「ヴァイオレットさん! 僕と一緒にミストベアーを倒してくれませんか!」
「え」
はてさて、困りました。どうしましょうか。私としては断る理由はありませんが、今し方頼まれたばかりですし……なんと断れば良いのでしょうか。
考えた結果、私が出した結論がこちらです。
「……分かりました、一緒に行きましょう。それで、いつ行くんですか?」
「まだ日が昇ってるから……お昼ご飯を食べてからでいいですか?」
「はい、分かりました」
イゼルさんとボードさんが目を丸くして慌てていました。なので、ボードさんに小声で話しかけます。
「……付いていくだけです。討伐は彼に一任しますし、私は後ろから見守ります。ミストベアーは私でも倒せるほどの魔物ですが、万が一があるとも限りませんから、護衛のような感じだと思ってください」
「……あぁ、なるほど。それならば大丈夫です。OKを出した時は、ちょっと焦りましたよ」
「ふふ、すみません」
こそこそ話しているのを怪訝そうに見つめていたリースくんは、準備をしてきます、と言って部屋を出ていきました。
未だ状況を飲み込めていないイゼルさんにも、ボードさんから説明され、納得したようです。
「なるほど。では、万が一の時など無いに越したことは無いんじゃが……その時はリースを頼みますぞ、ヴァイオレットさん」
「えぇ、お任せください」
その後昼食をご馳走になったのですが、大豆からできているのにまるでお肉のような味わいの、大豆ハンバーグと言う料理ががとても美味しかったです。
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昼食を食べ、支度をしていよいよ出発、と言う時。イゼルさんがリースくんを呼び止めました。
「リース、これを持っていきなさい」
イゼルさんが取り出したのは一つの弓でした。
「おじいちゃん、僕は弓が苦手だって知ってるよね?」
「あぁ。じゃが、苦手から逃げてばかりではダメじゃ。向き合って、克服してこその苦手じゃよ」
「……分かった。持ってく。ヴァイオレットさん、行きましょう」
「分かりました」
リースくんの担ぐ弓は木製なのですが、曰く硬くてしなりやすい木を使っている、とのことでした。軽くて扱いやすい弓になっているようです。上の方に巻かれている緑色の布がおしゃれですね。
私たちは再び霧の森の中へ足を踏み入れます。相変わらず深い霧で、視界は限られています。それに体毛の白いミストベアーを普通に探すのは難しいでしょう。
「ヴァイオレットさん、こっちにミストベアーの足跡がありましたよ!」
ですが、今のリースくんの報告ように、痕跡を辿ればそんなに時間を掛けずに見つけれられるでしょう。私には細かい痕跡までは分からないので、あくまでお手伝いです。別の魔物が近づいていないかのチェックは欠かしません。
その後も足跡や爪の傷跡、食べたであろう動物の骨などの痕跡を頼りに探し回り、ようやくその姿を捉えることが出来ました。
「あ、あそこに居ましたよ……」
「本当ですね。先ほどよりは少しだけ大きめでしょうか」
私たちの見つけたミストベアーは、先ほど倒したものよりも一回り大きく、今は食事中のようで、その白い体毛の一部を赤く濡らしています。
正直なところ、バレてはいないので急所を狙えば私でも一撃で仕留めれそうです。
「静かに近づきましょう。近づいたらヴァイオレットさんの不意打ちの一発で終わりですね」
「……ここでも私に頼る気ですか?」
「え?」
リースくんが困惑するのも無理ありません。今まで優しかったお姉さんが急に冷たくなるのですから。加減はしますが……まぁ、頼まれていますしね。
「リースくん。あなたがおじいさまから授かった物は何でしたか?」
「……この弓矢、です」
「そうですね。では、どうしておじいさまが貴方にそれを託したのか。考えてみてください」
「……」
「答えは簡単、貴方に強くなって欲しいからです」
「僕が、強く……?」
「えぇ。薬の材料を集めることを『試練』とし、貴方が一人前のエルフに相応しいか、確かめたいのだと思います。私は通りすがりの旅人です。本来なら貴方は一人でミストベアーに立ち向かわなければならなかった。それは、貴方が乗り越えるべき、『試練』なのではないですか?」
「僕の……『試練』……! ヴァイオレットさん。僕、行ってきます。ちょっぴり弓矢は苦手ですけど、絶対に当ててみせます」
「えぇ、その意気です。もしも危なそうだったら私も手伝います。安全が第一ですからね」
「そのもしもが無いように頑張ります」
リースくんは一歩前に出て、弓に矢を番えます。木陰に隠れ、油断しているミストベアーの背後に位置どりました。そして狙いをすまして……
「ゴァアア!?」
ヒュン、と風を切る音とともに、鋭く尖った矢がその右足を貫きました。唐突に足を射られ、困惑と痛みに悶えるミストベアー。そこへすかさず続く矢。今度は左足を抉ります。
両足が使えず、倒れ込んでジタバタと暴れ、射ってくださいと言わんばかりに頭を晒しています。
「決めます!」
そう宣言し、三本目の矢がその頭部を貫き、やがてミストベアーは動かなくなりました。笑みをたたえたリースくんがこちらへ駆け寄ってきて言いました。
「ヴァイオレットさん! あのミストベアーに、一矢報いてやりましたよ!」
「えぇ、さすがです」
一矢報いる、彼の下剋上にはぴったりの言葉だと思いました。
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