セイルさんイチオシだという宿で一夜を明かし、私は再び街へ繰り出していました。今日の目的は買い物です。ゼタの村時代にコツコツ溜めていたおかげで、お金はまだ十分にあります。使いすぎは良くないですけど。
今回の目的はまず、文房具です。ノートやペンなんかですね。手紙を送る文化が盛んなこの街のことです。さぞ上質な紙を売っているでしょう。
「わぁ、滑らかな手触りですね。こっちは引っ張っても破れない丈夫さが……え!? 防水なんてのもあるんですか!?」
うるさくて店員さんから一度注意を受けてしまいました。ですが、どれもこれも質が良くて、正直びっくりです。ペンはインク持ちするタイプの羽ペンを一本だけ買いました。
続いて、私は黄金堂へ向かいます。入国してきた時の衛兵さんおすすめのお店ですね。色んな人に聞き込みをしながら、何とかたどり着いた先で私を待っていたのは、人、人、人。かなりの長さの行列ができていました。
仕方がないので、私は列の最後尾の人の後ろにつきます。あれ? 何だか見覚えがあるような顔がいらっしゃいます。
「あれ、昨日の受付嬢さんですか?」
「え? あ、昨日の旅人さん」
列の最後尾にいたのは、昨日私の冒険者ギルド登録の手続きをしてくれた女性でした。奇遇ですね。
「受付嬢さんも黄金堂に?」
「そうです。あと、受付嬢じゃなくて、ベルです」
「それは失礼しました、ベルさん」
今日のベルさんは完全オフらしく、可愛らしい私服姿でした。昨日は結んでいた茶髪も今日は下ろしているみたいです。
「黄金堂のクリームパンをお勧めされて来たんですけど、ベルさんも?」
「いえ、私はお菓子を買おうかなと。私は、趣味でお菓子作りに挑戦してるんですが、不器用でなかなか上手く行かなくて……ちょっとお手本を買いに来たんです」
「お菓子作り、ですか。私、昔から料理が得意なので、もしかするとお手伝いできることがあるかも知れませんよ?」
そう、私は自分で料理を作り続けてはや8年。自炊の腕はかなり上がりました。お菓子なんて作るのは、母にクッキーを焼いた時以来ですが。
「是非お願いします! 全然上達しなくて困ってたところなので、とてもありがたいです」
という訳で黄金堂でクリームパンやらお菓子やらを買った後、ベルさんのお家にお邪魔しました。一階建てですが、立派な一軒家です。
「お邪魔しまーす」
「どうぞ上がってください」
ベルさんのお家は、白を基調とした、清潔感のあるお部屋でした。水玉模様のカーペットが可愛いです。
「まずは何を作りましょうか?」
「シンプルにクッキーから練習したいです。私一人じゃクッキーすらまともに作れなくて……」
という訳でベルさんと一緒にクッキーを作ることにしました。今回作るのはレーズンバタークッキーです。
「二人で手分けしましょう。ベルさんはバターを練ってください。クリーム状になったら教えてください」
「はい!」
私はレーズンを細かく刻んでいきます。クッキーに練り込むために、かなり小さくします。お米一粒大くらいでしょうか。
その後、クリーム状になったバターに砂糖を加えてかき混ぜ、そこにレーズンを突っ込み、ヘラで混ぜていきます。この辺りの作業は、ベルさんの立候補により、ベルさんが一人でこなしています。あとは冷やして固め、大きさを調整した後に砂糖をまぶし、オーブンで焼いて完成です。
手順を教えると、菓子作りが苦手だというのが冗談なんじゃないかと思うほど手際良く進んで行きました。
「ついに、ついに出来ました……!」
「『レーズンバタークッキー』完成ですね」
「自分でこんな綺麗にお菓子が作れるなんて! ヴァイオレットさん、本当にありがとうございました!」
「いえいえ、私は知ってることを教えただけですよ」
ベルさんがお茶を用意してくれたので、クッキーをつまみながら休憩することにしました。
「ん〜! レーズンとバターの味が上手く噛み合っていて、美味しいです!」
「ですね。自分で作ったものですし、より美味しく感じれそうですね」
程よい甘さ。とろけるバター。ふむ、美味しい。過去に母に作ったものに似た味がします。
「あ、私お茶淹れてきますよ。コップ借りますね」
「ありがとうございます」
