第三章。短めですが、若干胸糞注意です。
箒の上から失礼します。ヴァイオレットです。
今日は、悲しくも辛い運命を背負ってしまった少女のお話をしましょう。私が彼女と出会ったのは、美しいお花畑の上でした。
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「綺麗なお花畑ですね〜」
「キュァ!」
私の独り言に返事を入れてくれたのは、フロストドラゴンの赤ちゃん、アイラです。雪原を抜け、今は美しいお花畑の中を歩いています。見渡す限り、色とりどりの花々が続いています。
しばらく歩いていると、お花畑のど真ん中でしゃがみ込んでいる人影が見えました。身長からして、かなり幼く見えます。
「こんにちは。何をしてるんですか?」
「わぁ!? あー、蝶が逃げちゃった……」
「あ、ご、ごめんなさい」
「いえ、気にしないでください。私はエル。さっきのは、蝶の鱗粉を集めていたんです」
膝についた土を払い、立ち上がった彼女は、黄金色に輝く粉が入った瓶を見せてくれました。
「これは黄金蝶、って呼ばれる蝶の鱗粉なんです」
「黄金蝶ですか。確か、とても珍しい生き物だと聞いていますが」
「ううん、ここのお花畑にはいっぱいいるよ。少し探せばすぐに見つかると思うよ。この鱗粉には、病気を治す効果があるって言うから、お母さんのために集めてるんだ」
「あなたのお母さん、ご病気にかかってらっしゃるんですか?」
「うん……ちょっと前にずーっと寝たきりになっちゃったんだけど、私がお母さんを治してあげるの」
立派な子です。お母さんが弱っていることにすら気が付けなかった私とは違って、行動に起こせています。これは少し、お手伝いをしてあげたくなりました。
「だったら、私も少しお手伝いしましょう。お母さんを早く治してあげて欲しいですから」
「ほんと!? 優しいお姉さん、ありがとう!」
「自己紹介が遅れましたね。私はヴァイオレット。旅人です」
お姉さん、ですか。いい響きです。私にも、こういう妹が欲しかったですね。
私は、エルさんに黄金蝶の鱗粉の集め方を教えてもらい、お花畑の中を奔走したのでした。
アイラもポケットの中から出て、一緒に黄金蝶を探してくれました。お陰で、かなりのペースで集めることができました。
「ふー、結構集まりましたね」
「これで今日の分のお薬は十分過ぎるくらいだよ! もしよかったら、お家においでよ。寝てるだろうけど、お母さんにも会えるよ!」
「そんな、悪いですよ。生活も大変でしょうに……」
「ううん、お薬を作った後、鱗粉の残りを売っているんだけど、お姉さんが手伝ってくれたから、今日はたくさんあるんだ。だから、お礼させてよ!」
私は、この間のローズさんの言葉を思い出しました。
『ヴァイオレットさん。感謝の気持ちを素直に受け取ることは大事だと思うわよ。感謝したいのに、受け取って貰えないのは悲しいでしょう?』
「……そうですね。お礼は素直に受け取ることにします。ご一緒させてください」
「うん! うちの村に案内するよ!」
彼女が住まう村はカリア村というなんの変哲のない農村らしいですが、最近幽霊が出るという噂があるそうです。
「ゆ、幽霊ですか……」
「あれ? お姉さん、幽霊怖いの?」
「い、いいえ、そういう訳では……」
お姉さんと呼ばれている手前、思わず強がってしまいましたが、私は幽霊やお化けと言った心霊ものが大の苦手なのです。幽霊として出てきていいのは母だけです。
「着きました。お姉さん、カリア村へようこそ!」
森と草原の境目に位置するカリア村。まさにごく普通の村ですね。お家があって畑があって、みんなそこそこの暮らしをしているようです。
「こっちが私のお家だよ! ほら、あそこ」
至って普通の一軒家。家には、寝込んでいる母以外誰も居ないのか、灯りはついていませんでした。父親は居ないのでしょうか……いえ、それを聞くのは無粋というものですね。私も似たような境遇だったのですから。
「お邪魔します」
「いらっしゃい!」
玄関を戸を潜ると、失礼ですが、チーズか何かが腐っているような臭いがしました。
「すみません、何か食事を作りかけで放置とかしてませんか?」
「へ? そんな覚え無いけどなぁ。ちょっと見てくるね。あ、お姉さんはゆっくりしてていいからね」
「はい、ありがとうございます。いってらっしゃい」
エルさんは台所へパタパタと早足で向かって行きました。臭いがするのはそちらからではありません。私の後ろにある扉の方からです。
彼女が居ない間に、こっそりと私は扉を開きました。
キィという小さく扉が軋む音。わずかに空いた隙間から、そっと中を覗き込みます。
「……ッ!」
私は、思わず両手で口元を覆ってしまいました。その部屋の中には……黒く腐食してしまった女性の亡骸があったのです。
その亡骸は白い布団の中に入れられていて、まるで眠っているようにも見えます。腐敗臭の原因はこれなのでしょう。恐らく、これは……
「特に腐ってる食べ物は無かったよー? あ、お姉さん。床に座っちゃって、どうしたの?」
「い、いえ、何でもありません。ちょっと足を滑らせてしまっただけです。心配しないでください」
「ふーん、そっか。夜ご飯の時間はもう少し後だから、その前にお母さんに会わせてあげる。眠ったままだけどね」
彼女の笑みが、恐ろしく感じました。さっきまでは何とも無かった、同じ笑みのはずなのに、今はどこか狂気を感じてしまいます。
「こっちだよ」
そう言って、彼女が私がさっき開けたものと同じ扉に手をかけました。その瞬間、私は恐ろしくなってしまい、気づいた時には外へ飛び出していました。
「はぁ、はぁ」
とにかく離れなきゃと走って、影が長くなってきた頃には、村の広場のような場所まで逃げていました。
「キュゥ……」
「あ、ごめんね。急に走ったりして悪かったです。ほら、この氷でも食べていてください」
「キュ!」
アイラは魔法で作った氷を好んで食べているので、急に揺らしてしまったお詫び代わりに与えておく。可愛い奴め。
すると、初老で、少しだけ白い髭を生やしたおじいさんが近づいてきました。
「こんにちは、旅人さん。私はルーラル。このカリア村の村長を務めております。本日は何かこの村に御用ですかな?」
どうやら、カリア村の村長さんらしいです。ちょうどいいと思って、エルさんのことについて、詳しく聞くことにしました。
「なに、お主はあの家に入ったということか?」
「えぇ、さきほど」
「……だったら、気づいただろう。あの腐敗臭に」
「はい。あれは、もしかして……」
「そのもしかしてじゃ。彼女について、少し教えてあげよう」
その後、村長の口からエルさんに関する悲しい話が語られました。
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