず、ソーニャに応戦するしかない。

「そーそー。もうちょっと楽しませてくれなきゃ」

 隊列を組みなおし、正面から突撃してくるメイホーン達に向かって、ソーニャも真っ向から飛び込んでいく。

 術士らは腰からショートソードを抜いて接近戦の構えである。なるほど。魔法対決では敵わぬと判断し、武器による攻撃を選んだようだ。

「バッカじゃないの」

 強化魔法の施されていない術士風情が笑わせてくれる。たかが金属の棒きれでは、ソーニャのきめ細やかな皮膚一枚斬ることさえ不可能だ。

 ソーニャの両手に黒炎が灯る。

 メイホーン達は裂帛の気合だ。決死の覚悟が見て取れた。

 両者は凄まじい速度で肉薄――する直前。隊列は再び散開し、ソーニャをやり過ごす。

「馬鹿は貴様の方だ」

 遥か上空に舞い上がったメイホーンが口角を吊り上げた。

 ソーニャは急制動をかけて彼を見上げ、次に周囲を見渡した。

「ふぅん?」

 上にも下にも右にも左にも、術士の隊列が飛び交っている。メイホーンに気を取られ、他の隊列にまで気を配れていなかったのだ。味方が何人かやられてしまったのだろう。その分、こちらに集まってきたというわけだ。

 敵に囲まれた状況を、ソーニャは素直に喜んだ。

「ありがたいわねぇ」

 わざわざ追いかける手間が省いてくれるなんて。

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