初等魔法の魔女

私はヴァイオレット、旅人です。
花依だんご
花依だんご

旅立ち

公開日時: 2021年12月1日(水) 07:30
文字数:1,896

 街に戻ると、城壁や建物を覆っていた氷は溶け、元の姿を取り戻していました。夜のスティアは、溶けた氷が月明かりに反射して、幻想的でした。


 凍っていた方々や動物たちも解放され、唖然とした顔で周囲を見渡していました。彼らからすれば、眠っていたようなものですし、急に時間帯が変わっていることに驚いているのでしょう。


 私たちが教会に戻ると、歓声が上がりました。


「「「「わぁああああああ!!」」」」

「わ、わ、わわわっ、みなさんどうしたんですか!?」

「ありがとう、家族を助けてくれてありがとう!」

「あなたたちは、フロストドラゴンから救ってくれた英雄よ!」

「あぁ! これぞまさしく天使様だ!」


 どうやら、街の危機を救った事で、感謝してくれているみたいです。褒められるのは嬉しいですが、天使様って……


「あ、あの! 皆さん一旦落ち着いてください! 皆さんからの感謝は伝わりました。私はただ、通りすがっただけの旅人に過ぎません。それに、あんまり持ち上げられ過ぎるのは好きではありません。ですから、手柄は彼ら冒険者たちのものです。事実、彼らが居なければこれらは成し遂げれませんでした」


 そう、彼ら冒険者たちが居なければ、フロストドラゴンに会うことはおろか、双子山に入ってすぐ引き返すことになっていたでしょう。私一人では、命がいくつあっても足りません。


「そ、そんな悪いっすよヴァイオレットさん」

「いいえ、私のような余所者に、英雄の名はふさわしくありません。もしよければ、代わりに受け取ってくれませんか?」

「は、ハードル高いっすよ……」


 いつの間にか素の口調に戻っているレストさん。それほど動揺しているのでしょうが、これは譲れません。英雄の名は、旅人には不必要なのです。


「はぁ、わかりました。ヴァイオレットさんがそこまで言うのなら、ありがたく受け取っておくっす」

「「「「わぁああああ!!」」」」


 その後、レストさんは英雄として祭り上げられ、簡単なお祝いが行われていました。私は、少しだけ食事を頂いて静かにその場を離れました。

 実を言うと、精神操作魔法を使っていました。と言っても人を操ったりできる訳ではなく初等魔法なので、そちらへ注意を向かせる、くらいしかできません。あの場ではそれで十分効果がありましたけどね。


 夜の街を一人で歩きます。さっきとは違って街灯も点いており、明るくなった街は、まるで、その豊かさの象徴のように思えました。


「旅人さん、主役の一人が黙って抜け出すなんて無粋じゃないかしら?」

「ローズさん。お祝いはいいんですか?」


 後ろから声を掛けてきたのは、ローズさんでした。彼女もきっとお祝い会場から抜け出してきたのでしょう。


「えぇ、私はああいう空気は少し苦手なの。お酒は好きだけどね」

「それで、私に何か御用ですか?」

「これを渡そうと思ってね。はい、どうぞ」

「これは杖、ですか?」


 渡されたのは、黒い木材で作られた杖でした。しっかりと加工もしてあるようで、表面は滑らかで手触りが最高です。大きさもピッタリですし。


「そうよ。さっき渡したような即席の杖じゃ、職人として不完全燃焼なの。だから、氷を溶かして貰った後、すぐに新しいものを作ったの。あと、これも良ければ」

「これは?」

「中を見てみて」


 と言ってもう一つ小さな袋を渡してきました。中を見てみると、小さなブローチが入っていました。透明なガラスで出来ていて、五枚の花びらを持つ、花の形をしていました。これは……スミレでしょうか? 


「これは昔に作ったものだけど、あなたの名前にもピッタリだな、って思って持ってきたの。角度を変えると、紫色に見えるわよ」

「あ、ほんとに色が変わりました。仕組みはさっぱり分かりませんけど。でも、こんなにたくさん、悪いですよ」

「ヴァイオレットさん。感謝の気持ちを素直に受け取ることは大事だと思うわよ。感謝したいのに、受け取って貰えないのは悲しいでしょう?」

「……そうですね。では、これらはありがたく受け取っておきます」

「ヴァイオレットさん、もしかしなくても、もう行くのでしょう? 夜道に気をつけてね」

「はい。ローズさんも、お元気で」

「じゃあね、優しい旅人さん」


 こうして、凍った街での試練の物語は幕を閉じました。短い間でしたが、得た物は多かったです。ガイルさんやローズさんたちにも出会えましたし、こんなに沢山のお土産貰ってしまいました。感謝は、受け取る側にも責任があることを知れましたし、この子だって。


「キュゥ……」

「ふふふ。


 ポケットの中で寝息を立てているアイラを一つ撫で、赤いベレー帽を被り直します。


「次はどこへ行きましょうか」


 私、ヴァイオレットの旅はまだまだ続きます。

ついに第二章も終わりですね。

まだまだヴァイオレットの旅は続きます。

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