「オラァッ!」
固めた拳を握りしめたまま、上半身をひねる。
床と足が擦れる。
膨張する筋肉。
揺れる靴紐。
拳はさくらの顔面を目掛けて放たれていた。
容赦はなかった。
体全身を使ったフルパワーの一撃だ。
躍動する肩甲骨が、服の下に浮かび上がっていた。
左足は前に踏み出されている。
その支点を中心に体が回転する。
寸分の躊躇いもない「動作」がそこにはあった。
“溜“だ。
それが、動作の内側に連動していた。
ドンッ
ヤンキー野郎の拳がぶつかる。
その衝撃音が耳のそばを掠める。
風圧が髪を揺らした。
…さくらッ!
声よりも先に、視線が動いた。
無事なわけがないと思った。
対峙していた俺にはわかってたんだ。
ヤンキー野郎が何者であれ、ただのチンピラじゃないことは明らかだった。
だから——
「どうした?」
硬直した視線。
咄嗟に動いた意識の先端で、静止する時間。
景色の一端は、止まった視線の先に“よろめいていた“。
実体としての「線」が滲んでいた。
わからなかったんだ。
何が起こったのかが。
認識が追いつかなかったわけじゃない。
想定外のことが起きた。
感覚としては、それに近かった。
「拳」は当たったはずだった。
にもかかわらず、彼女は何事もなかったかのようにそこに立っていた。
さくらの体の表面、——その十数センチ手前で、拳は止まっていた。
奇妙だった。
ヤンキー野郎の腕は伸びきっていた。
伸びきり、接触していた。
それは間違いなかった。
ただ、“届いていなかった”
“接触していたにもかかわらず”、だ
読み終わったら、ポイントを付けましょう!