…消え…た…?
いや、バカな…
あり得ない…
相手の「位置」はそこにある。
ガラ空きだった右腕。
地に着いた足。
視界が揺れるほどの挙動の最中、踏み入れた足の先に伝播する波の「音」があった。
俺はそれを聞き間違えたことはない。
例え相手が熟練の剣士であっても、決して逃れることができない「場所」がある。
踏み入れたのは「境界」だ。
有効となり得る場所と、——タイミング。
にもかかわらずだ。
視界から相手の腕が消えた。
「どこを見てる?」
…な
あり得ない角度からの視線。
迸る悪寒。
体育館シューズが摩擦で焦げる。
ヤンキー野郎は俺の死角にいた。
すでに間に合わない距離、——竹刀を動かせない領域に。
ドッ
——衝撃。
胴の上から弾ける破裂音。
竹刀が“ぶつかる”放物線。
でも、そんなのはあり得なかった。
剣道の試合の中で起こるのは、互いの「間」とそのせめぎ合いの中に生じる“接触”だ。
そしてその接触は、鍔迫り合いのように烈しい摩擦が生じる。
剣が届くか届かないかに接する間際の攻防。
だからこそ、その「接点」は著しく繊細だった。
少なくとも、僅か数ミリの隙間に触れられる程度には。
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