よろしくお願いします。
箒の上から失礼します。
私はヴァイオレット。巷では『初等魔法の魔女』なんて呼ばれています。私も有名になったものですね。今こそ、旅人として色んな国を旅して、出会いと別れが繰り返される毎日を楽しく過ごせています。
……とは言っても、ここ数年間の話ですが。それよりもっと前、私が15歳になるまではそうではありませんでした。
もしよければ、私の自分語りに付き合ってください。
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かの昔、私はとある農村の一般家庭の娘として生まれました。しかし、私は一つのある問題を抱えていました。
それは……髪色です。
私の髪は、淡い紫色。この色は昔、この村を含む周辺地域に壊滅的な被害を与えた魔族と同じ髪色でした。そのせいで、村の人々は、私を避けるように暮らしていました。村の子どもたちは、私を『魔族の子』と呼び、差別しました。日常的に聞かされるその言葉は、当時7歳だった私の幼心に深い深い傷をつけました。
私の家族の話をしましょう。私に兄妹はいません。父は物心ついた頃には既にいませんでした。残念ながら、顔もおぼろげにしか覚えていません。その代わりに、優しい母がいました。
私とは違う、暖かな夕日のような赤毛で、いつだって私のことを気にかけていてくれました。
私が泣きべそをかきながら帰ってきた時は、大丈夫、一人じゃないからね。と言って優しく抱きしめてくれました。『魔族の子』と言われ、家に引き篭もってしまった時は、無理しなくていい、あなたはあなたよ。と頭を撫でてくれました。
そんな母が、私の髪色のせいで差別扱いされているのは、耐えられませんでした。けれど、所詮は7歳の幼子。何かができよう筈もなく、私は徐々に暗くなっていきました。
ある日、突如私は閃きました。
この村に居て、私も母も辛い思いをするのなら、いっそのこと、逃げ出してしまおう、と。
母にこの話をすると、母は一冊の本と、押し花にされた一輪の紫色の花を取り出し、私にこう言いました。
「これはスミレ、って言ってね。あなたやお父さんの髪色と一緒だから、私のお気に入りの花なの。ヴァイオレット、あなたの申し出はとても良いと思うわ。だけど、私は付いていけない。私はね、大きな病気を持っているの。そのせいで、もうそんなに長くはないの。ごめんね、置いていくような真似して。だからね、私の分まで、ヴァイオレットには強く生きて欲しい。これから、旅する中で一人になることがあるかもしれない。その時は、この花を見て私を思い出してね。ヴァイオレットが、孤独を感じることがないように……私が、この花を通じていつでも見守っているからね」
「お母、さん……分かった。この花、絶対大事にするからね。だから、一緒に居てね。絶対、ぜーったいだよ!」
「えぇ。ぜーったい一緒よ……ありがとうね、ヴァイオレット。」
私は泣きじゃくりながら母に抱きつきました。触れた母の肌は、想像以上に冷たくて、こんなになるまで気づけなかったことへの罪悪感でいっぱいになりました。
翌朝、母は静かに息を引き取りました。昨日と同じ白い肌でしたが、その口元には優しい笑みが浮かんでいて。目元に溜まる感情を抑えきれませんでした。
母から貰った本は、私が今より小さい頃に大好きだったものでした。題名は『旅の足跡』。幼い頃から旅することを夢見ていた少年が、念願の旅で個性豊かな人たちとの出会いと別れの連続を経験する物語です。
私の旅も、そんな風になって欲しい、という願いがあったのでしょう。
「ん、これは……?」
ぺらぺらとページを捲っていると、物語の最後のページに紙切れが挟まっていました。表には『言い忘れていたこと』と書かれていました。私は紙切れを裏返しました。
『大好きよ、ヴァイオレット。 あなたを愛す母親、ミレットより』
「お母さん……私も、大好きだよ……」
ピクリとも動かなくなった白いシーツを、再び大粒の涙が濡らしたのでした。
その時からか、私の目標は村から出ることから、旅に出て外の世界の人や景色を知ることに変わっていました。母に、世界を見せてあげたい。そんな気持ちからです。
母のお葬式を一人であげ、手持ちの道具でなんとか作った墓石を建てました。墓石には、『私の愛する母親、ミレットここに眠る』と書いておきました。一緒にスミレの花を添えています。
そして私は、旅に出ても自分の身を自分で守るために、毎夜私はこっそりと村の書庫へ入り浸り、魔導書を読み漁り、貪欲に魔法を覚えていきました。
練習は、家の裏にある森の中の広場。暖かな陽だまりに包まれた、私のお気に入りの場所です。母が亡くなった後、切り株の上に寝転がって、晴れ渡った空を見上げながら頬を濡らしたこともありました。
魔法の実力に伸び悩んでいた時もありました。最初のコツを掴むまで、かなり時間がかかってしまいました。
それから数年の年月が経ち、私は15歳になり、積み重ねた修行の結果、最終的に、初等レベルの魔法を全て完璧にマスターできました。残念なことに、中級レベルは一つも扱えませんでした。それでも自衛には十分でしょう。簡単なことなら他にもできないか、とオリジナルの魔法を作ってみたこともありました。結果、ひとつだけ成功した魔法があります。それは、手からお花を出現させる魔法です。試行錯誤の甲斐があり、これでスミレの花をいつでもどこでも出せるようになりました。母の押し花のほうは、『旅の足跡』に挟んで大事に仕舞っています。
同時に、毎日コツコツ貯めたお陰で、お金にもそれなりの余裕ができました。私が旅に出れば、完全に我が家に住む者は居なくなってしまいます。ですが、父や母のお墓を残して売り払う訳には行きません。
次に、私は旅装を整えました。長い髪の毛は切り、背中に少し垂れる程度に留めておきました。服装は、ホワイトのブラウスに、上からマントを羽織っています。上からフロントが短めのネイビーのフィッシュテールスカート、その中にショートパンツです。デザインも動きやすさも抜群です。
寝巻き用に緩めの白いワンピース、他にもハンカチなんかの小物類も買いました。周りの見る目なんて気にしません。
うちには鏡なんて大層なものはないので、水魔法で作った壁の水面で代用します。
「わぁ……」
私は、真新しい服に身を包んだ自分の姿に感動しました。流石は私、似合いますね。クルッとターンを決めると、揺れる淡い紫色の髪。雪のようにきめ細やかな肌。
ふむ。なんというか私、想像以上にイケてる美少女ですね。
自画自賛だの天狗だの言われようが、本当にそう思っちゃった分には仕方ないのです。鼻歌交じりにしばらく水面を見つめていました。
外に出て、玄関にゆっくりと鍵をかけました。
「……この家に帰ってくることもしばらく無いでしょうけど、気長に待っていて下さいね、お父さん、お母さん」
私は手荷物を確認し、家の鍵を小物の海に沈める。また、いつか帰ってくると誓って。
「さてと。じゃあ行きますかね!」
私は森の中の小道を走る。木々の間から時折頬を撫でる風が心地よい。
「こうして、ヴァイオレットの旅路が幕を開けたのでした……なんてね!」
私は勢いよく地面を蹴り、大きな一歩を踏み出しました。
ここから始まるヴァイオレットの旅路、お楽しみください。
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