やがてヒビはたまご全体へ広がっていき、そして━━、
「あ、生まれましたね」
殻を破り、ちっちゃな可愛らしい生き物が顔を出しました。身体についたたまごの殻を払ってやると、その姿を見ることができました。
「キュ!」
全身を覆う小さな水色の鱗。先端が水晶のように透明な尻尾に、まだ飛ぶには足らない控えめな翼。これは間違いなくフロストドラゴンの赤ちゃんでしょう。
かなり厄介ごとな雰囲気がありますが、それにしても……
「かっっっっわいいぃ〜!!」
生まれたばかり生き物とは、どうしてこうも儚くて、こんなにも愛らしいのでしょうか!? 生き物の誕生の瞬間。初めて見ましたが、自ら殻を破る姿はとても尊く感じました。
「キュァ!」
「ひゃぁっ!?」
赤ちゃんドラゴンは、そのクリっとしたおめめを私に向けてきました。そして、覚束ない足取りで私の足に抱きついてきました。ひんやりしていて少々驚いてしまいました。
「よしよし。どうしたんですかー?」
「キュ、キュゥ……」
頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めてくれました。鱗はまだ柔らかくて、触れたら壊れてしまいそうで、恐る恐る触れました。もしかすると、この子は私を親だと思っているのかも知れません。一部の生き物は、生まれて最初に見た生き物を親と認識する性質があるそうです。この子もその例に当てはまるのかもですね。
「困りましたね。私は親では無いのですが……というか、親ドラゴンが帰ってきたらマズいですよね。早く離れなければ……」
「キューゥ?」
巣を離れようとする私に、まるで、どこ行くの? と言わんばかりに首を傾げる赤ちゃんドラゴン。その顔は、ずるいですって……
そんなことを思っていると、ふと狼のような唸り声が聞こえてきました。
「グルルル……」
ハッとして顔を上げると、巣の周りは10匹ほどの狼に取り囲まれているじゃありませんか!
「ガウ、ガウ!」
巣を囲む狼たちはジリジリとこちらへ迫ってきます。灰色に薄く水色の走る毛並み。見たところ、アイスウルフでしょう。先ほど一度戦いましたが、今回は味方がいません。
恐らく、彼らの狙いはこの赤ちゃんドラゴン。怖がっているのか、赤ちゃんドラゴンは唸り声にすっかり縮こまってしまいました。
ベレー帽の中に赤ちゃんドラゴンを入れて、片手で抱くようにして守ります。同時に杖を取り出し、1匹1匹に杖を向けて威嚇しながらジリジリと距離を取ります。
「この子は……絶対に渡しません!」
「グルゥア! ガウガウ!」
狼のうちの1匹がこちらへ突っ込んできたのを皮切りに、次々と狼が襲いかかってきました。
正面の1匹を炎で焼き、続く2匹をそのまま薙ぎ払いました。横から飛びかかってきたのをしゃがんで躱し、爪を振り被る2匹を再び焼き払います。
私は戦っている間に、悲しい事実に気づいてしまいました。狼の数が多いのです。最初は10匹ほどでしたが、倒した狼を含めて、今は倍の20匹ほどまで増えています。きっと、奥の暗闇にでも潜んでいたんでしょう。目を凝らして見れば、まだまだ後続が控えているのが見えました。
この絶望的な状況、どうやって打破しましょうか。私は決して諦めません。絶対、絶対にこの子は守り通します!
