街に戻ると、城壁や建物を覆っていた氷は溶け、元の姿を取り戻していました。夜のスティアは、溶けた氷が月明かりに反射して、幻想的でした。
凍っていた方々や動物たちも解放され、唖然とした顔で周囲を見渡していました。彼らからすれば、眠っていたようなものですし、急に時間帯が変わっていることに驚いているのでしょう。
私たちが教会に戻ると、歓声が上がりました。
「「「「わぁああああああ!!」」」」
「わ、わ、わわわっ、みなさんどうしたんですか!?」
「ありがとう、家族を助けてくれてありがとう!」
「あなたたちは、フロストドラゴンから救ってくれた英雄よ!」
「あぁ! これぞまさしく天使様だ!」
どうやら、街の危機を救った事で、感謝してくれているみたいです。褒められるのは嬉しいですが、天使様って……
「あ、あの! 皆さん一旦落ち着いてください! 皆さんからの感謝は伝わりました。私はただ、通りすがっただけの旅人に過ぎません。それに、あんまり持ち上げられ過ぎるのは好きではありません。ですから、手柄は彼ら冒険者たちのものです。事実、彼らが居なければこれらは成し遂げれませんでした」
そう、彼ら冒険者たちが居なければ、フロストドラゴンに会うことはおろか、双子山に入ってすぐ引き返すことになっていたでしょう。私一人では、命がいくつあっても足りません。
「そ、そんな悪いっすよヴァイオレットさん」
「いいえ、私のような余所者に、英雄の名はふさわしくありません。もしよければ、代わりに受け取ってくれませんか?」
「は、ハードル高いっすよ……」
いつの間にか素の口調に戻っているレストさん。それほど動揺しているのでしょうが、これは譲れません。英雄の名は、旅人には不必要なのです。
「はぁ、わかりました。ヴァイオレットさんがそこまで言うのなら、ありがたく受け取っておくっす」
「「「「わぁああああ!!」」」」
その後、レストさんは英雄として祭り上げられ、簡単なお祝いが行われていました。私は、少しだけ食事を頂いて静かにその場を離れました。
実を言うと、精神操作魔法を使っていました。と言っても人を操ったりできる訳ではなく初等魔法なので、そちらへ注意を向かせる、くらいしかできません。あの場ではそれで十分効果がありましたけどね。
夜の街を一人で歩きます。さっきとは違って街灯も点いており、明るくなった街は、まるで、その豊かさの象徴のように思えました。
「旅人さん、主役の一人が黙って抜け出すなんて無粋じゃないかしら?」
「ローズさん。お祝いはいいんですか?」
後ろから声を掛けてきたのは、ローズさんでした。彼女もきっとお祝い会場から抜け出してきたのでしょう。
「えぇ、私はああいう空気は少し苦手なの。お酒は好きだけどね」
「それで、私に何か御用ですか?」
「これを渡そうと思ってね。はい、どうぞ」
「これは杖、ですか?」
渡されたのは、黒い木材で作られた杖でした。しっかりと加工もしてあるようで、表面は滑らかで手触りが最高です。大きさもピッタリですし。
「そうよ。さっき渡したような即席の杖じゃ、職人として不完全燃焼なの。だから、氷を溶かして貰った後、すぐに新しいものを作ったの。あと、これも良ければ」
「これは?」
「中を見てみて」
と言ってもう一つ小さな袋を渡してきました。中を見てみると、小さなブローチが入っていました。透明なガラスで出来ていて、五枚の花びらを持つ、花の形をしていました。これは……スミレでしょうか?
「これは昔に作ったものだけど、あなたの名前にもピッタリだな、って思って持ってきたの。角度を変えると、紫色に見えるわよ」
「あ、ほんとに色が変わりました。仕組みはさっぱり分かりませんけど。でも、こんなにたくさん、悪いですよ」
「ヴァイオレットさん。感謝の気持ちを素直に受け取ることは大事だと思うわよ。感謝したいのに、受け取って貰えないのは悲しいでしょう?」
「……そうですね。では、これらはありがたく受け取っておきます」
「ヴァイオレットさん、もしかしなくても、もう行くのでしょう? 夜道に気をつけてね」
「はい。ローズさんも、お元気で」
「じゃあね、優しい旅人さん」
こうして、凍った街での試練の物語は幕を閉じました。短い間でしたが、得た物は多かったです。ガイルさんやローズさんたちにも出会えましたし、こんなに沢山のお土産貰ってしまいました。感謝は、受け取る側にも責任があることを知れましたし、この子だって。
「キュゥ……」
「ふふふ。
ポケットの中で寝息を立てているアイラを一つ撫で、赤いベレー帽を被り直します。
「次はどこへ行きましょうか」
私、ヴァイオレットの旅はまだまだ続きます。
ついに第二章も終わりですね。
まだまだヴァイオレットの旅は続きます。
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