初等魔法の魔女

私はヴァイオレット、旅人です。
花依だんご
花依だんご

一矢報いて

公開日時: 2021年12月22日(水) 12:00
文字数:2,155

「ヴァイオレットさん! 僕と一緒にミストベアーを倒してくれませんか!」

「え」


 はてさて、困りました。どうしましょうか。私としては断る理由はありませんが、今し方頼まれたばかりですし……なんと断れば良いのでしょうか。


 考えた結果、私が出した結論がこちらです。


「……分かりました、一緒に行きましょう。それで、いつ行くんですか?」

「まだ日が昇ってるから……お昼ご飯を食べてからでいいですか?」

「はい、分かりました」


 イゼルさんとボードさんが目を丸くして慌てていました。なので、ボードさんに小声で話しかけます。


「……付いていくだけです。討伐は彼に一任しますし、私は後ろから見守ります。ミストベアーは私でも倒せるほどの魔物ですが、万が一があるとも限りませんから、護衛のような感じだと思ってください」

「……あぁ、なるほど。それならば大丈夫です。OKを出した時は、ちょっと焦りましたよ」

「ふふ、すみません」


 こそこそ話しているのを怪訝そうに見つめていたリースくんは、準備をしてきます、と言って部屋を出ていきました。


 未だ状況を飲み込めていないイゼルさんにも、ボードさんから説明され、納得したようです。


「なるほど。では、万が一の時など無いに越したことは無いんじゃが……その時はリースを頼みますぞ、ヴァイオレットさん」

「えぇ、お任せください」


 その後昼食をご馳走になったのですが、大豆からできているのにまるでお肉のような味わいの、大豆ハンバーグと言う料理ががとても美味しかったです。


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 昼食を食べ、支度をしていよいよ出発、と言う時。イゼルさんがリースくんを呼び止めました。


「リース、これを持っていきなさい」


 イゼルさんが取り出したのは一つの弓でした。


「おじいちゃん、僕は弓が苦手だって知ってるよね?」

「あぁ。じゃが、苦手から逃げてばかりではダメじゃ。向き合って、克服してこその苦手じゃよ」

「……分かった。持ってく。ヴァイオレットさん、行きましょう」

「分かりました」


 リースくんの担ぐ弓は木製なのですが、曰く硬くてしなりやすい木を使っている、とのことでした。軽くて扱いやすい弓になっているようです。上の方に巻かれている緑色の布がおしゃれですね。


 私たちは再び霧の森の中へ足を踏み入れます。相変わらず深い霧で、視界は限られています。それに体毛の白いミストベアーを普通に探すのは難しいでしょう。


「ヴァイオレットさん、こっちにミストベアーの足跡がありましたよ!」


 ですが、今のリースくんの報告ように、痕跡を辿ればそんなに時間を掛けずに見つけれられるでしょう。私には細かい痕跡までは分からないので、あくまでお手伝いです。別の魔物が近づいていないかのチェックは欠かしません。


 その後も足跡や爪の傷跡、食べたであろう動物の骨などの痕跡を頼りに探し回り、ようやくその姿を捉えることが出来ました。


「あ、あそこに居ましたよ……」

「本当ですね。先ほどよりは少しだけ大きめでしょうか」


 私たちの見つけたミストベアーは、先ほど倒したものよりも一回り大きく、今は食事中のようで、その白い体毛の一部を赤く濡らしています。


 正直なところ、バレてはいないので急所を狙えば私でも一撃で仕留めれそうです。


「静かに近づきましょう。近づいたらヴァイオレットさんの不意打ちの一発で終わりですね」

「……ここでも私に頼る気ですか?」

「え?」


 リースくんが困惑するのも無理ありません。今まで優しかったお姉さんが急に冷たくなるのですから。加減はしますが……まぁ、頼まれていますしね。


「リースくん。あなたがおじいさまから授かった物は何でしたか?」

「……この弓矢、です」

「そうですね。では、どうしておじいさまが貴方にそれを託したのか。考えてみてください」

「……」

「答えは簡単、貴方に強くなって欲しいからです」

「僕が、強く……?」

「えぇ。薬の材料を集めることを『試練』とし、貴方が一人前のエルフに相応しいか、確かめたいのだと思います。私は通りすがりの旅人です。本来なら貴方は一人でミストベアーに立ち向かわなければならなかった。それは、貴方が乗り越えるべき、『試練』なのではないですか?」

「僕の……『試練』……! ヴァイオレットさん。僕、行ってきます。ちょっぴり弓矢は苦手ですけど、絶対に当ててみせます」

「えぇ、その意気です。もしも危なそうだったら私も手伝います。安全が第一ですからね」

「そのもしもが無いように頑張ります」


 リースくんは一歩前に出て、弓に矢を番えます。木陰に隠れ、油断しているミストベアーの背後に位置どりました。そして狙いをすまして……


「ゴァアア!?」


 ヒュン、と風を切る音とともに、鋭く尖った矢がその右足を貫きました。唐突に足を射られ、困惑と痛みに悶えるミストベアー。そこへすかさず続く矢。今度は左足を抉ります。


 両足が使えず、倒れ込んでジタバタと暴れ、射ってくださいと言わんばかりに頭を晒しています。


「決めます!」


 そう宣言し、三本目の矢がその頭部を貫き、やがてミストベアーは動かなくなりました。笑みをたたえたリースくんがこちらへ駆け寄ってきて言いました。


「ヴァイオレットさん! あのミストベアーに、一矢報いてやりましたよ!」

「えぇ、さすがです」


 一矢報いる、彼の下剋上にはぴったりの言葉だと思いました。

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