一度距離を取ろうと、勢いよく炎を放ち、狼たちを止めた隙に大きくバックステップを踏みました。その瞬間。
あり得ない数の氷の槍が、私の目の前に降り注ぎました。
悲鳴をあげて貫かれる狼たち。これは、一体誰が? そう思って氷槍の出所である上を見上げました。
「グルゥアァアアアアアアアア!!!!」
咆哮を上げる巨大な氷の竜、フロストドラゴンがそこにはいました。フロストドラゴンはゆっくりと狼たちの死骸の上に着地し、こちらを見下ろしました。
『人間、我が子を守ってくれたこと、感謝する』
「ふぇ? ドラゴンさんって喋るんですか!?」
『そうとも。まぁ、滅多に人間などと話すつもりはないがな』
どうやら私は、その滅多に入っているようです。これは貴重な体験ですね。
『ところで貴様、外の奴らの仲間か? もしそうならば奴らを連れて出払ってくれ。人間どもに兄山の方までやった覚えはないからな』
もしかしなくてもレストさんたちのことでしょう。ですが、私はこのままじゃ帰れません。街氷漬けを解決しなければいけないのですから。
「その前に一つ質問させてください。ドラゴンさん、どうして街を氷漬けにしたんですか?」
『あぁ、そのことか。数日ほど前、我のたまごが盗まれてな。すぐに街へ逃げられてしまったから、街ごと凍らせ、何とか取り返したのだ。ちなみに、そのたまごが、お前の抱えているそいつだ』
なるほど。たまごを盗んだ犯人を捕まえるために街丸ごと凍らせたと。さすが、ドラゴンさんはやることの規模が違います。
「でしたら、街を凍らせておく理由はないでしょう? よければ魔法を解除してくれる嬉しいんですが……」
『ふん、もう盗っ人は処理したしな。よかろう。貴様に貴様に免じて魔法を解いてやろう。貴様、名前は?』
「ヴァイオレット、旅人ですよ」
『ヴァイオレット、か。いつか来た男が自慢していた娘と同じ名前だな……』
「えぇっ!? もしよければ、その人について教えてくれませんか!?」
『悪いが、もう10年ほど前のことだ。詳しくは覚えていないが、クラーク、と名乗っていたな』
「クラーク、ですか。分かりました。ありがとうございます」
ドラゴンさんの言っていた男。もしかすると、私のお父さんなのかも知れません。病弱な母を置いて消えた父を許す気はありませんが、会ってみる価値はあるでしょう。
街の氷漬けも解決できて、フロストドラゴンの赤ちゃんにも会えました。父の情報も得ることができて、今回の旅は大満足です。
「それでは、失礼させて頂きますね」
『あぁ。貴様ならばいつでも歓迎するが、この地を荒らすような輩は連れてくるなよ』
「えぇ、わかりました。では」
私はフロストドラゴンさんに挨拶をして、踵を返そうとしました。しかし、足に小さな抵抗を感じて振り向きました。
「キュゥーゥン……」
「あらら、着いてきちゃったんですか? ダメですよ、ほら、親のドラゴンさんがいるじゃ無いですか」
「キュゥ、キュッキュゥー!」
「こら、駄々をこねちゃ行けませんよ」
私の足に抱きついて、絶対離れませんの意思を示す赤ちゃんドラゴン。もう、私もこんな可愛らしい生き物を追いて行くなんてしたく無いですが、子どもは親の元についてこそでしょう。
『ふむ。ヴァイオレットとやら。残念なことに、我が子は我を親と認識していないらしい。どうやら、お主を母親だと思っているようだ。親だと思われていない我と暮らすのも辛かろう。どうか、少しの間預かってくれないか。我が子もそれを望んでいる』
「キュア!」
えぇ!? 赤ちゃんドラゴンを連れて行くのがまさかの親公認になったんですけど!? これ、あと私が同意するだけで成立しちゃうんですけど大丈夫なんでしょうか……
「キュウゥン!」
嗚呼、私はこの子に勝てる気がしません。あぁーもう、こうなれば、ドラゴンの親でもなんでもやってやりましょう! そして一緒に世界を回ってやります!
「分かりました。引き受けましょう。私もこの子と離れるのが寂しいと思っていた頃です。是非、預からせて頂きます」
私は礼を言ってフロストドラゴンの巣を出ました。赤ちゃんドラゴンに『アイラ』という名前を付け、取り敢えず上着のポケットを居場所にしてもらっています。
外は日が傾きかけていて、野営の準備をしていたレストさんたちを見つけました。彼らに、問題は解決したことを伝え、赤ちゃんドラゴンは、和解の印にフロストドラゴンから頂いた、と説明しておきました。
下山する私の服のポケットからは、可愛らしい水色の頭がのぞいていました。
「キュァ!」
アイラ〜
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