ベルさんがお茶を淹れに台所へ引っ込む。手持ち無沙汰になった私は、ふとお部屋の中を見回してみました。すると、一つの写真に目が止まりました。
「あれはベルさんと……セイルさん?」
私が見つけたのは、とある男女の写真。真新しい赤色のベレー帽を被った茶髪の少年と、横で拍手をする茶髪の少女。今より少し幼いが、これは絶対にセイルさんとベルさんだ。顔立ちがそのまんまだ。
「もしかしてこの写真の彼、セイルさんですか?」
「ど、どうして兄を知ってるんですか!?」
「知ってるも何も、困ってた私にこの街を案内してくれましたからね。というか、兄?」
「あ、はい。セイルは、私の兄です。1年前に喧嘩してからそれっきりですけど……」
何の偶然か、セイルさんとベルさんは兄妹だったらしい。ですが、喧嘩別れとは、悲しい話です……
「1年間も離れ離れだったんですか?」
「はい。別の国に住んでいる父と母とは何度か会いましたが、兄とはずっと会ってません。1年も離れていて、今更合わす顔がありません……」
そう言って彼女は俯いてしまいました。私はあの写真に視線をやりました。恐らく、セイルさんが郵便配達員の職に就き、それを祝福しているところでしょう。どちらもとびっきりの笑顔で、見ているこちらまで笑みが溢れそうになります。それほど仲良しな兄妹なのです。どちらも寂しさを感じていることでしょう。
「ベルさん。お手紙、書きませんか?」
「え、手紙……ですか?」
「えぇ。ここは文通都市、ヒュプノス。伝えたい想い、手紙に乗せてこそでしょう。そして、どうか仲直りして欲しいです。あの写真みたいに、また一緒に笑ってあげてください。私が想いを届けましょう」
その後、私はベルさんが手紙を書くのをじっと見守っていました。真剣な顔をして羽ペンを動かすベルさん。思いのほか、筆は進んでいるようでした。やはり、心のどこかでセイルさんに会いたいと思っていたのでしょう。数時間をかけて完成した手紙を受け取ります。
「兄に手紙を、どうかお願いします。このお菓子も添えて欲しいです。折角作ったのですし、兄にも食べて欲しいですから」
「はい。任せてください。このベレー帽に誓って、必ず届けますよ」
翌日、お昼休憩の時間を見計らい、セイルさんの元へ向かいました。手紙と一緒に、白い花が添えられたお菓子袋を渡します。
「これは……?」
「妹さんからのお手紙です。そっちは妹さんの手作りお菓子です。後で味の感想を聞かせてあげてくださいね」
「ベルが……?」
ベルさんの名前を出すと、彼の目元に涙が浮かび出しました。
「えぇ。心を込めて作っていらっしゃいましたよ。あと、それはアングレカムという花です。大事にしてあげてくださいね」
アングレカムは、後ろ側に距という蜜が入った細長い管があり、夜になると安らげる香りを放つ真っ白な花です。
「ありがとう……ヴァイオレットさん」
「どういたしまして。ちゃんとベルさんにもお礼を言っておいてくださいね」
「あぁ、もちろん。本当にありがとう!」
私は、その日の内にヒュプノスを去りました。あまり長居していては色んな場所を見れませんからね。
私は近場にあった丘で、結局食べ損ねた黄金堂のクリームパンを頬張っていました。
このクリーミーな味わいと滑らかな舌触りに、それらを包み込むパンのテイストが、クセになりそうです。
「ん〜! ほっぺたが落ちるとはこの事ですね!」
あの時、ベルさんがセイルさんに送った花、アングレカムの花言葉は、『いつまでもあなたと一緒』。あの二人、たとえ住む場所や仕事、追いかける夢が違っても、心の距離は、当人たちの思っている以上に近かったのかも知れませんね……
「さぁ、次の目的地へ行きますよ!」
頭の上で、赤いベレー帽が風に揺れていました。
第一幕完です。連続短編集なので一章ごとの話数も少なめですが、2幕はそれなりの長さを期待してくださいね。
ここで、頂いたファンアートを紹介したいと思います。主人公、ヴァイオレットですね。大人っぽさ
が前面に出てて良きです!
この素敵なイラストはくめゆるさんに描いて頂きました。
くめゆるさんのTwitterは、@kumeyuru です。そちらも是非!
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