初等魔法の魔女

私はヴァイオレット、旅人です。
花依だんご
花依だんご

第四章:エルフの少年

エルフの里

公開日時: 2021年12月4日(土) 20:58
更新日時: 2021年12月4日(土) 20:59
文字数:1,992

 箒の上から失礼します。ヴァイオレットです。


 今日は、私がエルフの里を訪ねた時の話をしましょう。


 エルフとは、森の奥に住まう種族で、その里は辿り着くことすら困難だと言われています。彼らは、白や緑色の髪の毛が多く、何より、尖った耳が特徴的です。また、美男美女が多く、私といい勝負ですね。


 私が、辿り着くのが困難だと言われているエルフの里を訪れる事が出来たのは、一人の少年に出会うことから始まります。


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「それにしても深い森ですね……」


 私は、次の目的地に向かう道すがら、途中にある森を抜けようとしているところです。この森、奇妙な点が多いです。



 まず、この森に入って一時間ほど経っていますが、生き物を一匹も見ていません。普通なら鳥や猪、少なくとも虫がいる筈なのですが、本当に見当たりません。

 更に、この森は霧が立ち込めていて、見えているのは十メートル弱ほどでしょうか。それ以上は白い霧に包まれ、先を見通すこともできません。


「それにしても、静かですね……」


 アイラは定位置でスヤスヤと眠っていて、周囲に響くのは私の足音だけ。これほどの静寂に包まれた森というのは、不気味という他ありませんでした。


 それからしばらく。私の耳が、誰かの声を捉えました。距離は遠く、微かにしか聞こえませんが、行ってみる価値はあります。私は声が聞こえた方へ駆け出しました。


「……けて」


 距離が近づいて来たのか、言葉が聞き取れるようになりました。


「助けて!」


 ハッキリと聞き取れたその声。ようやく視界に捉えました。一人の少年が白い毛並みの熊に追われています。少年の手には幾つか薬草が抱えられていたので、恐らく採集に来ていたのでしょう。


 考察はほどほどに、急いで助けましょう。


「誰か助けて〜!!」

「はい、今助けますよ」


 氷魔法で熊の足元を凍らせ、バランスを崩します。森の中なので炎は控えて、風魔法で熊の目を攻撃。見事に目潰しを決められた熊は、森の奥へ走り去って行きました。


「大丈夫ですか?」

「お陰様で助かりました。ありがとうございます」


 そう言って律儀にも頭を下げる少年。よく見てみると、緑の髪の隙間から、長く尖った耳が覗いていました。


「いえ、お構いなく。もしかして、あなたはエルフですか?」

「あ、うん。僕はエルフだよ。お姉さんは魔女?」

「うーん、魔女って言えるほどの実力はありませんが、いつかはそうなれたな、と思います。なので、今は通りすがりの旅人ですよ。それにしても、どうして熊に追われていたんですか?」

「僕は、この霧の森にしか生えない薬草を探してたんだ。里の長老様、僕のおじいちゃんが病気になっちゃって、それを治すために。でもまだ、材料が足りなくて……」

「なるほど」


 彼はおじいちゃん想いのいい子みたいですね。少しお手伝いをしてあげたくなりました。この間みたいな展開にならないといいですが。


「だったら、私もお手伝いしますよ。あとは何が足りないんですか?」

「えっと、この森じゃ取れないんだけど、黄金蝶の鱗粉が必要で……」

「え」


 持ってます。黄金蝶の鱗粉持ってます。ついこの間取ってきたばかりです。私には売る以外の使い道がありませんし、譲ってあげてもいいでしょう。


「黄金蝶の鱗粉なんてお願いするのも申し訳ないので、自分で探します……」

「あ、いえ、持ってますよ? 黄金蝶の鱗粉」


 霧のように曇った彼の表情は、みるみる間に明るくなっていきました。


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 その後、黄金蝶の鱗粉を渡すと、お礼がしたいと彼の家に招待されました。私はお言葉に甘えることにしましたが、エルさんの時と同じ展開にならないかだけが気がかりです。


「そういえば、名乗っていませんでしたね。私はヴァイオレット、旅人です」

「あ、僕はリースです。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げるリースくん。彼は私より少し年下でしょうか。10、11歳くらいの容姿をしていて、幼いながら顔立ちが整っています。きっと、エルフという種族の為せる技なのでしょう。


 それから程なくして、突如霧が晴れた場所へ出ました。


「ようこそ、僕たちエルフの里へ!」

「わぁ……」


 そこはまさに、“森の中に作られた街”でした。木の上に家が乗っていたり、木をくり抜いて作った家だったり、木と木をつり橋で繋いでいたり、森の木々を最大限生かした、立体的な造りになっていました。


 奥の方には一本だけずば抜けて巨大な樹があり、天辺は雲に覆われ、見えそうにもありません。その大きさからか、地上に巨大な影を落としていますが、太い枝から吊り下げられた灯りによって照らされ、幻想的な景色を見せてくれました。


「ヴァイオレットさん、こっちだよ」

「あ、い、今行きます!」


 素敵な景色に見惚れていると、いつの間にか置いて行かれてました。そうですよね、リースくんからしたらいつも見てる景色ですからね。


 私は、内心心躍らせながらその小さな背を追いかけました。

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